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まじない
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(だめだ……)
頭ではわかっている。でも、こんな機会は二度と訪れないと自分の中の卑怯な心が囁いていた。棚に近づくとスイートバイオレットの入った瓶を手に取る。音がしないように慎重に蓋を開けて、花を取り出すと水に浸して柔らかくする。
それからまたライアン様の元に歩み寄ると、閉じたまぶたにスイートバイオレットの汁を搾って垂らした。吐きそうなくらいの緊張と、罪悪感が胸を覆う。軽くため息を吐き出すと、そっとハンカチで水滴を拭いてあげた。
(なにやってるんだろう)
冷静になると、自分のことが嫌になる。こんなことをしたって意味がないことはわかっているのに。それに、正義を重んじるライアン様がこんな卑怯な人間を愛してくれるはずがない。
その場から離れると、薬を作る作業を再開する。そのとき、微かに彼の影が身じろいだのが見えた。緊張で喉の乾きを感じる。琥珀色の瞳が僕の姿をとらえて、数回瞬きをしたのが見えた。
「……すまない、眠ってしまっていたようだ」
寝起きで少しだけ擦れた声に、更に心音がはやくなる。呪いをしていたことがバレていないか心配で気が気でない。それと同時に、好きだという気持ちが溢れてきて止まらなかった。もしかしたら、ライアン様が僕に向かって微笑んでくれるかもしれないと期待してしまっている。
やっぱり僕はすごくずるい人間だ。
「かまいませんよ。丁度薬も出来上がりそうですから」
「ああ、ありがとう」
立ち上がったライアン様が歩み寄ってきて、緊張が増した。震える指先を忙しなく動かしながら、薬を瓶へと詰めていく。蓋をして袋に入れていると、カウンター越しに彼が立ち止まったのが見えた。
手を止めて顔を上げる。思ったよりも至近距離に顔があって、コクリと喉が鳴る。真っ赤な顔をした自分が琥珀色の瞳に映っているのがわかる。そのくらいライアン様のことを見つめていた。
「薬です。それから、疲れておられるようだったので、疲れによく効く薬も用意しておきました」
「ありがたい」
代金を手渡そうとしてくれるから、慌てて媚薬の代金だけで構わないと伝える。勝手にしたことだから受け取るわけにはいかない。
「ベルは優しいんだな。お言葉に甘えさせてもらう。……また来てもいいだろうか」
「……おまち、してます……」
薬代を手渡されて、戸惑いがちに受け取る。瞬間、金貨を置いた手が、流れるように僕の髪に触れてきた。剣たこ痕が見える大きな男らしい手が、ゆっくりと梳かすように滑る。
「ラ、ライアン様?」
どうしたらいいのかわからずに名前を呼ぶと、手を止めた彼が微かに笑みを返してくれた。触れられていることへの喜びと恥ずかしさで視界が潤む。制御でないくらいに激しく動いている鼓動に、胸が痛くなる気さえした。
「名残惜しいな」
本当に残念そうに眉を垂れさせたのがわかった。たったそれだけの仕草に翻弄される。先ほどまで穏やかだった空間が甘さに満たされている気がした。たまらなくなってうつむくと、指先が視界の端を落ちていく。
「もしも君が誰かに取り返しのつかない過ちを犯したとして、その人物に会う機会が訪れたとするのならどうすると思う?」
唐突な質問に戸惑う。ライアン様の言う過ちが、なにを意味するのかは僕にはわからない。でも、もしもあの時のことを言っているのだとするなら、それは過ちなどではないと伝えなければいけないと思った。
「きっとその人は恨んでなどいないと思います。それでも気にしてしまうのであれば、僕なら謝罪すると思います」
本当は謝罪すら必要ないけれど、こう答えるほかにない気がしたんだ。だって、あれは防ぎようのないことだったのだから。
「そうか……。貴重な意見を聞かせてくれてありがとう。突然すまなかったな。……それでは失礼させてもらう」
「……はい。お気をつけて」
