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味見の方法 2
しおりを挟む桃のタルトを食べ終わり、ふわりと桃の香りが広がる紅茶を口にする。頬を緩ませていると、カフェテリアの中から水色の髪はゆるくパーマがかかり、金色のぱっちりした瞳が可愛らしい女の子が現れた。
「アリー様……っ!」
元気いっぱいのルル様、ルルアよりルル呼びの方がお好きの様なので、ルル様と呼ぶ事になったの——がカフェテリアのテラス席に現れた。
大きな声で私の名前を呼びながら駆け寄って来たが、違うテーブルにぶつかり転んでしまった。大丈夫かしら……? もう、こつんと自分の頭を拳で叩いて、てへっと言いながら、ぺろっと舌を出す事はされないけれど、ルル様は元々そそっかしい方だったらしい。手を差し出しながら話しかける。
「ルル様、大丈夫ですか?」
「はいっ! 転ぶ事はよくあるので大丈夫です! アリー様、それよりも『妖精の瞳』の新作も出来上がりましたので、ご覧になりませんか?」
あの後、ルル様の作った『妖精の瞳』は、オルランド侯爵家の経営するオルランド商会が販売権や技術を含めて全て買い取った。
ガイ様は『妖精の瞳』を気に入り、私がガイ様へのブレスレットを屋台で選んでいる間に、オルランド侯爵家の経営するオルランド商会に取り込む事に決めたと教えて下さった。
ルル様は薄くて壊れやすい桜貝を特殊な技法でアクセサリーにしていて「妖精の瞳色を再現するために頑張りました……!」と大きな瞳を輝かせて仰っていたわ。
ララ様と言い、ヒロインの方は妖精が好きなのかしら?
オルランド領の海岸に桜貝の採れる名所があり、領地の職人を雇って特殊な技法を伝授し、雇用を生み出している。
『妖精の瞳』は、本物の妖精が身に付けていると何度も城下で目撃され、現在平民の間でとても人気なのだ。
私もガイ様と何度も城下にお忍びデートをしているので、ガイ様に「私も妖精に会ってみたいです」と伝えると、ぶはっと豪快に笑われてしまったの。もうっ、そんなに笑わなくてもいいのに! ガイ様の意地悪……っ!
オルランド領に雇用も利益も生み出したガイ様は、オルランド領民からの人気は絶大なのだ。
ガイ様に尊敬の眼差しを向けると、甘く見つめ返され「たまたまだぞ? 俺はアリーとお忍びで城下に遊びに行く装飾品を探してただけだ」とおでこにキスを落とされたの。
◇ ◇ ◇
季節は進み、エトワル学園の制服のリボンも二年生を表す赤色に変わった。
満開の桜の花に彩られた春色の風景を馬車の窓から眺める。
本日は騎士団のお仕事がお休みなので、エトワル学園が終わった後にオルランド侯爵家へガイ様に会いに向かっているの。
今日もガイ様を見つけて飛び付く様に抱き着くと、「アリーは元気で可愛いな?」と逞しい腕で難無く受け止めてくれる。厚い胸板の甘い匂いに顔をすり寄せると揶揄うように笑われた。
ガイ様の隣で騎士団の背縫いをする練習用の刺繍をちくちくと刺して行く。
魔力を込めた刺繍は、オルランド夫人から合格を頂かないとガイ様の背縫いをすることが出来ないの。
静かな部屋では、隣に座るガイ様の本の頁を捲る音が耳に小さく届けられるのみ。私は集中して刺繍糸に魔力を込めながらひと針ひと針刺す……小さなティグルの刺繍を刺し終え、ふぅ……と息を吐くと、ガイ様に「出来たのか?」と手元を覗き込まれる。
刺繍と言えば、最上級生のフェルカイト様が卒業式を先日迎えた。
エリーナとフェルカイト様が出逢った当時に約束していた通り、フェルカイト様は誰にも心を奪われず、寧ろ日に日にエリーナへの愛情が増し、リリアンと私は二人へ生温かい視線を送る日々だったのだけれども……エトワル学園を卒業したフェルカイト様とエリーナの二人は婚約をしたの……!
婚約者としてエリーナはフェルカイト様のマントに刺繍を刺していて、「細かくてすごく大変……」と遠い目をしながら頬を桃色に染めていて可愛らしいの。
それが私も早くガイ様の背縫いをしたい理由のひとつだったりする。今日は合格出来ますように。
オルランド夫人に確認をお願いする間に、オルランド侯爵家の執事が手早くお茶の仕度を整えて行く。
ガイ様に腰を引き寄せられ、頭をこてんと肩に預けていると髪を梳くように撫でられる。小さな頃から頭を撫でられていた習慣なのか、ガイ様にこうやって穏やかに触られるとふわふわと眠気がやって来てしまうのよね……?
「あらあら、アリー、あんまり無防備だと食べられちゃうわよ?」
オルランド夫人に目の覚める様な美しいウィンクをされてしまった。
えっ……? と目を向けると、テーブルに置かれた苺たっぷりのショートケーキは残りひとつになっていた……! ガイ様は甘い物もお好きだし、一つじゃ足りなかったのかしら?
「ガイ様、アリーのを食べますか……?」
ガイ様が一瞬目を見開き、視線を左右に彷徨わせる。
遠慮されているのかしらと思い、ショートケーキをフォークで大きめにひと口掬い、ガイ様へ差し出すと、片手で顔を覆われ上を見上げたの。
何だか耳もほんのり赤いかしら……? もう甘い物は要らないのかもと思い直し、フォークを自分に向けて運び始めると、ガイ様の大きな手が伸びて来て、フォークを持つ私の手の上から包み「いや、食べる」と言うと、そのままガイ様の口へ運んで食べられたの。
「アリーのは甘いな?」
ケーキを食べ終えたガイ様の瞳から射貫くような熱い視線を感じ、顔を向けると、その瞳に焼かれると思った。
甘さを含む声に目が何故か潤んでくるのを感じ、戸惑ってしまう。
「うふふ。アリーは本当に可愛いわね? アリー、魔力の刺繍は合格よ。ガイの背縫いをお願いね……?」
オルランド夫人に合格を頂き、ガイ様の背縫いを始める事になったの——
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