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全員お逃げなさい
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久々に訪れた親切チャンスにエリカは張り切っていた。 親切チャンスとは、親切行為を行うチャンスのことである。 親切行為を行い感謝されることで、エリカは精神的エネルギーを補給するのだ!
(考えてみれば、ここ最近まとまった親切チャンスがなかったもんね。 このチャンスを逃さず感謝されておきたい)
エリカはヒモネスの要請について検討し始める。
(道に転がる数十人を突っついて生死を確認し、生きてる人が見つかるたびに《治癒》の魔法をかける感じかな)
考えるだけでも大変そうだ。 死体なんて触りたくないし、生きてる人が多いなら《治癒》に使うマナが足りない。 普通に考えれば一人で行う作業ではない。
(そんな作業を私ひとりで? クーララ人って守護霊様がなんでもできると思ってるのね)
メンドクサさに気持ちが萎え始めるエリカ。 しかし、そんな自分に気付き自らの気持ちを奮い立たせる。
(親切チャンスよ、エリカ。 これは千載一遇の親切チャンスなの)
エリカは誰に感謝されるかを指折り数える。 ヒモネスさんでしょ、治療したヒモネス隊員たちでしょ、それにルーケンスさんだって私に感謝することでしょう。
◇◆◇
検討の末にエリカが至った要件は2つ。 まず、死体に手を触れずに生死を判定したい。 そして《治癒》の魔法の使用回数は、せいぜい5回まで。
(この2つの条件を満たす方法ねえ...)
異世界IQが高いエリカは、多人数を同時に治す回復魔法の存在を知っていた。 ゲームによって名称は異なるがエリア・ヒールやマス・ヒール、あるいはベフォマラーなどと呼ばれている。「治癒の雨」という呼称を用いるゲームもあった。
(治癒の雨かー、集団を癒しそうな感じはあるよね。 生死の判別も不要だし)
そうして考えていて閃いた。
(閃いた! 《治癒》の魔法をベルに乗せればいいのよ。 名付けてヒーリング・ベル!)
魔法ベルと《治癒》の魔法を組み合わせようというのだ。 ヒーリング・ベルなら複数を同時に治療できるし、数十人の生死を一人ずつ確認する必要もない。 そしてエリカにはヒーリング・ベルを成功させる自信があった。
自分の思い付きに興奮したエリカは、いそいそとヒモネスに思念を伝達する。
『いいことを思いついたから私に任せて! いまロープをほどくから、あなたはお逃げなさい』
とは言ったものの、ミレイの腕は未だヒモネスの腰に回されている。 彼女は片手に剣を持ってIIBを警戒し、もう片方の腕でヒモネスをしっかりと抱いているのだ。 これではロープをほどいたところで、ヒモネスは逃げられない。
(この女の腕をバッサリと切断すれば問題は解消されるけど... いきなりそんな酷くてグロいことをするのも気が引けるよね)
エリカはヒモネスを抱く女に警告することにした。 警告には《伝心》ではなくベルチン、それも指向性ではない普通のベルチンを用いる。 IIBの到来を知り狼狽する帝国兵にエリカの存在を直接的に知らしめて一層の狼狽を誘い、ヒモネスの逃走を助けるのを兼ねようというわけだ。
チン!(その男性の腰に回した腕をどけなさい。 腕をちょん切るわよ?)
エリカのベルの音が当たり一面に広がり、その場にいる全員にエリカのベルチンが伝えるメッセージが届く。
そしてエリカが目論んだ通り、帝国兵たちは怯んだ。
「ひぃっ、ベルの音だ」「やばい! ベルの意味が理解できる」「泣く子も黙る鬼のミレイ隊長の腕を!?」「ちょん切るだって?」「これがIIBかっ!」
調子に乗ったエリカは再びベルチン。
チン!(IIB推参! みなさん、お逃げなさいな!)
