未来で愛人を迎える夫など、要りません!

文野多咲

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絢爛豪華なバルベリ騎士団

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その夜、ジュリエッタはベッドで悶々と考えていた。

(こうなったらシャルロットが恋に落ちるのは止めようがないわね。ただでさえ美男子の侯爵に、色気まで加わっちゃったんだもの)

ベッドに横になって、あれこれ考えるも、あとは侯爵に特殊メイクを施すくらいしか思い浮かばない。

(マクシのように顔に傷を作っちゃおうか。ああ、駄目だわ、余計に野性味が増して、色気駄々洩れになりそう)

そこへ侯爵が部屋に入ってきた。侯爵はベッドに腰かけると、ジュリエッタがまだ起きているのを見て言ってきた。

「ジュリエッタ、軍服をありがとう。あんな柄、冗談に違いないと思ってたけど、騎士たちも、とても見栄えがするようになった」

(冗談どころか、意地悪でやったことです)

「ジュリエッタが真剣に俺たちのことを思ってくれているのがわかって、俺は嬉しい」

(目論見は真逆でしたが)

「イイエ、ドウイタシマシテ」

侯爵はベッドに横になると、ダニーをひしと抱え込んだ。そして、ジュリエッタのことなど目に入らぬような顔で、無心にダニーを撫でている。

「ジュリエッタ、おやすみ」

そう言うと、侯爵は目をギュッと閉じた。そんな侯爵をジュリエッタは泣きたいような思いで見つめた。

(私の方を見ようともしないで眠るのね。私、そんなに魅力がないかしら。いっそのこと、本物の夫婦になってしまえば、シャルロットに惹かれないかもしれないのに)

予知夢のジュリエッタは、元平民の侯爵を見下し、体を許さなかった。次第に侯爵に好意を抱くも、距離を縮められないいまま、結局最後まで本物の夫婦になることはなかった。

(予知夢の私はあまりに傲慢だったわ。それは今の私も同じこと。今からでも態度を変えれば、違ってくるかしら)

侯爵に求められれば、今のジュリエッタならば許してしまうだろう。

(でも相変わらず指一本も触れてこないわ)

ジュリエッタは侯爵のつむじを見つめた。その黒髪が柔らかなことをジュリエッタは知っている。

最近では柔らかな黒髪を撫でることもなくなってしまった。侯爵はちゃんとダニーを可愛がることができるようになったし、最初の頃はジュリエッタに撫でられると心地よさそうにしていた侯爵も、最近では、撫でるなり目を瞑って一心に何かを祈るような顔つきになってしまうからだ。

(侯爵は私がタイプじゃないのよね……。きっと本当の夫婦になっても、シャルロットと恋に落ちるのはとめられないわ。それなら、私は余計に惨めなだけ。侯爵さまが本当に好きになるのはやはりシャルロットで、それなら私が身を引くべきで)

ジュリエッタの頭の中で堂々巡りが始まる。

ジュリエッタは、侯爵とダニーに背中を向けた。

そんなジュリエッタの背後で、侯爵は一心にダニーを撫でていた。

(ここにはダニーしかいない、ダニーしかいない……)

