23 / 53
世界の形
しおりを挟む
(俺、何か悪いことしたっけ……?)
公爵とマルコに睨まれるも、何ら身に覚えのない侯爵。そんな侯爵に二人は「ふんっ」と鼻息を鳴らしてそっぽを向いた。
(二人とも機嫌が悪いのかな……)
理不尽にも義父と義兄に睨まれる侯爵だった。
***
その日は、野営となった。いくつもの薪の周りを、おのおので囲む。
カーペットに座ったジュリエッタとハンナは、丸太に座る侯爵とヤンスと、同じ薪を囲んでいる。
侯爵はたくさんの保存食を運ばせているため、野営ながら、ジュリエッタにはとても満足のいく食事だった。
メインは、パンにベーコンとチーズをのせて焼いたものだった。
「バルベリ産の豚肉のベーコンに、同じくバルベリ産のチーズね。ハニーソースの甘味が効いて、とっても美味しいわ」
領地巡りをしたおかげで、作り手の顔が見えて、なおのこと美味しい。
「野営も意外と楽しいものですわね」
「ええ、そうね。それも侯爵さまがいろいろと準備してくれているおかげね」
「騎士さまたちも交代で守ってくれておりますし」
お陰で獣や夜盗の心配もない。
デザートの焼きリンゴを食べたところでジミーの声が聞こえてきた。
「ジュリエッタさまー、ハンナさまー、おいしそうに煮えましたよー」
ビクッ、とジュリエッタは身構える。
(今度はリスよね、ええ、きっとリス。大丈夫、リスも美味しく頂けるわ)
覚悟を決めて振り向いたジュリエッタの目に、皿の上に慎ましく乗った白いものが入ってきた。肉には到底見えない。
「ジミー、これは何かしら」
「百合根です。ここら辺は夏になると百合がいっぱい咲いてるんです。さっき掘り出したところです」
「まあ、これが百合の根っこ?」
一つ口に入れてみる。しゃきしゃきして、おいしい。もう一つ口に入れてみると、今度はほくほくだ。
「茹で時間によって歯ごたえが違うんです。どっちが好きですか?」
「どっちもおいしいわ!」
ハンナも、うんうん、と滋味を味わっている。
「フライにして塩を振っても美味しそうですわね」
「砂糖とバターで練っても美味しそう!」
「じゃあ、保存が効くんで、王都にも持って帰りますね!」
「ええ、お願いね」
楽しい食事を終えた後、ジュリエッタは、紙の巻物を開いた。ジュリエッタの目は興奮したように光っている。
「私、すごいことを思いついたの!」
侯爵はジュリエッタをまぶしそうに見て聞き返した。
「ジュリエッタ、それはどんなこと?」
紙には、ジュリエッタの手で、図形が描かれていた。大陸の全図だ。
海に大陸が縦長に横たわっている。大陸は北から、凍土、ノルラント、ブルフェンとなり、南方に大小さまざまな国がひしめいたのち、凍土となる。
もっとも地図というよりも図形で、描かれた地名でそれが地図だとやっとわかる程度のものだ。しかし、大陸の全体像を描いてみて思いついたことには価値があった。
「こうですの!」
ジュリエッタは地図を表にくるりと巻いた。
***
ジュリエッタは薪を囲む別の一団の元へ向かった。公爵らが囲む薪だ。
こちらの薪では、酒盛りをやっていたらしく、公爵は座った目でワインボトルを抱えており、赤ら顔のマルコは美声で騎士らを楽しませ、同じく赤ら顔のマクシはマルコに合わせて太鼓らしきものを手で打っていた。
弦に笛の音まで加わり、宴会が繰り広げられている。
(お父さま、悪酔いしたのかしら。侯爵さまを見る目がいつもと違うわ。怖いくらい険しいわ)
公爵はジュリエッタの後をついてきた侯爵に、ひどく剣呑な目を向けていた。
ジュリエッタは公爵をやり過ごしてマクシに声をかけた。
「マクシさま、地図は手元に届いたかしら」
マクシはジュリエッタにぎょっと身をすくませる。
「ああ、肝は返してもらったネ。今度は何を強請りに来たネ?」
マクシは両手で巨体を守るようにした。
(まあ、強請り、だなんて。まあいいわ)
「これを見て」
ジュリエッタは手描きの地図を見せる。そして、表を外にして丸める。
「大陸の背中で、東の海と西の海がつながっているのよ!」
東の海も西の海も一つの海ではないか。ジュリエッタはそう思いついたのだ。
