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思いがけない依頼2
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平凡な日々が一週間程続いた。毎日誰かが薬屋の扉を開くたびに、あの方が姿を見せないだろうかと期待しては落胆していた。
カラリと扉付近に設置されたベルが鳴る。自然と入り口へ視線を向けると、琥珀色の色気を含んだ鋭い瞳と目があった。短い黒髪が隙間風に揺られている。真っ白な軍服を身に纏ったその人が、僕のいるカウンターまでゆったりとした動作で歩いてきた。
「この間作ってもらった媚薬をまた作ってくれないだろうか」
穏やかさと威厳を含ませた低音が鼓膜を揺らす。急速に早まった心音を聞かれてしまいそうで、思わず隠すように胸元に拳をあてがう。
彼はライアン=ベネット様。大国フルルの騎士団長を務めている方だ。そして僕の想い人でもある。
「どのくらい必要なのですか?」
緊張で震えそうになる声を搾り出して尋ねる。媚薬の使用用途はわからない。前回聞いてみたけれど、答えを濁されて終わってしまったからだ。好きな相手が媚薬を使っているという事実はすごく辛い。ライアン様の色恋沙汰なんて噂でも聞いたことがなかったのに、目の当たりにしてしまうと涙が出てきそうだった。
でも、僕にも薬屋としてのプライドがある。それに、気持ちを伝えるつもりもないのだから素知らぬ顔を必死に貫き通すしか選択肢がない。
「五日分用意してほしい」
「……以前もお伝えしましたが、本来媚薬というものは存在しないのです。ですから、このあいだお渡しした物は、性的興奮を高める効果を持つ薬草を調合した滋養強壮剤です。大量の服用はお身体に触りますので、少量ずつお使いください」
「ああ、承知している。服用の際は気をつける」
「……わかりました。用意するのに時間がかかりますがよろしいでしょうか?」
「かまわない。待たせてもらう」
そういって椅子に腰掛けたライアン様を数秒見つめる。日差しに照らされている姿は、まるで一枚の絵画を見ているようだ。
「俺の顔になにかついているか?」
「あっ、いえ! そんなことはありません。その……とても綺麗だと思って……」
無意識に見つめ過ぎていたのか声をかけられてしまった。慌てて否定したせいで言わなくていいことまで口走ってしまう。返事を聞いた彼が微かに笑みをこぼす。その笑みがあまりにも素敵で、心臓が痛いくらいに跳ねた。
「こんな無骨者に綺麗だと言うのは君くらいだ。名前を聞いてもいいか?」
「……ベルです」
「可愛らしい名前だ。君の緋色の髪もとても綺麗だと思う」
褒められて顔が熱くなっていく。特にこの髪色は大切なものだから嬉しい。身体から溜まった熱気を取り出したくて視線を薬草へと向ける。本当はもっとライアン様と話していたい。けれど、常に忙しくされている方だからはやく薬をお渡ししてあげたかった。
「……その髪を見ていると昔のことを思い出す。もしかして、どこかで会ったことがないだろうか?」
探りを入れるように慎重で、少しだけ自信なさげに尋ねられる。手を止めそうになったけれど、なんとか動揺せずにすんだ。
「気のせいではないでしょうか」
口元に無理矢理笑みを作って、視線は下に向けたまま答える。本当は昔、一度だけライアン様に会ったことがあった。でも、それを伝える気はない。あの日のことを覚えていてくれていたのだと知ることができただけで、幸せだと思えるから。
「そうだな。俺の勘違いだったようだ」
ぽつりと寂しそうに呟かれた言葉に胸が痛む。これでいい。どうせ僕は死んでしまう運命なのだから……。
静寂が室内を満たす。穏やかで、少しだけ甘酸っぱいような切なさを含む空間。鳥のさえずりと、薬を作る音だけが響いていた。
自然と鼻歌が口から漏れる。故郷の歌だ。昔のことを思い出したからかもしれない。懐かしさと、悲しさを含んだこの歌を口ずさむのは随分と久しぶりだった。
「いい歌だな」
「っ、故郷の歌です。すみません」
うるさかったかもしれないと思い慌てて謝罪する。一気に現実へと引き戻されてしまい、歯痒さが胸を支配していた。
「よければ続きを聞かせてくれないだろうか?」
「え……っ、わかりました」
歌ってほしいと言われるとは思っていなかったから驚く。でも、すぐに胸が温かくなる感覚がした。ライアン様は僕の大切なものを否定せず、受け入れてくれる。それが嬉しくて、笑みがこぼれた。
再び歌が部屋に流れ始める。故郷の草花の香りや明るい笑い声を思い出して、あの日々に戻れたような心地になれた。自然と視線がライアン様の方へと向かう。
いつの間にか眠ってしまったのか、美しい琥珀色の瞳は今は見ることができない。圧倒的な造形美に息を呑みそうになる。少しだけ声を落とし、手を止めて観察する。
ずっと会いたくて、恋焦がれていた方が目の前にいるのだ。コクリと喉が鳴った。花患いの進行は遅い。けれどいつかは、僕の心臓も花のように枯れて散ってしまう日が来る。好きだと伝える気なんてない。今でもそう思っている。けれど……。