***

王宮のホールでは、入場行進を迎えていた。ホールに軍靴のザッザッというリズミカルな音が響き渡る。

王国軍にバルベリ軍の騎士団。

「おお………!」

「何と、勇壮な!」

彼らは一糸乱れず入場し、整然と並んだ。

凱旋帰京のときよりも行進は儀式的で、荘厳とも言えた。

殿方で占められた戦勝報告会も終われば、ホールは御婦人方にも開放される。ホール内は、叙勲を見守る男女でひしめく。

国王が壇上に立ち、騎士らは順に前に敬い出て、勲章を授かる。

次々と叙勲が終わり、最後に進み出たのは、バルベリ侯爵だった。

「バルベリ将軍、前へ!」

役人の読み上げて、侯爵が壇上へと続く赤いカーペットの上をまっすぐに進む。

侯爵は背中を伸ばして壇上へと一歩一歩進む。

その日、初めて侯爵を見た貴族も多く、彼らは固唾を飲んで侯爵を見つめ、そして、ひそひそとざわめき始める。

「あれが『黒い猛獣』、獣かと思えば、普通の人間ではないか」

「普通ではないわ、随分と美男子よ」

「武人にしては、知的なお顔つきね」

陰口もささやかれる。

「作法もわからん田舎者が」

「元平民が、侯爵になって、王家の血を手に入れるなどと」

「しかし、元平民と公女なら、どちらが騎手でどちらが馬なのかは一目瞭然」

「それもいつまで続くことか。公女はすぐに馬から飛び降りるだろうよ。侯爵だって背中から公女を振るい落とすさ」

壇上には、国王以外にも、王族の姿があった。王妃、王太子、そして、王女シャルロット。

王族は誰もが目も覚めるような麗しい見目をしているが、そのなかでも別格に光り輝くのがシャルロット。シャルロットの周りだけ空気も澄んでいるように感じる。

壇上のシャルロットは、侯爵をひと目見るなり、釘付けになった。

吸い込まれるように侯爵を見つめ、そして、椅子から立ち上がり、国王の横に立った。侯爵を待ち受けるかのように。

予定にない行動に違いなかったが、シャルロットの堂々たる振る舞いに、少しも違和はない。

壇上に上がった侯爵は、落ち着き払った顔で、国王の前にひざまずき、勲章を受ける。

そして、傍らに立つシャルロットを見返した。シャルロットの頭にあるティアラに目をやり、そして、納得したようにその顔を見つめた。

シャルロットが笑みを浮かべれば、侯爵は呼応するように笑みを浮かべた。そして二人は見つめ合う。

壇上の二人は一幅の絵のように美しく、物語の一シーンのようだった。

凛々しい騎士に、可憐な王女。

それは、王女と王女に忠誠を誓う騎士。

二人は長いこと視線を絡ませ合った。互いに一瞬で恋に落ち、目線で想いを交わし合う。

やがて、シャルロットは手を侯爵に伸ばした。侯爵はシャルロットの手を恭しく押しいただいた。

侯爵は自分は王女の騎士だと知らしめるように、シャルロットの手の甲にキスをした。それはそれは長いこと、シャルロットにキスをささげている。

シャルロットは満足げに笑んで、自分の前にひざまずく侯爵を見ている。

その場の誰もがうっとりと二人を眺めていた。

「なんとまあ、素敵な光景……」

「麗しの王女と、気高い騎士、素晴らしくお似合いですわね」

「あら、でも、侯爵には公女さまのもののはず」

「でも、王女さまの方がしっくりくるわ」

そんな言葉まで囁かれるなか、一人ジュリエッタはぶるぶると震えていた。

(何なの、これ…………!)

ジュリエッタは信じがたい光景に、ひたすら打ちのめされていた――。

それが予知夢で起きたこと。

後で侯爵より『勘違い』を説明された。

シャルロットを出迎えてくれた妻だと勘違いした、とのことだった。

予知夢のジュリエッタは、凱旋帰京後の侯爵の出迎えもせず、叙勲式のときには、互いに顔も知らなかった。

そして、叙勲式で、ジュリエッタは母親のティアラを被っていた。この王国でティアラを持っている女性は、王妃、シャルロット王女、そして、王女に生まれついたジュリエッタの母親のみで、ジュリエッタは母親のティアラを頭に載せていた。初めて会う夫に自分との立場の違いを知らせるために。

誰かが侯爵に「ティアラを被った女性が妻ジュリエッタ」と伝えており、妻の顔を知らない侯爵はシャルロットをジュリエッタだと勘違いしたのだ。

それは、戦場から帰ってきた夫をねぎらいもせずに放置し、夫との立場の違いを知らしめようとしたジュリエッタの傲慢さによって起きたものに違いなかったが、ジュリエッタは、叙勲式でひどくプライドを傷つけられた。そして、怒りの矛先を侯爵に向けて、長らく彼を許さなかった。

しかし、さすがに今回は勘違いの起きる余地はない。もう二人は互いによく知り合った仲なのだから。

とはいえ、勘違いが起きないだけで、二人が出会ってしまうのは避けられない。

(そして、恋に落ちるのなんか、一瞬)

ドレスに着替えて侯爵邸の門へ向かうジュリエッタの胸は、不安がうずまいていた。
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