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第二章
大切な想い出(6)
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私たちは三階への階段を上がり、客室へ入っていった。
客室に入るとケルビムはクローゼットの中からまったく同じスーツを取り出すと、鼻歌まじりに着替え始めた。
相変わらず二階からはドタンドタンとなにかが暴れ回る音がして怖かった。
着替えを済ませ、元通りになったケルビムが説明を始めた。
「まず、二階にいた得体の知れないなにかの正体ですが……」
「あれはなに? 青白かったわ」
「えぇ、レテリーと言う名の獣でございます」
「レテリー? 聞いたことないわ、そんな動物。アケルは知ってる?」
「わたしも知らない」
ケルビムは笑いながら言った。
「まぁ、あまり見かけない動物でしょうね、千里様の住んでおられるところでは見かけることはありませんし」
「でも、もう安心なんでしょ? だって二階に閉じ込めてあるんだし」
するとケルビムは腕を組んで声を潜めるように言った。
「実はそう簡単にいく話ではなさそうなのでございます」
「どうしたの?」
私は恐る恐る訊いてみた。
「実はあのレテリー、記憶の書物が大好物なのでございます」
「どういうこと?」
「つまり、千里様。二階にある書物、つまり過去のあなたの思い出や記憶が、今まさにレテリーに食い尽くされようとしているのです」
なぜ私だけが? と問い掛けるのを察知したかのようにケルビムが説明を続けた。
どうやら、あのレテリーと呼ばれる獣は、私自身の気持ちが呼び寄せた怪物らしい。私のこのホテルエデンに留まりたいと思う気持ちに反応したということだった。
それがなぜ記憶の書物を喰らう化け物と結びつくのか?
その新たに生まれた問いにもケルビムは答えてくれた。
つまり、レテリーが私の記憶そのものを喰らい尽くしてしまえば、ここから出なければならない理由も目的もなくなってしまうからだ。
ケルビムのその説明を聞いたとき、私の頭の中では、それも悪くはないんじゃないかと思っていた。
自分の半身のようにかわいがっていた愛猫を失い、その心の傷がいったいいつ癒えるのかも見通しの立たないまま、毎日を抜け殻のように過ごしている。
ふと楓を思い出すようなことがあれぱ、塞ぎかかった傷口にナイフを突き刺されたような心の激痛に息もできない感覚さえ覚える。
そんなつらい毎日が続くのなら、いっそ記憶なんてなくなってしまえばよいと思った。
「ねぇ! ケルビム! レテリーを追い出せないの?」
アケルが口を開いた。
「残念ながらアケル様、今のわたくしではあの化け物に太刀打ちできないでしょう」
ケルビムの返答を聞いたアケルはとても残念そうにしている。
「じゃあ三人で力を合わせれば追い出せる?」
ケルビムに食い下がるアケル。
ケルビムがアケルになにかを言おうと右手の人差し指を立てた瞬間、私はそれを阻止しようとふたりの会話に割って入った。
「アケル、無茶言わないの。ケルビムでも勝てないって言ってるのに、私やアケルが一緒に行ったって足手まといになるだけよ」
「でも! でも! そしたらおねえちゃんが!」
アケルは目に涙を溜めて、悔しそうに言葉を吐いた。
ケルビムは指を立てた姿勢のまま、なにも言わずに黙って私を見ている。
「おねえちゃんが! おねえちゃんが!」
相変わらずアケルは泣きながらそればかり口にしていた。
「ケルビムの役立たず!」
アケルは泣き叫びながら部屋を出ていった。
「アケル!」
私がアケルを呼び止めようと部屋を出ようとするとケルビムに制止された。
「わたくしにお任せください」
そう言うとケルビムはアケルを追って部屋を出ていった。
客室に入るとケルビムはクローゼットの中からまったく同じスーツを取り出すと、鼻歌まじりに着替え始めた。
相変わらず二階からはドタンドタンとなにかが暴れ回る音がして怖かった。
着替えを済ませ、元通りになったケルビムが説明を始めた。
「まず、二階にいた得体の知れないなにかの正体ですが……」
「あれはなに? 青白かったわ」
「えぇ、レテリーと言う名の獣でございます」
「レテリー? 聞いたことないわ、そんな動物。アケルは知ってる?」
「わたしも知らない」
ケルビムは笑いながら言った。
「まぁ、あまり見かけない動物でしょうね、千里様の住んでおられるところでは見かけることはありませんし」
「でも、もう安心なんでしょ? だって二階に閉じ込めてあるんだし」
するとケルビムは腕を組んで声を潜めるように言った。
「実はそう簡単にいく話ではなさそうなのでございます」
「どうしたの?」
私は恐る恐る訊いてみた。
「実はあのレテリー、記憶の書物が大好物なのでございます」
「どういうこと?」
「つまり、千里様。二階にある書物、つまり過去のあなたの思い出や記憶が、今まさにレテリーに食い尽くされようとしているのです」
なぜ私だけが? と問い掛けるのを察知したかのようにケルビムが説明を続けた。
どうやら、あのレテリーと呼ばれる獣は、私自身の気持ちが呼び寄せた怪物らしい。私のこのホテルエデンに留まりたいと思う気持ちに反応したということだった。
それがなぜ記憶の書物を喰らう化け物と結びつくのか?
その新たに生まれた問いにもケルビムは答えてくれた。
つまり、レテリーが私の記憶そのものを喰らい尽くしてしまえば、ここから出なければならない理由も目的もなくなってしまうからだ。
ケルビムのその説明を聞いたとき、私の頭の中では、それも悪くはないんじゃないかと思っていた。
自分の半身のようにかわいがっていた愛猫を失い、その心の傷がいったいいつ癒えるのかも見通しの立たないまま、毎日を抜け殻のように過ごしている。
ふと楓を思い出すようなことがあれぱ、塞ぎかかった傷口にナイフを突き刺されたような心の激痛に息もできない感覚さえ覚える。
そんなつらい毎日が続くのなら、いっそ記憶なんてなくなってしまえばよいと思った。
「ねぇ! ケルビム! レテリーを追い出せないの?」
アケルが口を開いた。
「残念ながらアケル様、今のわたくしではあの化け物に太刀打ちできないでしょう」
ケルビムの返答を聞いたアケルはとても残念そうにしている。
「じゃあ三人で力を合わせれば追い出せる?」
ケルビムに食い下がるアケル。
ケルビムがアケルになにかを言おうと右手の人差し指を立てた瞬間、私はそれを阻止しようとふたりの会話に割って入った。
「アケル、無茶言わないの。ケルビムでも勝てないって言ってるのに、私やアケルが一緒に行ったって足手まといになるだけよ」
「でも! でも! そしたらおねえちゃんが!」
アケルは目に涙を溜めて、悔しそうに言葉を吐いた。
ケルビムは指を立てた姿勢のまま、なにも言わずに黙って私を見ている。
「おねえちゃんが! おねえちゃんが!」
相変わらずアケルは泣きながらそればかり口にしていた。
「ケルビムの役立たず!」
アケルは泣き叫びながら部屋を出ていった。
「アケル!」
私がアケルを呼び止めようと部屋を出ようとするとケルビムに制止された。
「わたくしにお任せください」
そう言うとケルビムはアケルを追って部屋を出ていった。
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