棚に置かれたスイートバイオレットのドライフラワーが目に入る。ふと、あのお呪いを思い出した。
カラリと扉付近に設置されたベルが鳴る。自然と入り口へ視線を向けると、琥珀色の色気を含んだ鋭い瞳と目があった。短い黒髪が隙間風に揺られている。真っ白な軍服を身に纏ったその人が、僕のいるカウンターまでゆったりとした動作で歩いてきた。
「この間作ってもらった媚薬をまた作ってくれないだろうか」
穏やかさと威厳を含ませた低音が鼓膜を揺らす。急速に早まった心音を聞かれてしまいそうで、思わず隠すように胸元に拳をあてがう。
彼はライアン=ベネット様。大国フルルの騎士団長を務めている方だ。そして僕の想い人でもある。
「どのくらい必要なのですか?」
緊張で震えそうになる声を搾り出して尋ねる。媚薬の使用用途はわからない。前回聞いてみたけれど、答えを濁されて終わってしまったからだ。好きな相手が媚薬を使っているという事実はすごく辛い。ライアン様の色恋沙汰なんて噂でも聞いたことがなかったのに、目の当たりにしてしまうと涙が出てきそうだった。
でも、僕にも薬屋としてのプライドがある。それに、気持ちを伝えるつもりもないのだから素知らぬ顔を必死に貫き通すしか選択肢がない。
「五日分用意してほしい」
「……以前もお伝えしましたが、本来媚薬というものは存在しないのです。ですから、このあいだお渡しした物は、性的興奮を高める効果を持つ薬草を調合した滋養強壮剤です。大量の服用はお身体に触りますので、少量ずつお使いください」
「ああ、承知している。服用の際は気をつける」
「……わかりました。用意するのに時間がかかりますがよろしいでしょうか?」
「かまわない。待たせてもらう」
そういって椅子に腰掛けたライアン様を数秒見つめる。日差しに照らされている姿は、まるで一枚の絵画を見ているようだ。
「俺の顔になにかついているか?」
「あっ、いえ! そんなことはありません。その……とても綺麗だと思って……」
無意識に見つめ過ぎていたのか声をかけられてしまった。慌てて否定したせいで言わなくていいことまで口走ってしまう。返事を聞いた彼が微かに笑みをこぼす。その笑みがあまりにも素敵で、心臓が痛いくらいに跳ねた。
「こんな無骨者に綺麗だと言うのは君くらいだ。名前を聞いてもいいか?」
「……ベルです」
「可愛らしい名前だ。君の緋色の髪もとても綺麗だと思う」
褒められて顔が熱くなっていく。特にこの髪色は大切なものだから嬉しい。身体から溜まった熱気を取り出したくて視線を薬草へと向ける。本当はもっとライアン様と話していたい。けれど、常に忙しくされている方だからはやく薬をお渡ししてあげたかった。
「……その髪を見ていると昔のことを思い出す。もしかして、どこかで会ったことがないだろうか?」
探りを入れるように慎重で、少しだけ自信なさげに尋ねられる。手を止めそうになったけれど、なんとか動揺せずにすんだ。
「気のせいではないでしょうか」
口元に無理矢理笑みを作って、視線は下に向けたまま答える。本当は昔、一度だけライアン様に会ったことがあった。でも、それを伝える気はない。あの日のことを覚えていてくれていたのだと知ることができただけで、幸せだと思えるから。
「そうだな。俺の勘違いだったようだ」
ぽつりと寂しそうに呟かれた言葉に胸が痛む。これでいい。どうせ僕は死んでしまう運命なのだから……。
静寂が室内を満たす。穏やかで、少しだけ甘酸っぱいような切なさを含む空間。鳥のさえずりと、薬を作る音だけが響いていた。
自然と鼻歌が口から漏れる。故郷の歌だ。昔のことを思い出したからかもしれない。懐かしさと、悲しさを含んだこの歌を口ずさむのは随分と久しぶりだった。
「いい歌だな」
「っ、故郷の歌です。すみません」
うるさかったかもしれないと思い慌てて謝罪する。一気に現実へと引き戻されてしまい、歯痒さが胸を支配していた。
「よければ続きを聞かせてくれないだろうか?」
「え……っ、わかりました」
歌ってほしいと言われるとは思っていなかったから驚く。でも、すぐに胸が温かくなる感覚がした。ライアン様は僕の大切なものを否定せず、受け入れてくれる。それが嬉しくて、笑みがこぼれた。
再び歌が部屋に流れ始める。故郷の草花の香りや明るい笑い声を思い出して、あの日々に戻れたような心地になれた。自然と視線がライアン様の方へと向かう。
いつの間にか眠ってしまったのか、美しい琥珀色の瞳は今は見ることができない。圧倒的な造形美に息を呑みそうになる。少しだけ声を落とし、手を止めて観察する。
ずっと会いたくて、恋焦がれていた方が目の前にいるのだ。コクリと喉が鳴った。花患いの進行は遅い。けれどいつかは、僕の心臓も花のように枯れて散ってしまう日が来る。好きだと伝える気なんてない。今でもそう思っている。けれど……。
棚に置かれたスイートバイオレットのドライフラワーが目に入る。ふと、あのお呪いを思い出した。
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