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14、元聖女、一人合点する

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 ────私たちはナナリア州から帰還し、王城での生活に戻った。


 結婚直後から私は、仕事をする一方で、医師の助言を受けながら体を整え、子を授かりやすい身体にしようと心がけ始めた。
 ウィルフレッドも私が働きすぎないよう、夜遅くならないように配慮してくれるし、こちらに重圧を感じさせないためだろうか、どんな子が欲しいとかそういう話はしない。

 とはいえ夜は相変わらず。だけど『確率が上がる』という意味では私も認めざるを得ない。


 政務の方に話を移すと、王城ではいつも朝からウィルフレッドの執務室で一緒に仕事をしている。


「…………ホロ州は国境をまたいだ30人規模の傭兵崩れの盗賊団が出ている、か。
 時間をかければ武装勢力化しうる。金と人を集める前に早々に叩き潰さそう」

「戦争の後の混乱を狙って、そういうのが出てくるのね」

「戦争が終わって失職した、というのもあるな。うちは極力傭兵から正規軍にスカウトを進めているが……。
 それから東の国境に騎士団の配備を。近辺の国の動きが不穏なので脅しをかけたい。あとは……」


 王としてのウィルフレッドと一緒に仕事をしていて思ったのは、基本的に軍を動かすのが早い。

 といっても闇雲に使っているわけじゃない。

 治安維持につとめ外交に労力を割き、とにかく戦争や武力衝突を回避するようにしてきたのが聖女時代の私だとしたら、ウィルフレッドは、状況を見極めつつ早いタイミングで、武力を使う。
 脅しや威圧のみの場合もある。実際に行使する際は短期間で決着させ、終了させる。

 短期間で、というのがポイントだ。
 他国との衝突は多かれ少なかれ遺恨を生む。時間と死者数を抑えれば、それだけ遺恨も抑えられる。


(国を守り人を守るツールとして、武力を使いこなしているって感じね……)


 このあたりは、ヨランディアよりも遥かに多くの敵に囲まれた国の君主だったからこそ、だろう。
 短期的な視野で譲歩すれば、後々グライシードの人命と領土が脅かされる。といって強硬に出すぎて無駄に恨みを買えば、それもリスクになる。


「それから、確か今日はイヴェットへの指南があったな」

「ええ、夕方からね。
 あの子ほんと伸びるの早いわね」


 話していると、コンコンとノックの音がした。


「何だ」
「あ、あのッ……ご報告がッ」


 緊張したような声が扉の向こうから聞こえ「入って良いぞ」とウィルフレッドが声をかけると、おっかなびっくりの顔の報告者が姿を現した。


(ああ……うん……大丈夫なんだけどね)


 なぜ執務室に入ってきた人物がそんな態度だったのか、私には心当たりがあった。

 王妃用の執務室はなく、私はウィルフレッドの執務室で仕事をする。
 まぁ、わからないことがあったらすぐに聞けるから、私は別途用意してもらわなくても全然いい。

 ただ問題はこのせいで、王城の貴族や女官たちの間に
『国王陛下は政務中も王妃陛下を離そうとしない』
とかそんな噂が立ってしまっていることだ。

 この報告者も、うっかり『邪魔』したりしないかビクビクしたのかしらね……。
 ちゃんと仕事してますよー私たち。


 ────この日は、午後すぐにウィルフレッドが外出し、私はミリオラ宰相と打ち合わせをした。

 ミリオラ宰相は、内政外交ともさすがの力量で、経験も豊富だし、一緒に仕事をしていてとても学ぶことが多い。


 ただ、ウィルフレッドがその場にいないとき、にこにこしながら
「陛下とは最近いかがですか?」
と聞かれるのは、ちょっと答えるのに困る。


「まぁ、仲良くは……やっているのではないかと思います」

「それならば何よりですわ。もし困っていることがあれば、いつでもお力になりますから」


 ウィルフレッドとの関係性は変わらず問題ない。
 仕事はほぼ満足しているようだし。
 あと身体が慣れてきたのか、毎夜の営みも、まぁ……はい、順調です。
 問題があるとしたら、私の心の中のことだけだもの。
 それも、ちょっと、ウィルフレッドの態度に腑に落ちないものがある気がするというだけのこと。


 だけどこの日。
 宰相閣下は私の微妙な表情を読み取ったのか、こう続けた。


「王妃陛下をお迎えすることができ、国王陛下も浮かれていらっしゃるようで、多少おかしなことをなさることもあるかと存じますけれど、どうぞよろしくお願い申し上げますわ」

「……浮かれて?」

「ええ、浮かれて。
 ただ、王妃陛下は、とても情が厚くていらっしゃる分、先回りして国王陛下の意向に合わせておられるところもあるとお見受けいたします。
 ですが、ご遠慮なさらず思うことや気になることはどんどんおっしゃっていただければ幸いですわ。
 陛下は、それだけの器はお持ちです」

「は、はい。ありがとうございます」

「どうぞ、陛下をよろしくお願い申し上げます」


 そう微笑んで、ミリオラ宰相は退出していった。


(浮かれて……か)


『そりゃ楽しいさ』と、彼は結婚式の日に言っていた。


(そういえば……大学でも、特に好きな相手ではなくても『恋人ができた』といって浮かれている人がいたわね。
 なるほど。つまり、ウィルフレッドも実は新婚というシチュエーションにテンションが上がっていて、時々そんなことをしてしまうってことかしら)


 …………確かに、あの人、次期国王にもかかわらず恋愛結婚しようとした人だもの。
 そういう雰囲気を楽しみたくなっちゃうのかも。
 そう考えればしっくりくる。


(だったら、ちょっと可愛いかも)


 1人想像して、廊下でフフッと笑ってしまったのを侍女に見られては、またちょっと変な方向に解釈されてしまうのだった。


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