ホテルエデン

虹乃ノラン

文字の大きさ
上 下
12 / 71
第一章

美しい変化(11)

しおりを挟む
 アケルは目をまん丸にして輝かせている。私の心も躍った。まるで空中に浮かんでいるかのように青空が見えたからだ。

 下方には青々とした一面の芝が見え、小高い山に川も流れている。ホテルの中庭とはとても思えない、ありえない光景だ。
 しかしそれがなぜか不自然でなく、調和してそこにあった。山の麓にはたくさんの動物たちがじゃれるように遊んでいたり、太陽の光に身を心地好く休めている姿なども見えた。楽園と呼ぶに相応しい景色だ。
 喧噪の一切ない自然というのは、造形物かと見紛うほどに美しい……。ジオラマを見ているようにさえ感じる。しかし確かにそこには動く脈動、息づく命が見えていた。
 興奮を抑えられずに思わず大きな声をあげてしまう。
「ここ本当にすごいわね!」
「えぇ、皆様そうおっしゃってくださいますよ。当ホテルエデンのオーナー様は、それはもう素晴らしいセンスをお持ちの方なのでございますよ」
「オーナー様? ってことは、このホテルはそのオーナーさんが自らデザインしたの?」
「はい。オーナー様がご自身でデザインされ、そして施工されました」
「施工まで? それはすごいわ……、すべてできるなんて、よほど才能のある人なのね……」
 エレベーターはゆったりと降りていく。しかし、そのゆっくりさ加減がまったく苦にならないほどに心地好かった。いつまでも乗っていたいとさえ思わせる。
「ポーン♪」
 エレベーターが停止する瞬間僅かにバウンドすると、仮面の男がそれに合わせるようにそう口にした。それを聞いたアケルがケタケタと笑い出す。
「東館一階、食堂でございます」
 ケルビムは満足気に言うと、エレベーター内の黒いレバーをガチャリと下ろして、フェンスを開いた。
「東館ってことは……、このホテルには他の館もあるの?」
 構造がなんとなく気になり訊ねる。
「えぇ、このホテルエデンは本館以外に、東西南北それぞれに四つの分館がございます」
「めちゃめちゃ広いのね……でも合わせて五つ? そんなにある割には、他のお客さんを見かけないようだけど……」
 アケルが私の手を引っ張り、口を挟んだ。
「おねえちゃん! 早くご飯食べよ! わたしおなか空いた!」
「ホテルエデンの分館が使用されるのは、特別優待枠のお客様が来られた場合のみでございますからね」
「ということは、今がそうってことなの?」
「どうやらそのようでございますね」仮面の男はそう言うと、食堂と思われる大広間に私たちを誘導していった。「こちらへどうぞ。足元にお気をつけて」
 ごまかされてるわけではないはずだけど、どうもよくわからないなと思いながらついていく。
 はぐらかされているような気もするけれど、嘘をつかれている感じはしない。考えてもわからないし、実際おなかも空いたから、まずは食事かな。すべてを今理解しようとする方が間違っているのかもしれない。
「アケル、なにが食べたい? どんなメニューがあるかな」
「わたし、竹輪が食べたい!」
「竹輪かぁ……こんなおとぎなホテルの食堂にそんな庶民的なものがあるかしら?」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

麻雀青春物語【カラスたちの戯れ】~牌戦士シリーズepisode3~

青春 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:6

【完結】社会不適合者の言い分

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:107

四季のごちそう、たらふくおあげんせ

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:484pt お気に入り:18

美容講座は呑みながら

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:626pt お気に入り:18

時の舟と風の手跡

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

【完結】御食事処 晧月へようこそ

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:15

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,709pt お気に入り:3,717

翔君とおさんぽ

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:313pt お気に入り:5

草花の祈り

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:427pt お気に入り:29

処理中です...