この上なく愛

天宮叶

文字の大きさ
3 / 12

まじない

しおりを挟む
(だめだ……)

 頭ではわかっている。でも、こんな機会は二度と訪れないと自分の中の卑怯な心が囁いていた。棚に近づくとスイートバイオレットの入った瓶を手に取る。音がしないように慎重に蓋を開けて、花を取り出すと水に浸して柔らかくする。

 それからまたライアン様の元に歩み寄ると、閉じたまぶたにスイートバイオレットの汁を搾って垂らした。吐きそうなくらいの緊張と、罪悪感が胸を覆う。軽くため息を吐き出すと、そっとハンカチで水滴を拭いてあげた。

(なにやってるんだろう)

 冷静になると、自分のことが嫌になる。こんなことをしたって意味がないことはわかっているのに。それに、正義を重んじるライアン様がこんな卑怯な人間を愛してくれるはずがない。

 その場から離れると、薬を作る作業を再開する。そのとき、微かに彼の影が身じろいだのが見えた。緊張で喉の乾きを感じる。琥珀色の瞳が僕の姿をとらえて、数回瞬きをしたのが見えた。

「……すまない、眠ってしまっていたようだ」

 寝起きで少しだけ擦れた声に、更に心音がはやくなる。呪いをしていたことがバレていないか心配で気が気でない。それと同時に、好きだという気持ちが溢れてきて止まらなかった。もしかしたら、ライアン様が僕に向かって微笑んでくれるかもしれないと期待してしまっている。

やっぱり僕はすごくずるい人間だ。

「かまいませんよ。丁度薬も出来上がりそうですから」

「ああ、ありがとう」

 立ち上がったライアン様が歩み寄ってきて、緊張が増した。震える指先を忙しなく動かしながら、薬を瓶へと詰めていく。蓋をして袋に入れていると、カウンター越しに彼が立ち止まったのが見えた。

 手を止めて顔を上げる。思ったよりも至近距離に顔があって、コクリと喉が鳴る。真っ赤な顔をした自分が琥珀色の瞳に映っているのがわかる。そのくらいライアン様のことを見つめていた。

「薬です。それから、疲れておられるようだったので、疲れによく効く薬も用意しておきました」

「ありがたい」

 代金を手渡そうとしてくれるから、慌てて媚薬の代金だけで構わないと伝える。勝手にしたことだから受け取るわけにはいかない。

「ベルは優しいんだな。お言葉に甘えさせてもらう。……また来てもいいだろうか」

「……おまち、してます……」

 薬代を手渡されて、戸惑いがちに受け取る。瞬間、金貨を置いた手が、流れるように僕の髪に触れてきた。剣たこ痕が見える大きな男らしい手が、ゆっくりと梳かすように滑る。

「ラ、ライアン様?」

 どうしたらいいのかわからずに名前を呼ぶと、手を止めた彼が微かに笑みを返してくれた。触れられていることへの喜びと恥ずかしさで視界が潤む。制御でないくらいに激しく動いている鼓動に、胸が痛くなる気さえした。

「名残惜しいな」

 本当に残念そうに眉を垂れさせたのがわかった。たったそれだけの仕草に翻弄される。先ほどまで穏やかだった空間が甘さに満たされている気がした。たまらなくなってうつむくと、指先が視界の端を落ちていく。

「もしも君が誰かに取り返しのつかない過ちを犯したとして、その人物に会う機会が訪れたとするのならどうすると思う?」

 唐突な質問に戸惑う。ライアン様の言う過ちが、なにを意味するのかは僕にはわからない。でも、もしもあの時のことを言っているのだとするなら、それは過ちなどではないと伝えなければいけないと思った。

「きっとその人は恨んでなどいないと思います。それでも気にしてしまうのであれば、僕なら謝罪すると思います」

 本当は謝罪すら必要ないけれど、こう答えるほかにない気がしたんだ。だって、あれは防ぎようのないことだったのだから。

「そうか……。貴重な意見を聞かせてくれてありがとう。突然すまなかったな。……それでは失礼させてもらう」

「……はい。お気をつけて」

 遠退いていく足音を耳に入れながら、熱い顔が冷めるまでカウンターの木目を見つめ続ける。扉の閉まる音がやけにクリアに聞こえる気がした。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

処理中です...