この世界はそう出来ているのではないか。それならば、ノルラント軍は西海岸をまっすぐに進めば、東海岸の王都にたどり着く。
遠巻きに見ていた騎士らはひそひそと言い合う。
「閣下の奥方の考えることは実にかわいらしいな」
「海がつながっているなんて、すごいことを思いつくな」
まるで突飛な発想をあがめるような、あるいは呆れるようなムードの中、マクシは目を見開いた。
「おお、あんた、天才ネ! まるで博士ネ!」
「博士?」
マクシはジュリエッタの地図を取ると、今度は垂直方向に地図を丸めた。凍土と凍土がくっつく。
「世界は丸いネ!」
一瞬、その場が静まり、一同、ぽかんとなる。騎士らからつぶやきが漏れる。
「どこがどう丸いんだ?」
「地面は平たいよなあ」
マクシが断言する。
「私たちは球体に住んでるネ」
またもや、一同、ぽかんとなる。
「水平線に地平線はその証拠ネ。丸いから地平線の向こうは見えないネ」
「おお……!」
騎士らはわかったようなわかっていないような顔をしたままだった。この世界の形など、想像の外側にある。肯定も否定もしようがない。
地動説を聞きかじっていたジュリエッタですら、世界が球体であるとは思ったこともなかった。
しかし、海がつながっているのならばこれしかない、と、地図を丸めたジュリエッタにはとても納得のいくことだった。
平面で描いていた世界の果てが、こちら側とつながっており、終わりも始まりもないのだと思えば、そこに真理を感じてしまう。宝箱をすっきりと片付け終えたときに感じるような、あるべきありよう、に出会った心地がする。
(私たちは球体の上に住んでいるんだわ)
ジュリエッタはおもむろに描いた地図で頭を覆った。端を自分の首で抑えつけると、頭から地図を外した。そうやって、棒付きキャンディの包み紙のように、地図の端を折り縮めて丸くする。
「では、世界はこんな感じかしら」
「そうネ! 旅先で出会った博士が言ってたネ!」
マルコも話に加わる。
「ブルフェンの宮廷博士も言っておりました。陛下は笑い飛ばしておられましたが」
「あの御仁は地動説も笑い飛ばされておるからのう」
公爵も赤ら顔で言う。
しかし、そこでジュリエッタはまた振出しに戻ってしまった。
(そんな……)
北端と南端の凍土がくっついているのならば、球体を大陸がぐるりと一周していることになる。
海はやはり大陸で分断されているのだ。【西の海】と【東の海】はつながってはいない。
がっくりするジュリエッタだった。
***
「おや、うさぎヨ」
がっくりするジュリエッタの胸元をマクシが見てきた。そこには、ダニーが顔をのぞかせていた。
マクシはやおら手を伸ばすと、ダニーを引っ張り出した。酒臭い息をダニーに吹きかける。
「よく肥えてるヨ、うまそうネ」
ダニーに向けて、大口を開けたマクシ。しっかりとしゃべる割には、かなり酔っているらしい。
「ダニーっ」
バタバタしているダニーを、ジュリエッタは慌てて取り返した。ダニーは怖がって、ジュリエッタの上着の胸元に頭を突っ込んでいる。
「マクシ、この子は食糧じゃないのよ。ほら、ちゃんと首にリボンをつけているでしょう」
ジュリエッタはダニーの首に巻いた赤いリボンを指した。
「リボン?」
「ええ、ダニーは私の大事なものなの。だから食べ物ではないの」
マクシはきょとんとして、目を丸くした。
「大事なものにはリボンをつけておけば、いいのカ?」
「ええ、これなら騎士さまたちも誤って狩ったりしないわ」
「じゃあ、ブーブにリボンをつけてたら、ブーブは肉にならずに済んだ、ノカ?」
「ブーブ?」
「豚のブーブ、私の友だちだったヨ。一緒に寝て一緒に起きたヨ。でも、ある朝、ブーブはいなくなってたネ。前の晩に食べたシチューに入ってたのがブーブだったヨ」
マクシは夜空を眺め上げて、目に涙を浮かべた。
「ブーブ……。私、友だち、食べたヨ……。それ以来、私、もう友だちは作らないヨ」
(え、わしとマルコは友だちじゃないのか?!)
そんな顔つきでマクシを見る公爵はさておき、マクシは落ち葉に手をつき嗚咽を始めた。
「私は友だちを食べたネ。ブーブだけが友だちだったヨ……」
(やはり、わしとマルコは友だちにカウントされてない?!)