遠退いていく足音を耳に入れながら、熱い顔が冷めるまでカウンターの木目を見つめ続ける。扉の閉まる音がやけにクリアに聞こえる気がした。
頭ではわかっている。でも、こんな機会は二度と訪れないと自分の中の卑怯な心が囁いていた。棚に近づくとスイートバイオレットの入った瓶を手に取る。音がしないように慎重に蓋を開けて、花を取り出すと水に浸して柔らかくする。
それからまたライアン様の元に歩み寄ると、閉じたまぶたにスイートバイオレットの汁を搾って垂らした。吐きそうなくらいの緊張と、罪悪感が胸を覆う。軽くため息を吐き出すと、そっとハンカチで水滴を拭いてあげた。
(なにやってるんだろう)
冷静になると、自分のことが嫌になる。こんなことをしたって意味がないことはわかっているのに。それに、正義を重んじるライアン様がこんな卑怯な人間を愛してくれるはずがない。
その場から離れると、薬を作る作業を再開する。そのとき、微かに彼の影が身じろいだのが見えた。緊張で喉の乾きを感じる。琥珀色の瞳が僕の姿をとらえて、数回瞬きをしたのが見えた。
「……すまない、眠ってしまっていたようだ」
寝起きで少しだけ擦れた声に、更に心音がはやくなる。呪いをしていたことがバレていないか心配で気が気でない。それと同時に、好きだという気持ちが溢れてきて止まらなかった。もしかしたら、ライアン様が僕に向かって微笑んでくれるかもしれないと期待してしまっている。
やっぱり僕はすごくずるい人間だ。
「かまいませんよ。丁度薬も出来上がりそうですから」
「ああ、ありがとう」
立ち上がったライアン様が歩み寄ってきて、緊張が増した。震える指先を忙しなく動かしながら、薬を瓶へと詰めていく。蓋をして袋に入れていると、カウンター越しに彼が立ち止まったのが見えた。
手を止めて顔を上げる。思ったよりも至近距離に顔があって、コクリと喉が鳴る。真っ赤な顔をした自分が琥珀色の瞳に映っているのがわかる。そのくらいライアン様のことを見つめていた。
「薬です。それから、疲れておられるようだったので、疲れによく効く薬も用意しておきました」
「ありがたい」
代金を手渡そうとしてくれるから、慌てて媚薬の代金だけで構わないと伝える。勝手にしたことだから受け取るわけにはいかない。
「ベルは優しいんだな。お言葉に甘えさせてもらう。……また来てもいいだろうか」
「……おまち、してます……」
薬代を手渡されて、戸惑いがちに受け取る。瞬間、金貨を置いた手が、流れるように僕の髪に触れてきた。剣たこ痕が見える大きな男らしい手が、ゆっくりと梳かすように滑る。
「ラ、ライアン様?」
どうしたらいいのかわからずに名前を呼ぶと、手を止めた彼が微かに笑みを返してくれた。触れられていることへの喜びと恥ずかしさで視界が潤む。制御でないくらいに激しく動いている鼓動に、胸が痛くなる気さえした。
「名残惜しいな」
本当に残念そうに眉を垂れさせたのがわかった。たったそれだけの仕草に翻弄される。先ほどまで穏やかだった空間が甘さに満たされている気がした。たまらなくなってうつむくと、指先が視界の端を落ちていく。
「もしも君が誰かに取り返しのつかない過ちを犯したとして、その人物に会う機会が訪れたとするのならどうすると思う?」
唐突な質問に戸惑う。ライアン様の言う過ちが、なにを意味するのかは僕にはわからない。でも、もしもあの時のことを言っているのだとするなら、それは過ちなどではないと伝えなければいけないと思った。
「きっとその人は恨んでなどいないと思います。それでも気にしてしまうのであれば、僕なら謝罪すると思います」
本当は謝罪すら必要ないけれど、こう答えるほかにない気がしたんだ。だって、あれは防ぎようのないことだったのだから。
「そうか……。貴重な意見を聞かせてくれてありがとう。突然すまなかったな。……それでは失礼させてもらう」
「……はい。お気をつけて」
遠退いていく足音を耳に入れながら、熱い顔が冷めるまでカウンターの木目を見つめ続ける。扉の閉まる音がやけにクリアに聞こえる気がした。
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