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よからぬ企み
しおりを挟む「パトリシア嬢の活躍は私の耳にも届いているよ。素晴らしいじゃないか、他国の貴族や王家までもが彼女を我がものにする機会を伺っている。最近では第1王子も動きだしているとか」
実に惜しい。そう言い、フィリップはソファーに体を深く預けると足を組んでその膝の上に手を置くと、わざとらしい深い溜息をついて憐れみの目をジャンに向けた。
「ジェラールと話をしたが、ミシェル嬢は我が家には相応しくないということで意見が纏まったよ」
遂に決定的な言葉を聞いてジャンは息を詰めた。
婚約破棄だ。
「しかしだ」
そこで言葉を区切ったフィリップは目の前の惨めな男を真っ直ぐに見た。
「最初の契約に戻すというのなら、違約金は取り消そう」
「さ……最初の契約とは……」
察しが悪いジャンに胸の内で舌打ちをしつつも、フィリップは不敵に微笑んで見せた。
「パトリシア嬢をジェラールの婚約者に戻すということさ。聞くところによると第1王子とはまだ婚約もしていないそうじゃないか。婚約をしていない今であればどうとでもなる」
「し、しかし、パトリシアは既に子爵家を抜けていて……」
「そこは貴殿がパトリシア嬢に謝るなりなんなりしてどうにかしたまえ」
情けない声を出すジャンの言葉を遮りピシャリと言い放つ。
「噂で聞いた話だが、最近街で流行り始めている魔力を込めた装飾品を売る店はパトリシア嬢のものらしいじゃないか。規模は小さいながらも収益はかなりのものだと聞くよ。
それに人材派遣ギルドにも投資をしていて、彼女は資産家としても注目を浴びつつあるようだ」
パトリシアが資産家?まさか。
そんな話は聞いたことがなかったが、ジャンが知らないのは単に情報収集を怠っていたからだ。
「そんな娘が帰ってくれば、貴殿にとっても良いことずくしだろう?」
フィリップに言われ、まさに雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。
その通りだ。
パトリシアが帰ってくれば婚約破棄の違約金も支払わずに済み、資金の心配も要らなくなる。
パトリシアがいればプラディロール子爵家は立ち直るどころかそれ以上の発展も見込めるかもしれない。
ジャンの目に光が戻ったのを見て、フィリップは満足気に微笑んだ。
レースのカーテンで外からの光が抑えられている室内は僅かに薄暗い。
その部屋のベッドの中でミシェルは寝間着から着替えもせずに膝を抱えて座っていた。
ロシュディ殿下、どうしてわたくしから離れてしまったのかしら。
何故あの人はロシュディ殿下のお傍にいることを許されているのかしら。
あの人に魅力なんてある?
わたくしのほうが若いし可愛くて美しいわ。
華やかなドレスも、煌びやかな宝石も、なにもかも相応しいのはわたくし。
だからお父様もお母様もわたくしを選んだ。
あの人のお友達も、婚約者だったジェラール様も。みんなわたくしを選んだのよ。
なのに、なんで。
ロシュディに会いに行き追い返されたあの日から、ずっとミシェルは考えていた。
あの人がわたくしが持っていないなにかを武器にしているのかしら。
色気?まさか。ただ白いだけの女なんて不気味でしかないわ。
魔法の知識?そんなの淑女には必要ないでしょう?
でも、そういえばロシュディ殿下は“この国に忠誠を誓った第一部隊の魔道士”と言ったわ。
それになればロシュディ殿下は振り向いてくださるの?
たしか侍女の誰かがあの人のことを話していたわ。聖属性魔法が使えるパトリシアは“白の魔道士”と呼ばれていると。
なにそれ。と馬鹿馬鹿しく思っていたが、ロシュディが聖属性魔法を扱える魔道士を欲しているだけなら相手がパトリシアでなくてもいいはずだ。
わたくしになくてあの人にあるものってそれだけだわ。
スっと、ミシェルの目に光が灯った。
「わたくしからロシュディ殿下を奪うだなんて……後悔させてやるわ」
花びらのような可憐な唇が歪な弧を描いた。
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