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エリカの白日夢

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勝利の余韻に浸るのもそこそこに、ヒモネス隊は再び心配し始めていた。

「ねえ、ザンス兵がここまで来たってことは...」

「ヒモネス隊長は...」

女子隊員一同はルーケンス相手にエリカがベルチンする音を聞きつけ、近寄ってきて懇願する。

「守護霊様っ、ヒモネス隊長をお助けください!」

さっきの難局をあっさりと解決した守護霊様なら、ヒモネス隊長の救出も朝飯前だろう。

(ヒモネス隊長って誰? どこかで聞いた名前だけど...)

エリカが聞いたことがある名前は「ヒネモス」だ。 「モ」と「ネ」の順番が違う。 ヒネモスはヒモネス隊長の弟で、クーララ王国のエージェントだった。 彼はザルス共和国のミザル市で潜入活動中に、姿の見えない暗殺者の凶刃に命を奪われた。

チン?(ヒモネス隊長って誰?)

そう尋ねたエリカは、ヒモネス隊長が彼女たちの隊長であること、帝国軍がすぐそこまで迫っていること、ヒモネスが金髪のイケメンであること、ヒモネスがとても強くて頼もしいこと、ヒモネスが素敵であること、ヒモネスの声がセクシーであること、ヒモネスの広い背中と整えられた指先も魅力的なことを女子隊員たちに聞かされた。

ヒモネス隊長に関して必要以上の知識を得たエリカは、ヒモネスを救出し、ついでに帝国軍本隊を撃退することにした。 むろん単独で乗り込むのだ。 何万という大軍を相手にするには、エリカ1人のほうが好都合である。

女子隊員たちによると、ヒモネス隊長は帝国の大群を一人で足止めしているらしい。 もう手遅れな気がするが、とりあえず現地に急行しよう。 エリカは十字路を目指して駆け出した。

◇◆◇◆◇

エリカは十字路を右折し北へ向かって走る。 彼女の頼まれ事は2つ、帝国軍の撃退とヒモネス隊長の救出である。 帝国軍撃退のほうが大事おおごとだが、急を要するのはヒモネス救出のほうだ。

(ヒモネスさんが無事だといいけど。 隊長サンが死んでたら、あの子たち悲しむよね)

そういうエリカもヒモネスに興味を持ち始めていた。 人嫌いなうえ誰にも存在を認識されぬ身であるからして色恋沙汰など夢のまた夢だが、それでも1人の女性としてエリカはヒモネスに興味を抱かざるを得なかった。 10人中10人の女性に愛されるなんて、どれほど素敵な男性だというの?

まだ見ぬヒモネスに思いを馳せながら走っていると、前方に数十人が倒れている。 しかし、周辺に戦闘の気配はない。 数十の死体だけが転がっている。

(身なりから察するにクーララ兵と帝国兵かな。 ヒモネスさんもあの中に?)

数々の死体にざっと視線を走らせるが、幸いなことに、倒れている者の中にヒモネスはいなかった。 女子隊員一同にヒモネス隊長に関する知識を詰め込まれたエリカは、今ではすっかりヒモネスのエキスパート。 ヒモネスを一目で見分けることができる。

(いないわね。 金髪の人がいないもの)

エリカは足を止めることなく、死体と死体の隙間を足の踏み場にして一気に走り抜けた。 そうして走り続けて、エリカは帝国兵の大集団に行き当たった。 ずっと先の道まで帝国兵の群れでいっぱいだ。

(あれは帝国軍! ヒモネスさんは?)

帝国軍が進軍を停止しているからには、ヒモネスの足止めは成功したのだろう。 しかしヒモネスの姿が見えない。 誰かが戦っている様子もないし、ヒモネスの死体も転がっていない。

(まだ生きてるといいんだけど)

エリカは帝国軍の内部に侵入して状況を探ることにした。

◇◆◇

誰にも姿が見えないのをいいことに、エリカは帝国軍の先頭集団に無造作に近づき、群がる帝国兵を掻き分けるようにして進む。 エリカは一度ならず敵兵を押しのけたり足を踏んづけたりしたが、誰一人としてエリカの侵入に気付かない。

(もし今ここで私の姿が誰の目にも見えるようになったら...)

エリカの思考は愚にもつかない妄想へと向かう。 いや、愚にもつかなくなどはない。 神様の気まぐれ次第で十分にあり得る話だ。 これまでだって、エリカの透明や不死身がいつ解除されていてもおかしくなかった。

(もしここで私の姿が白日の下にさらされたら... 帝国兵たちも今はのんびりしてるけど、目の色を変えて私に襲い掛かるでしょうね。 私の戦闘力はせいぜい帝国兵1人ぶんだし、あっという間に切り刻まれちゃう)

あるいは、とエリカの妄想は進路を変更する。

(あるいは、私は女の子だから、帝国兵に乱暴に取り押さえられ縛り上げられて指揮官に献上されちゃうかも。 「指揮官殿、若い女を捕まえましたっ!」 で、その指揮官がイケメンで私に一目ぼれで私が溺愛されて、幸せな虜囚生活を送るの。 そんな日々のさなかに第三、いえ第四王子が現れて、そいつも私に一目ぼれ。 そしてイケメンと第四とで私の奪い合いに... そして、イケメン指揮官と第四王子の不和が原因で帝国は瓦解し、私は傾国かつ救国のヒロインとしてクーララ王国に凱旋がいせん...)

愚にもつかない妄想にふけりつつ敵兵を押しのけ帝国軍の奥へ奥へと進んでいると、大きな声が聞こえてきた。 騒々しい軍中にあって、ひときわ大きな声である。 声の主は女性だ。

「ちゃんと面倒みるからっ!」

ヒモネスを探す当てのなかったエリカは、自然と声の出どころに足を向ける。 そうして進んだ先に、エリカは声の主と思われる女性と背の高い金髪の男性の後ろ姿を見つけた。 女性は隣に立つ男性の体に片腕を回している。

(見つけた! あれがヒモネスさんね)

女子隊員たちに聞かされた通りのすらりとした長身と金髪。 顔は見えないが、きっと素敵なお顔なんだろう。 ヒモネスは縄で後ろ手に縛られている。 どうやら帝国軍に殺されず捕まったらしい。

「ねえ、この男を捕虜にしていいでしょう?」

そう訴えた女性はモデルのように痩せていて、ヒモネスと肩を並べるほどの長身である。 とうてい戦士には見えない細い体付きだが、チェイン・メイル鎖かたびらに身を包み剣を腰に帯びているからには戦士なのだろう。

女性の上官らしき男性が答える。

「捕虜にしても、帰国後に処刑することになるぞ? 我が軍の兵を幾人も切り殺したんだからな。 連れ帰るだけ手間が増えると思うが...」

「とりあえずそれでいいから、この男を捕虜にする許可をくれ」
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