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ごちそうさま 1

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 あれから冬が過ぎ、また季節が回り、柔らかな春の陽射しが降り注ぐ日に卒業式の当日を迎えた。

 卒業式が行われる講堂に入る直前、季節外れに咲き誇る桜の花びらが一枚ふわりと風に舞い、エトワル学園の制服に落ちる。最高学年の茜色のリボンの横に舞い散った花びらをそっと摘む。
 エトワル学園在籍中はずっと胸ポケットで一緒だった『くまさんピン』も今日で最後だと思うと少し寂しいわね。

「アリー、すっごくいい表情だった!」
「アリーシア様、桜の花びらを摘むところ最高です!」

 季節外れに桜を満開にさせた張本人はにこにこ溢れる笑顔で魔写真と魔動画製造機を使って私の卒業式の様子を収めていた。
 卒業生が通るたびに満開の桜を見上げ、感嘆のため息や不思議そうに首を傾げていく。

「もう……っ! アレクお兄様にララお姉様ったら揶揄わないで下さい! いつの間に満開に咲かせたのですか?」

 アレクお兄様とララお姉様は最近婚約をした。

 ララお姉様は、魔写真製造機を発明、改良に加え、魔動画製造機を発明して王家に献上した功績から叙勲された。
 一代限りの爵位だが、アレクお兄様は周りが結婚しろと煩いから丁度良いとララお姉様様への愛を照れ隠しで言いながら婚約を決めた。
 ララお姉様がウィンザー侯爵家に相応しくないと言った方々は大変な目に合ったと噂で聞いたから、アレクお兄様はララお姉様への愛がいっぱい強いなのよね。

 お父様もお母様もアレクお兄様が結婚しないものと半分諦めていたので、ララお姉様のことは歓迎している。ララお姉様はとても可愛らしい方で「いつになったらアリーと呼んで下さるのですか?」と聞くと、毎回真っ赤になってしまうのよ。

 ララお姉様が発明した魔動画製造機は、魔力を使い、そこに動くまことの像を写し撮れることから魔動画と呼ばれている。
 魔動画は、試作段階から「妖精を撮影する!」と意気込む二人に何度もお試しで撮影をされている。二人は妖精が本当に好きなのよね。

「この桜はアリーの卒業式に合わせて時間操作魔法と保存魔法を掛けただけだよ。桜はアリーの瞳の色と同じだから似合うと思って咲かせたんだよ。綺麗だろう?」
「確かに綺麗ですけど。アレクお兄様、ありがとうございます」
「どういたしまして。ああ、僕のアリーが今日でーーああっ!」

 アレクお兄様が春の香りを運んでくるような青空に向かって話し始め、ララお姉様が肩を優しく撫で話し合い始めた。二人は本当に仲良しね。

 二人を生温かな目で見守っていると、リリアンとエリーナがやって来たわ。私は仲良し中のアレクお兄様とララお姉様に、三人の魔写真撮影をお願いしたの。満開の桜を背景に三人で最後のエトワル学園の制服姿を撮影して貰ったの。後で額に入れて二人に贈ることに決めたわ。

「そろそろ卒業式が始まるから講堂に入りましょうか?」
「そうね。リリーは卒業生代表の挨拶、頑張ってね!」
「ありがとう。最後ですもの、頑張るわ……っ」

 卒業式は、濃紺のローブを羽織り入場して着席した。在校生代表はルーカス王太子、卒業生代表はリリアンが素晴らしい挨拶を交わし、エトワル学園長から卒業生一人一人に卒業証書を授与された。成績優秀者にリリアンと私が選ばれ、素晴らしい成果を上げた者はルル様が選ばれたの。

 卒業式が行われた後は謝恩会ーー貴族も平民も関係のない舞踏会が行われるの。
 エトワル学園の制服ではなく華やかなドレスや正装に着替えるので、一度帰宅して支度をするのだ。馬車に乗り込み我が家ウィンザー侯爵家に向かう。

 ガイ様がエスコートをして下さる予定なのもあって、侍女のサラがいつもより張り切っている。そう、卒業式に向けてウィンザー侯爵家の使用人全員が張り切っているのよね。
 確かに一生に一度なんだけれども、数ヶ月前から頭の先から爪の先まで念入りに磨き続けられている。
 今までガイ様と夜会に行く時も磨かれていたけれど、ドレスから出るところが中心にだったのが、今は見えない所も本当に隅から隅まで磨かれている。ここ最近の私のお肌はつるつる、もちもち、すべすべだと思う。

 ガイ様もお会いした日は、恥ずかしいけれど鎖骨や頬をずっと触っているもの……? と考えが変な方向に向かい始めたところで我が家ウィンザー侯爵家に到着した。

 我が家ウィンザー侯爵家で、サラが仁王立ちをして待っていた!
 
「アリーシアお嬢様! さあ、今すぐお召し物を脱いで下さいませっ! まずは湯船に浸かって頂いて、身体の隅々までぴかぴかに洗い上げますわ。御髪も丁寧にマッサージして、艶やかに梳かしあげますね。その次はウィンザー侯爵家に伝わる特別な香油を塗り込みましょう。お化粧も華やかに、かつ清楚に可憐に美しく施しましょう。ガイフレート様もお迎えに参りますからーーお嬢様専属侍女として、私の持てる技術全てを注いで、誰よりも美しく華やかに仕上げてみせますわっ!」

 サラの眼が怖いわ。
 何とか頷いた私にサラを筆頭に皆の手によって頭の先から爪の先までぴかぴかに磨かれて行ったの。身体に塗り込められた初めての香油の香りがふわりと立ち昇る。ほんのり甘くて優しいお花の香りがする。大人になった気分になる。

「ガイ様お好きかしら?」

 ぽつりと呟くとサラや他の皆が手をぴたりと止め、一斉にこちらに向いた。余りにぴったりな動きに息を呑んだわ。
 変なこと言ったかしら? と首を傾げると、皆から温かな目で見られ、大丈夫ですと言うように大きく頷かれてしまったわ。頑張っている皆に失礼よね? と思い、目を瞑って身を任せたわ。

「はあはあ……! 完成ですわ……っ! 可憐で清楚なのに華やかさも引き出せましたわ!」

 サラと皆がやり切った! という目で私を見ていた。鏡に映った私はいつもより少しだけ大人っぽくて自分でも驚いたわ。
 ガイ様、褒めて下さると嬉しいなと思いながら部屋を出てガイ様の元へ向かった。
 
 正装をされたガイ様が素敵で瞠目するの。
 白を基調とした衣装は、騎士団の正装姿に似ていて心臓がどきりと跳ね上がる。素敵でときめきが降り積もる。こんなガイ様にエスコートして頂けると思うと目眩がしてしまうの。
 いつもは飛び付くように抱き着くけれど、今日はガイ様に淑女の礼を取った。
 
「ーー息が止まりそうな程に綺麗だな」

 ガイ様は壊れ物に触れるような柔らかな手つきで私の手を取ると、ちゅ……と優しくキスを落とされた。謝恩会に向かう時間になったの——
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