そんな顔つきの公爵はさておき、ジュリエッタはダニーを侯爵に預けると、マクシの背中に手を置いた。
「マクシ、それはつらかったわね。でも、私だって、お腹が空いて死にそうになったら、ダニーだって食べてしまうかもしれないわ」
「え?」
マクシはそこで顔を上げた。
「でも、それが生きるということなの。命を頂くということなの。ブーブの命はマクシの命になったの」
「い、命……」
「そう、ブーブはマクシと一緒に生きているの」
「一緒に、生きている……?」
マクシはしばらくジュリエッタを見つめて、だばーっと滂沱の涙を流し始めた。そして、ガバッとジュリエッタに抱き着いた。
「ブーブ、ブーブ……! ブーブは私とともに生きている……!」
「そうよ、それが生きるということなの」
マクシはジュリエッタの胸に頭をうずめて、声を上げて泣き始めた。
ジュリエッタの豊満な胸にマクシの顔が食い込む。
「うっ……」
侯爵から妙な声が漏れた。
(ジュリエッタに男が抱き着いているだと? 俺のジュリエッタに?)
侯爵の顔には確かにそう書いていた。それを公爵もマルコもしかと見た。
(婿殿はマクシに嫉妬している?)
(はっ、では、閣下は、ジュリエッタに食指が働かないのではなく、ジュリエッタが閣下を拒否しているだけ?)
父子の侯爵を見る目から剣呑さは消え、同情へと色を変える。
ジュリエッタはマクシを優しく抱きしめている。あやすように背中を撫でている。マクシはおいおい泣きながらジュリエッタの胸に顔をこすりつけている。
「むぅ……」
侯爵から唸り声が漏れた。
(これ以上は見過ごせぬ)
侯爵が二人を引きはがそうと手を伸ばしたところで、父子がその肩に手をかけて首を横に振った。目には憐れみが浮かんでいる。
「婿殿、安心召されよ」
「マクシは女性です」
一見、男にしか見えないマクシは女だった。ジュリエッタはそのことを一目で見抜いていた。
「ええっ?」
「何ですって?」
侯爵もハンナも驚きに声を上げたが、ハンナはすぐに納得したような顔になった。
(どうりで私の姫さまへの男避けセンサーが作動しなかったはずだわ)
王都への旅も、終わりへと近づいていた。
公爵とマルコに睨まれるも、何ら身に覚えのない侯爵。そんな侯爵に二人は「ふんっ」と鼻息を鳴らしてそっぽを向いた。
(二人とも機嫌が悪いのかな……)
理不尽にも義父と義兄に睨まれる侯爵だった。
***
その日は、野営となった。いくつもの薪の周りを、おのおので囲む。
カーペットに座ったジュリエッタとハンナは、丸太に座る侯爵とヤンスと、同じ薪を囲んでいる。
侯爵はたくさんの保存食を運ばせているため、野営ながら、ジュリエッタにはとても満足のいく食事だった。
メインは、パンにベーコンとチーズをのせて焼いたものだった。
「バルベリ産の豚肉のベーコンに、同じくバルベリ産のチーズね。ハニーソースの甘味が効いて、とっても美味しいわ」
領地巡りをしたおかげで、作り手の顔が見えて、なおのこと美味しい。
「野営も意外と楽しいものですわね」
「ええ、そうね。それも侯爵さまがいろいろと準備してくれているおかげね」
「騎士さまたちも交代で守ってくれておりますし」
お陰で獣や夜盗の心配もない。
デザートの焼きリンゴを食べたところでジミーの声が聞こえてきた。
「ジュリエッタさまー、ハンナさまー、おいしそうに煮えましたよー」
ビクッ、とジュリエッタは身構える。
(今度はリスよね、ええ、きっとリス。大丈夫、リスも美味しく頂けるわ)
覚悟を決めて振り向いたジュリエッタの目に、皿の上に慎ましく乗った白いものが入ってきた。肉には到底見えない。
「ジミー、これは何かしら」
「百合根です。ここら辺は夏になると百合がいっぱい咲いてるんです。さっき掘り出したところです」
「まあ、これが百合の根っこ?」
一つ口に入れてみる。しゃきしゃきして、おいしい。もう一つ口に入れてみると、今度はほくほくだ。
「茹で時間によって歯ごたえが違うんです。どっちが好きですか?」
「どっちもおいしいわ!」
ハンナも、うんうん、と滋味を味わっている。
「フライにして塩を振っても美味しそうですわね」
「砂糖とバターで練っても美味しそう!」
「じゃあ、保存が効くんで、王都にも持って帰りますね!」