帝国兵が一斉にベルの音の発生源から遠ざかり、エリカの立つ場所を中心に円状の空白地帯が生まれた。 しかしその空白地帯に踏み止まる者がいる。 ミレイ少佐である。 彼女はヒモネスを片手に抱いたまま、その場を動こうとしない。
エリカはミレイに向かって、ベルをチンする。
ちん!(さあ、あなたもその男性を放して早くお逃げなさい!)
しかしミレイはエリカの思惑通りに動かない。
「コレは私のものだ!」
チン?(腕をちょんぎっていいのね?)
そうベルチンした次の瞬間である。 ミレイの姿が目前から消えたと思ったら、エリカがベルを持つ手を激しい衝撃が襲った。
◇◆◇
「っ!」
ミレイが引き戻す剣の先にはエリカのベルが突き刺さっている。 それを見てエリカは何が起こったのかを理解した。 ミレイが恐るべき素早さでベル音の発信源に攻撃を仕掛け、エリカが手に持つベルを正確に剣で貫いたのだ。
(私のベルっ!)
エリカは頭の中が真っ白になった。 指が擦り切れるほどに毎日なん十回も鳴らしてきたベルである。 もはや体の一部と言っても過言ではない。 その証拠に、ベルを持っていたエリカの左手がズキズキと痛み始めた。
(この痛みは気のせいなんかじゃない... この痛みは私の心の痛みそのものなの)
そう思いつつ左手に目を向けると大量の血が手首から流れ出て、指先から地面に滴り落ちている。 ミレイの剣はエリカのベルを壊しただけでなく、エリカの手首も深く切り裂いていたのだ。
ベル破壊と大量出血のショックで呆然とするエリカの耳にミレイの声が聞こえてくる。
「なんだこれは? 卓上ベル? IIBはこれでベルの音を出していたのか」
ミレイは剣を振るい、遠心力で剣からベルを抜き去る。 打ち捨てられたベルは地面にぶつかりガランと音を立てる。
「ああっマイ・ベル、マイ・ベル... おおマイ・ベル... 私のベルを、よくもっ!」
ベルを壊され、エリカの腹の底から自分でも意外なほどの怒りが込み上げて来る。 彼女は自覚していた以上にマイ・ベルを大切に思っていたのだ。
エリカが怒りから我に返ったとき、ミレイは傍らに立つヒモネスを小脇に抱え帝国方面へ向かって逃走し始めていた。 ミレイは今の一撃でIIBを倒せたと考えてはいない。 一撃を食らわせた隙にヒモネスをどこかへ持ち去るつもりなのだ。
しかしミレイにとっては都合の悪いことに、帝国方面への道は帝国部隊で混雑していた。 ヒモネスを抱えてなお常人の2倍の速度で走れるミレイだったが、ヒモネスを抱えて走り抜けられるスペースがなくてはどうしようもない。
焦れたミレイは右手に剣を持ち、左腕にヒモネスを抱え、逃走の邪魔になる帝国兵に向かって叫ぶ。
「どけっ! どかぬ奴は叩き斬る!」
そう言われても、退くスペースがなければ退けるものではない。 そしてミレイもそれを知っているから、退かない帝国兵を叩き斬りはしない。 「叩き斬る」と言ったのは言葉の綾だ。
そうこうするうちにエリカがミレイに追いついた。
『待ちなさい! よくも私のベルを!』
本来ならベルチンで思いのたけをミレイに叩きつけたいところだが、ベルがないので《伝心》である。 そうして、《伝心》を使ったことでエリカは重大なことに気付いた。
(重大なことに気付いた! ベルがないと、ヒーリング・ベルを使えない!)
ヒーリング・ベルを使えなければヒモネスとの約束も果たせない。 半死半生の怪我人たちを治す当てはない。
(どうしよう、さっき「私に任せて」って言っちゃった...)
エリカがクヨクヨしているとミレイが降伏した。
「降参だ。 寛大な処置を頼む」
ミレイは、手に持っていた剣を地面に放り出しヒモネスからも手を放し、両手を上げる。 降伏のポーズである。
ミレイが降伏宣言をした次の瞬間のことである。 エリカは突然どこだか分からない謎の空間に立っていた。 目の前には厳しい顔をした白髪の老人。
目まぐるしすぎる状況の変化にエリカは戸惑うばかり。
(あれっ? ここは... このお爺さんは...)
