君を知るということ

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理性

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(ここが凪の学校か)

休日出勤を乗り越えて、ようやく得られた日曜の午後休暇。
訪れた公立高校は幕が垂らされ、非日常に舞い上がった生徒達の声で賑わう。
想像よりも自由な校風に驚いた。
どうやら、逆に偏差値が高くなると校則も緩いらしい。

「こんにちは。よろしれけば、パンフレットをどうぞ。」

「ありがとう。」

受付の係員に貰ったパンフレットを片手に、五階建ての舎内をぶらつく。
生憎エレベーターはないので、移動は徒歩。
マップによると二年生のフロアは四階だった。

(…ここか?)

『男女逆転喫茶』と銘打った看板。
タキシードを身につけた女子とメイド服のスカートを翻した男子。
しかし、教室の生徒の中に凪が見当たらない。
翔也君から送ってもらったシフト表の時刻は一致しているし、あいつに限って仕事を放棄するとは考えにくいだろう。
何か、用事があって外に出てるのか。


「千歳、まだ来てないのか?」

「宮村と一緒じゃなかったのかよ。」

「先に行ってるって、更衣室から見てないんだ。」

「…トイレにしても遅いし、どこ行ったんだ。」

端々に聞こえた言葉を推測するに、クラスメイトも凪の行方がわからない状態だという。
俺は宮村と呼ばれた男子に声をかけた。

「お兄さん、千歳の知り合いですか?」

「ああ。シフトの時間教えてもらったんだけど、来てないんだよな。」

「…はい。荷物も全部置いてってるから連絡もつかないし。」

教室のロッカーにスマホや金銭といった貴重品類は置いているようで、これではメールなどを使って呼び出すこともできない。
迷った末、俺が着信を押したのは翔也君のアドレスだった。

「神崎さん?」

「急に連絡してごめんな。実は凪が教室にいないみたいで、何か心当たりはあるか?」

「…もしかしたら、あの時の三年かも。」

「詳しく聞かせてくれ。」

翔也君によると、昨日の営業でやたらと言い寄ってくる三年のグループがいたとのこと。
しつこく凪に付きまとう様子に痺れを切らした彼が追い払らってくれたらしく、「俺も残るって言ったんですけど、凪が大丈夫だって。」と断った。
多分、湊君と回りたいのを察して気を遣ったのだろう。

「俺らの方でも捜してみます。」

「じゃあ、また電話するな。」

店は次の客で混んでいる。
教室の生徒にはその対応を頼み、廊下を進む。
更衣室で着替えた後なら服装が目印になるはず。
他の一般人も行き交う場所を走る訳にもいかないが、それでも足の運びは速い。
屋台や展示をくまなく捜しても、一向に姿はなかった。

(…他に行ってないのは)

学祭の活気溢れる空間とは対称的な薄暗い部屋。
本来は立入禁止のフロア。
しかし、そこから聞こえる物音に、俺は近づく。

「…やめてください!」

「そんな顔で言われたら、余計虐めたくなるな。」

「力も弱いし、抵抗したところで意味ないよ。」

(…凪の声!)

鼓膜を震う叫びに、ドアを開けて見えた光景に俺は唖然とした。
数人の男子生徒が押し倒し、身動きがとれないようにされた凪。
乱れかけたメイド服と容赦なく触れた手に憶えた怒り。

「それ以上汚ねえ手で凪に触るな。」


例の三年だと脳が判断した時には既に、理性の糸は役割を終えた。


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