後宮の月下美人〜容姿の美醜など、皇帝陛下の内面にある魅力の前では些細なことでございます。〜

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陛下と、姫の時間。

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「エルリーラ、のみ、か?」

 いつの間にやら慣習になった、三人での、週に一度のお茶の時間。

 他の日も、ぽつぽつと後宮に通われるようになった陛下は、現れたエルリーラに戸惑われたような表情を向けられた。

 至極当然の話であろう、とは、エルリーラ自身も思う。

「本日は、リーファの体調が芳しくないようで。もし陛下のお気に召さねば、本日は取り止めになさいますか?」
「いや。朕は、そなたも、好ましく思う、ゆえに」
「光栄ですわ」

 エルリーラは、特に悪意もなく、微笑みと共にそう口にする。
 後宮の内で陛下との関わりを求める者は、幾人かいた。

 ーーーそして、姿を消した者も、幾人か。

 薄々と、そうした出来事の動きを心得ておられるのだろう。
 陛下は、軽く表情を曇らせる。

「リーファの不良は……大事、で、あるか?」
「いいえ」

 エルリーラは、キッパリと否定した。
 陛下が御心を曇らされぬよう……リーファは、そう口にしていたから。

「リーファは、ワタクシにとっても、かけがえのない宝にございますれば」

 実情、毒を盛られるような真似はさせないよう、エルリーラは細心の注意を払っていた。

 彼女の存在あればこそ、陛下は後宮に降りられる。
 寵愛を受けているからと、目先の嫉妬で珠玉の機会が損なわれるのは、本意ではない。

「なれば、良いの、だが」

 陛下のお優しさは、もうエルリーラも心得るところだった。
 他の女の前で、長々と別の女の話をなさるようなことはなく、不要な気遣いではあれどその心が在ることを好ましくも思う。

 だが、エルリーラの答えは嘘だ。

 ここ最近、リーファは陛下の前以外では、心なしか精気を欠く様子を見せていた。
 恋煩いにあらず、である。

 故に、エルリーラは問い、リーファは応えた。
 
『私は、長く在る身ではないのです。本日は、エルリーラのみで御前に……』

 寂しげにそう微笑むあの娘に、陛下に進言すると伝えたが、拒絶された。

『手は尽くしたのです。そして敵わぬからこそ、私はこの場所へ。……どうか、エルリーラ。内密に』

 そう言われてしまえば、エルリーラが否を口にすることは出来なかった。
 
「二人、なれば。話すに、機会のあること、と、思う」
「はい」
「そなたは、正妃を、望むか」

 率直な問いかけに、エルリーラは軽く目を見開いた。

 図るような色が、糸のような細目の奥にある、陛下の瞳に浮かんでいる。
 普段の理知とも、時折リーファに見せる慈愛とも、違う色。

 それは為政者の瞳だった。

「そこに、愛なく、とも。親情、あるいは、信条のみ、なろうとも。礎となるを、望むか」

 陛下の口になさる言葉を受けて、エルリーラの心に浮かんだのは、戸惑いでも、畏れでもなく。

 安堵、だった。

 ーーー認められた。

 これは、おそらくは陛下がエルリーラという存在を共に歩むに足るかを見極める、最後の審査。

「はい」

 はっきりとそう口にして、冷徹さすら感じるその目を見返す。

「本質のところで、ワタクシは陛下の愛を望んではおりません」

 この場に在るは役目ゆえ。
 であればこそ、心と触れ合いのみを望むリーファと、平常の関係で在れるのだ。

「正妃に座し、子宝を得、末に母国と嫁ぎ国の安寧に尽くす。ワタクシは、その為に在りますれば」

 王家に生まれた者の宿命など、とうに呑んでいる。

 陛下の御心と、エルリーラの想いは、そう遠くはない。

 お互いの合意があれば、成就は容易いのだ。
 それはリーファの意思でもあった。

『私以外が陛下の側に在ることを避け得ぬのなら、私はエルリーラがいいわ』

 御心の成就を、心から望む彼女が、そう口にしたことがあった。
 自分の覚悟に、その願いが乗る程度、何ほどのこともない。

「では、側室との間に、子を成すも」
「望む者が在れば。ですが争いの種となるは、少々望ましくはありませぬ」

 頂きに座す者の宿命とは、そうしたものだ。

 子は、育つに容易くはない。
 目を離した隙に、流行り病で、策謀で、失われる脆き命。

 エルリーラにしてもまた、子を授かれる身にあるかも分からず、複数の子を産めるかもまた未知。
 子を成すが死の道たるも、また有り得る。

 故にこそ、様々に事情を考慮せねばならない。

「側に侍るを認めて頂けるのなら、季節一巡り。ワタクシの寝所にお勤め下されば、それ以上の望みはありませぬ」
「では、そのように、計らおう」

 陛下は一つうなずくと、小さく笑みをお見せになられた。

「縁、とは、不可思議なもの。愛を注ぐ花も、志を共にする者も、得難い」
「はい」
「共に得た朕、は、幸福……なので、あろうな」

 何を想っておられるのか、遠い目をなさる陛下に、エルリーラはうなずいた。

「不運と幸運は、紙一重。縁の重なりあればこそ、丸く収めるのが我らの成すべきことかと、存じます」
 
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