(考えてみれば、ここ最近まとまった親切チャンスがなかったもんね。 このチャンスを逃さず感謝されておきたい)
エリカはヒモネスの要請について検討し始める。
(道に転がる数十人を突っついて生死を確認し、生きてる人が見つかるたびに《治癒》の魔法をかける感じかな)
考えるだけでも大変そうだ。 死体なんて触りたくないし、生きてる人が多いなら《治癒》に使うマナが足りない。 普通に考えれば一人で行う作業ではない。
(そんな作業を私ひとりで? クーララ人って守護霊様がなんでもできると思ってるのね)
メンドクサさに気持ちが萎え始めるエリカ。 しかし、そんな自分に気付き自らの気持ちを奮い立たせる。
(親切チャンスよ、エリカ。 これは千載一遇の親切チャンスなの)
エリカは誰に感謝されるかを指折り数える。 ヒモネスさんでしょ、治療したヒモネス隊員たちでしょ、それにルーケンスさんだって私に感謝することでしょう。
◇◆◇
検討の末にエリカが至った要件は2つ。 まず、死体に手を触れずに生死を判定したい。 そして《治癒》の魔法の使用回数は、せいぜい5回まで。
(この2つの条件を満たす方法ねえ...)
異世界IQが高いエリカは、多人数を同時に治す回復魔法の存在を知っていた。 ゲームによって名称は異なるがエリア・ヒールやマス・ヒール、あるいはベフォマラーなどと呼ばれている。「治癒の雨」という呼称を用いるゲームもあった。
(治癒の雨かー、集団を癒しそうな感じはあるよね。 生死の判別も不要だし)
そうして考えていて閃いた。
(閃いた! 《治癒》の魔法をベルに乗せればいいのよ。 名付けてヒーリング・ベル!)
魔法ベルと《治癒》の魔法を組み合わせようというのだ。 ヒーリング・ベルなら複数を同時に治療できるし、数十人の生死を一人ずつ確認する必要もない。 そしてエリカにはヒーリング・ベルを成功させる自信があった。
自分の思い付きに興奮したエリカは、いそいそとヒモネスに思念を伝達する。
『いいことを思いついたから私に任せて! いまロープをほどくから、あなたはお逃げなさい』
とは言ったものの、ミレイの腕は未だヒモネスの腰に回されている。 彼女は片手に剣を持ってIIBを警戒し、もう片方の腕でヒモネスをしっかりと抱いているのだ。 これではロープをほどいたところで、ヒモネスは逃げられない。
(この女の腕をバッサリと切断すれば問題は解消されるけど... いきなりそんな酷くてグロいことをするのも気が引けるよね)
エリカはヒモネスを抱く女に警告することにした。 警告には《伝心》ではなくベルチン、それも指向性ではない普通のベルチンを用いる。 IIBの到来を知り狼狽する帝国兵にエリカの存在を直接的に知らしめて一層の狼狽を誘い、ヒモネスの逃走を助けるのを兼ねようというわけだ。
チン!(その男性の腰に回した腕をどけなさい。 腕をちょん切るわよ?)
エリカのベルの音が当たり一面に広がり、その場にいる全員にエリカのベルチンが伝えるメッセージが届く。
そしてエリカが目論んだ通り、帝国兵たちは怯んだ。
「ひぃっ、ベルの音だ」「やばい! ベルの意味が理解できる」「泣く子も黙る鬼のミレイ隊長の腕を!?」「ちょん切るだって?」「これがIIBかっ!」
調子に乗ったエリカは再びベルチン。
チン!(IIB推参! みなさん、お逃げなさいな!)
帝国兵が一斉にベルの音の発生源から遠ざかり、エリカの立つ場所を中心に円状の空白地帯が生まれた。 しかしその空白地帯に踏み止まる者がいる。 ミレイ少佐である。 彼女はヒモネスを片手に抱いたまま、その場を動こうとしない。
エリカはミレイに向かって、ベルをチンする。
ちん!(さあ、あなたもその男性を放して早くお逃げなさい!)