「ええ、お願いね」
楽しい食事を終えた後、ジュリエッタは、紙の巻物を開いた。ジュリエッタの目は興奮したように光っている。
「私、すごいことを思いついたの!」
侯爵はジュリエッタをまぶしそうに見て聞き返した。
「ジュリエッタ、それはどんなこと?」
紙には、ジュリエッタの手で、図形が描かれていた。大陸の全図だ。
海に大陸が縦長に横たわっている。大陸は北から、凍土、ノルラント、ブルフェンとなり、南方に大小さまざまな国がひしめいたのち、凍土となる。
もっとも地図というよりも図形で、描かれた地名でそれが地図だとやっとわかる程度のものだ。しかし、大陸の全体像を描いてみて思いついたことには価値があった。
「こうですの!」
ジュリエッタは地図を表にくるりと巻いた。
***
ジュリエッタは薪を囲む別の一団の元へ向かった。公爵らが囲む薪だ。
こちらの薪では、酒盛りをやっていたらしく、公爵は座った目でワインボトルを抱えており、赤ら顔のマルコは美声で騎士らを楽しませ、同じく赤ら顔のマクシはマルコに合わせて太鼓らしきものを手で打っていた。
弦に笛の音まで加わり、宴会が繰り広げられている。
(お父さま、悪酔いしたのかしら。侯爵さまを見る目がいつもと違うわ。怖いくらい険しいわ)
公爵はジュリエッタの後をついてきた侯爵に、ひどく剣呑な目を向けていた。
ジュリエッタは公爵をやり過ごしてマクシに声をかけた。
「マクシさま、地図は手元に届いたかしら」
マクシはジュリエッタにぎょっと身をすくませる。
「ああ、肝は返してもらったネ。今度は何を強請りに来たネ?」
マクシは両手で巨体を守るようにした。
(まあ、強請り、だなんて。まあいいわ)
「これを見て」
ジュリエッタは手描きの地図を見せる。そして、表を外にして丸める。
「大陸の背中で、東の海と西の海がつながっているのよ!」
東の海も西の海も一つの海ではないか。ジュリエッタはそう思いついたのだ。
この世界はそう出来ているのではないか。それならば、ノルラント軍は西海岸をまっすぐに進めば、東海岸の王都にたどり着く。
遠巻きに見ていた騎士らはひそひそと言い合う。
「閣下の奥方の考えることは実にかわいらしいな」
「海がつながっているなんて、すごいことを思いつくな」
まるで突飛な発想をあがめるような、あるいは呆れるようなムードの中、マクシは目を見開いた。
「おお、あんた、天才ネ! まるで博士ネ!」
「博士?」
マクシはジュリエッタの地図を取ると、今度は垂直方向に地図を丸めた。凍土と凍土がくっつく。
「世界は丸いネ!」
一瞬、その場が静まり、一同、ぽかんとなる。騎士らからつぶやきが漏れる。
「どこがどう丸いんだ?」
「地面は平たいよなあ」
マクシが断言する。
「私たちは球体に住んでるネ」
またもや、一同、ぽかんとなる。
「水平線に地平線はその証拠ネ。丸いから地平線の向こうは見えないネ」
「おお……!」
騎士らはわかったようなわかっていないような顔をしたままだった。この世界の形など、想像の外側にある。肯定も否定もしようがない。
地動説を聞きかじっていたジュリエッタですら、世界が球体であるとは思ったこともなかった。
しかし、海がつながっているのならばこれしかない、と、地図を丸めたジュリエッタにはとても納得のいくことだった。
平面で描いていた世界の果てが、こちら側とつながっており、終わりも始まりもないのだと思えば、そこに真理を感じてしまう。宝箱をすっきりと片付け終えたときに感じるような、あるべきありよう、に出会った心地がする。
(私たちは球体の上に住んでいるんだわ)
ジュリエッタはおもむろに描いた地図で頭を覆った。端を自分の首で抑えつけると、頭から地図を外した。そうやって、棒付きキャンディの包み紙のように、地図の端を折り縮めて丸くする。
「では、世界はこんな感じかしら」
「そうネ! 旅先で出会った博士が言ってたネ!」
マルコも話に加わる。
「ブルフェンの宮廷博士も言っておりました。陛下は笑い飛ばしておられましたが」
「あの御仁は地動説も笑い飛ばされておるからのう」
公爵も赤ら顔で言う。
しかし、そこでジュリエッタはまた振出しに戻ってしまった。
(そんな……)
