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11、元聖女、結界修復

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 結婚後、王城での政務の合間を縫って、私とウィルフレッドはあちこち辺境へ出向いた。

 といっても、国民の前に姿を現して手を振って……みたいなものではなくて、主にウィルフレッドが取り戻した領土について、防衛のための結界を張ること。

 私が一から結界を張ることもある。
 ただ、大体の土地にはかつて、魔法攻撃や魔獣の侵入、軍隊の侵入を阻む結界が張られていたので、それを修復していくことが多かった。


 と、いうわけで、今日は山の中に描かれた魔法陣の修復にやってきている。


「……ここが北部ナナリア州の結界の中心だった場所ね。見事に壊されてるわね……」

「魔石がないが、直せるか?」

「まかせて」


 本来結界の中心にあるべき魔石は破壊のうえ略奪され、魔法陣はめちゃくちゃに傷つけられている。
 私はその魔法陣の中央に向けて手をかざした。


「〈人の子の敬虔なる帰依の賜物にて、この地を守護せよ────〉」


 魔法陣の中心がひび割れ、透明に光る結晶が徐々に先端を現し始める。

 魔石は本来、小さくても非常に高価なものだ。希少な魔獣の身体から採取できるもので、宝石のような見た目と大きさになる。
 結界などに使う大きな魔石は、それを数えきれないほどの数集め、力をもった高位聖職者が融合させて作る。

 ────というわけで、それこそひとつが天文学的な値段となる。
 そんな魔石を略奪してしまえば、予算的な問題で結界は再生できない。
 ……と一般的には思われているのだけど。

 私には裏技がある。

 この山は古くから信仰の対象だったとのこと、山そのものを生命体に見立て、蓄積された長年にわたる人々の信仰のエネルギーをその体内で魔力に変換して結晶化させる。

 ボコボコと土を割って大きな魔石が出現する。
 その周囲の魔法陣は、残った線が光り始める。


「────〈結界修復〉」


 光が走り始め、傷を埋めていく。
 間もなく元の形を形成し、完璧な形となった魔法陣。
 そこから出た光が、魔石のてっぺんへと集まり、天へとのぼり、それから一帯を覆い広がっていく……。


「…………できたわ」
「何度見ても見事なものだな」
「まぁね」


 何せ私自身が開発した魔法だから、これを誉められるとちょっと嬉しい。
 ちなみに土地の人の信仰心の結晶なので、この場所から動かすことができないというのも強み。


「ありがとう。これでナナリア州は街や農地の復興に集中できる。国境付近に配置していた騎士団も動かせるな。
 時間は短いといっても、だいぶ魔力を使っただろう。しばらく休め」

「疲れはまぁあるけど、持ってきた書類仕事するぐらいの余裕はあるわよ?
 ……ああ、ただ、気になることがあったのよね」

「気になること?」

「短い時間だけど〈遠隔透視魔法〉で見られた感じがあって。もう結界が機能してるから大丈夫だけど」

「不吉だな。方角は?」

「……北西」

「ヨランディアの方角か」


(まぁ、国王と結婚してる時点でヨランディアまで知られるのは時間の問題だとは思っていたけど)


 でも、私以外に〈遠隔透視魔法〉を使える人間は数えるほどのはず。メアリーの命令だったりするのかしら。

 ちなみにヨランディア王城にも私が『手入れ』していた結界があって、力を持つ人間がきちんと『手入れ』していれば私からの〈遠隔透視魔法〉も遮断できたのだけど、残念ながら私の追放から結界は弱まっているようで。


(これも高位聖職者を何人か汚職で罷免したせいで、私自身で『手入れ』してしまっていたのよね……。
 仕事はもっと人にまかせて、できる人材を育てるべきだったわ)


 私の表情から何かを読み取ったらしいウィルフレッドが「水晶玉は持ってきていないぞ」と釘を刺すように言う。


「……いえ、もうだいぶ諦めもついたから大丈夫よ?
 宰相だってヨランディアを私物化したいわけだから、当然国を潰したりはしないように全力を尽くすだろうし」


 宰相がいれば、国ごと潰れるということはたぶんない。
 まぁ何とかするだろう。


「……それに、メアリーももう17だものね。
 いつまでも子ども扱いしないで、自分で乗り越えられると信じることにするわ」

「裏切った相手に、ずいぶんお優しいな」

「まぁ、それは、大好きなお兄様の忘れ形見だもの」

「…………そうか」


(ん?)
 一気に、ウィルフレッドの声の温度が下がった気がする。
 そのわりに、私の肩に手を回すといきなりグッと引き寄せて「行くぞ」と言う。

 ちょっと機嫌が悪くなっている。ヨランディアのことを気にしすぎたから?
 こういう時はあんまり良くない予感がする、と思いながら、私は空を見上げる。太陽は空高く、誰がどう見ても昼だった。


     ***


 ちなみに、良くない予感は当たった。
 宿である古城に連れて帰られ、そのまま寝室に連行された私。
 結構魔力を持ってかれる魔法を使った後の身体に残った体力を、夫が全部持っていきました。
 というわけで、またシーツを掴んで呻いている。


「大丈夫か?」
「……誰のせいだと?」

(昼間からどれだけ元気なのよ?
 ……というかあなた休めって言ったじゃない)


 ウィルフレッドの機嫌の悪そうな様子はすっかり消えて、清々しい顔がちょっと憎たらしい。手加減してって言ったのに。


(なんか学生時代も、お兄様の話をするとちょっと機嫌悪かった気がする……。
 そんなに男兄弟が欲しかったのかしら。
 35にもなって大人げないんじゃない?)


 ウィルフレッドのことはわりとわかっていると思っていたんだけどな……。
 この歳になって、男性心理の不可解さに悩むことになるとは。


「まぁ、せっかくの遠出だ。近くの景色の良いところにでもいかないか」
「夕食までに体力が回復するか微妙なんですけど?」
「身体が動かないなら俺が運んでやる」
「!? 待って、それだけは勘弁して!?」
「不服か?」
「この歳で人前で抱っこは羞恥心で死ねるからっ!!」
「歳など関係ないと思うがな……」


 そういえば再会の時にされてた気がするけど、あれは馬に乗せるためという理由があるからまだいいとして。

 ただでさえ
『両陛下はご結婚以来大変お盛んらしい』
と噂されているところに抱っこは即死案件。無理。


「だって、今回はウィルフレッドが……悪いっていうか……(むしろ今回っていうか、全部ウィルフレッドのせいっていうか)」


 つい、言い返したくなる。


「ルイーズ」


 う。ウィルフレッドが覆いかぶさるように私を上から見つめてくる。
 学生時代は見たこともない、この角度が私は苦手だ。
 ……ドキドキしすぎるから。


「俺の子を産むと言ったな?」
「……言いました(授かればだけど)」


 私がそう返すと、なぜか満足そうに笑って、ウィルフレッドがキスをしてきた。
 何気ない口づけなのに、すごく、甘い。


「とりあえず、もうちょっと抑えてください」
「……善処する」
「あと理由なく機嫌悪くならないで」
「理由なく? あれは……いや、善処する」


 至近距離のウィルフレッドから目をそらし、バクバクの心臓を隠すように羽布団のうえから胸を押さえながら、私は「お願い」と返した。


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