しかしミレイはエリカの思惑通りに動かない。
「コレは私のものだ!」
チン?(腕をちょんぎっていいのね?)
そうベルチンした次の瞬間である。 ミレイの姿が目前から消えたと思ったら、エリカがベルを持つ手を激しい衝撃が襲った。
◇◆◇
「っ!」
ミレイが引き戻す剣の先にはエリカのベルが突き刺さっている。 それを見てエリカは何が起こったのかを理解した。 ミレイが恐るべき素早さでベル音の発信源に攻撃を仕掛け、エリカが手に持つベルを正確に剣で貫いたのだ。
(私のベルっ!)
エリカは頭の中が真っ白になった。 指が擦り切れるほどに毎日なん十回も鳴らしてきたベルである。 もはや体の一部と言っても過言ではない。 その証拠に、ベルを持っていたエリカの左手がズキズキと痛み始めた。
(この痛みは気のせいなんかじゃない... この痛みは私の心の痛みそのものなの)
そう思いつつ左手に目を向けると大量の血が手首から流れ出て、指先から地面に滴り落ちている。 ミレイの剣はエリカのベルを壊しただけでなく、エリカの手首も深く切り裂いていたのだ。
ベル破壊と大量出血のショックで呆然とするエリカの耳にミレイの声が聞こえてくる。
「なんだこれは? 卓上ベル? IIBはこれでベルの音を出していたのか」
ミレイは剣を振るい、遠心力で剣からベルを抜き去る。 打ち捨てられたベルは地面にぶつかりガランと音を立てる。
「ああっマイ・ベル、マイ・ベル... おおマイ・ベル... 私のベルを、よくもっ!」
ベルを壊され、エリカの腹の底から自分でも意外なほどの怒りが込み上げて来る。 彼女は自覚していた以上にマイ・ベルを大切に思っていたのだ。
エリカが怒りから我に返ったとき、ミレイは傍らに立つヒモネスを小脇に抱え帝国方面へ向かって逃走し始めていた。 ミレイは今の一撃でIIBを倒せたと考えてはいない。 一撃を食らわせた隙にヒモネスをどこかへ持ち去るつもりなのだ。
しかしミレイにとっては都合の悪いことに、帝国方面への道は帝国部隊で混雑していた。 ヒモネスを抱えてなお常人の2倍の速度で走れるミレイだったが、ヒモネスを抱えて走り抜けられるスペースがなくてはどうしようもない。
焦れたミレイは右手に剣を持ち、左腕にヒモネスを抱え、逃走の邪魔になる帝国兵に向かって叫ぶ。
「どけっ! どかぬ奴は叩き斬る!」
そう言われても、退くスペースがなければ退けるものではない。 そしてミレイもそれを知っているから、退かない帝国兵を叩き斬りはしない。 「叩き斬る」と言ったのは言葉の綾だ。
そうこうするうちにエリカがミレイに追いついた。
『待ちなさい! よくも私のベルを!』
本来ならベルチンで思いのたけをミレイに叩きつけたいところだが、ベルがないので《伝心》である。 そうして、《伝心》を使ったことでエリカは重大なことに気付いた。
(重大なことに気付いた! ベルがないと、ヒーリング・ベルを使えない!)
ヒーリング・ベルを使えなければヒモネスとの約束も果たせない。 半死半生の怪我人たちを治す当てはない。
(どうしよう、さっき「私に任せて」って言っちゃった...)
エリカがクヨクヨしているとミレイが降伏した。
「降参だ。 寛大な処置を頼む」
ミレイは、手に持っていた剣を地面に放り出しヒモネスからも手を放し、両手を上げる。 降伏のポーズである。
ミレイが降伏宣言をした次の瞬間のことである。 エリカは突然どこだか分からない謎の空間に立っていた。 目の前には厳しい顔をした白髪の老人。
目まぐるしすぎる状況の変化にエリカは戸惑うばかり。
(あれっ? ここは... このお爺さんは...)
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