北端と南端の凍土がくっついているのならば、球体を大陸がぐるりと一周していることになる。
海はやはり大陸で分断されているのだ。【西の海】と【東の海】はつながってはいない。
がっくりするジュリエッタだった。
***
「おや、うさぎヨ」
がっくりするジュリエッタの胸元をマクシが見てきた。そこには、ダニーが顔をのぞかせていた。
マクシはやおら手を伸ばすと、ダニーを引っ張り出した。酒臭い息をダニーに吹きかける。
「よく肥えてるヨ、うまそうネ」
ダニーに向けて、大口を開けたマクシ。しっかりとしゃべる割には、かなり酔っているらしい。
「ダニーっ」
バタバタしているダニーを、ジュリエッタは慌てて取り返した。ダニーは怖がって、ジュリエッタの上着の胸元に頭を突っ込んでいる。
「マクシ、この子は食糧じゃないのよ。ほら、ちゃんと首にリボンをつけているでしょう」
ジュリエッタはダニーの首に巻いた赤いリボンを指した。
「リボン?」
「ええ、ダニーは私の大事なものなの。だから食べ物ではないの」
マクシはきょとんとして、目を丸くした。
「大事なものにはリボンをつけておけば、いいのカ?」
「ええ、これなら騎士さまたちも誤って狩ったりしないわ」
「じゃあ、ブーブにリボンをつけてたら、ブーブは肉にならずに済んだ、ノカ?」
「ブーブ?」
「豚のブーブ、私の友だちだったヨ。一緒に寝て一緒に起きたヨ。でも、ある朝、ブーブはいなくなってたネ。前の晩に食べたシチューに入ってたのがブーブだったヨ」
マクシは夜空を眺め上げて、目に涙を浮かべた。
「ブーブ……。私、友だち、食べたヨ……。それ以来、私、もう友だちは作らないヨ」
(え、わしとマルコは友だちじゃないのか?!)
そんな顔つきでマクシを見る公爵はさておき、マクシは落ち葉に手をつき嗚咽を始めた。
「私は友だちを食べたネ。ブーブだけが友だちだったヨ……」
(やはり、わしとマルコは友だちにカウントされてない?!)
そんな顔つきの公爵はさておき、ジュリエッタはダニーを侯爵に預けると、マクシの背中に手を置いた。
「マクシ、それはつらかったわね。でも、私だって、お腹が空いて死にそうになったら、ダニーだって食べてしまうかもしれないわ」
「え?」
マクシはそこで顔を上げた。
「でも、それが生きるということなの。命を頂くということなの。ブーブの命はマクシの命になったの」
「い、命……」
「そう、ブーブはマクシと一緒に生きているの」
「一緒に、生きている……?」
マクシはしばらくジュリエッタを見つめて、だばーっと滂沱の涙を流し始めた。そして、ガバッとジュリエッタに抱き着いた。
「ブーブ、ブーブ……! ブーブは私とともに生きている……!」
「そうよ、それが生きるということなの」
マクシはジュリエッタの胸に頭をうずめて、声を上げて泣き始めた。
ジュリエッタの豊満な胸にマクシの顔が食い込む。
「うっ……」
侯爵から妙な声が漏れた。
(ジュリエッタに男が抱き着いているだと? 俺のジュリエッタに?)
侯爵の顔には確かにそう書いていた。それを公爵もマルコもしかと見た。
(婿殿はマクシに嫉妬している?)
(はっ、では、閣下は、ジュリエッタに食指が働かないのではなく、ジュリエッタが閣下を拒否しているだけ?)
父子の侯爵を見る目から剣呑さは消え、同情へと色を変える。
ジュリエッタはマクシを優しく抱きしめている。あやすように背中を撫でている。マクシはおいおい泣きながらジュリエッタの胸に顔をこすりつけている。
「むぅ……」
侯爵から唸り声が漏れた。
(これ以上は見過ごせぬ)
侯爵が二人を引きはがそうと手を伸ばしたところで、父子がその肩に手をかけて首を横に振った。目には憐れみが浮かんでいる。
「婿殿、安心召されよ」
「マクシは女性です」
一見、男にしか見えないマクシは女だった。ジュリエッタはそのことを一目で見抜いていた。
「ええっ?」
「何ですって?」
侯爵もハンナも驚きに声を上げたが、ハンナはすぐに納得したような顔になった。
(どうりで私の姫さまへの男避けセンサーが作動しなかったはずだわ)
王都への旅も、終わりへと近づいていた。
408
あなたにおすすめの小説
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる