無口なきみの声を聞かせて ~地味で冴えない転校生の正体が大人気メンズアイドルであることを俺だけが知っている~

槿 資紀

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第十八話

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 宅配ピザをつまみながら映画を見て、隙さえあればくっつきあって過ごしていれば、あっという間に時間が過ぎていき、気付けばソファで寝付いて、朝まで直行だった。

 ピザの残りを分けっこして食べ、のんびりと支度する。普段ならもう家を出てバスを待っている時間だが、久瀬の家からなら、今からシャワーを浴びても間に合うくらいだ。

「学校まで歩いて五分って最高すぎ」

「ふふ、でしょ。毎日ここから通ってもいいんだよ?」

「誘惑やめて、揺らぐから」

「え? それはそれでムカつく……僕と一緒に住むことのほうにさ、もっと揺らいでよ」

「ごめんて」

「うーん、謝意って唇に表れると思うんだよね」

 そう言って唇を少し尖らせる久瀬。俺は少し迷って、薬用リップをテカテカに塗りたくってから、満を持して「すみませんでした」と言った。久瀬は余計に拗ねた。フグみたいな表情をしててもツラの良さは損なわれないので、芸能界レベルの顔整いは違うな、と思うなどした。

 始業式が終わって、一時間のホームルームを執り行えば、午後はフリーだ。少しどんよりとしたムードの教室、ホームルームで話すことと言えば、来月の文化祭の出し物についてだった。担任は早々に委員長の伊吹に進行を任せ、パイプ椅子で暢気に足組みしている。

 クラスの中心グループがどうやら張り切っているらしく、うちのクラスはカフェで決まりそうな雰囲気だ。伊吹は委員長として現実的に様々な手間や面倒などに思いを馳せたか、少し顔を引きつらせている。俺もまあ、概ね同感ではあるのだが。文化祭準備期間に楽ができた方が特待生としてはありがたいわけだし。

 しかし、俺や伊吹の切なる願いは届かず、カフェという案が正式に採択されることになった。

 さて、出し物を決めるまでは良かった。問題は、実行委員の選出だった。実行委員とは良く言ったもので、その実態は、まとめ役兼、雑用係兼、何でも屋だ。準備期間に一番働かなくてはならないポジションである。そんなのは誰もやりたがらない。

 肝心の出案者である中心グループの面々は、部活のほうでも出し物があるということで、準備期間中はあまり手伝えないと辞退。自ずと、部活に所属していない帰宅部……つまり、俺や久瀬、その他主張控えめな面々が矢面に立つことになる。

 その頃には、伊吹の顔も土気色だった。諦念、と頭の上に大きく書かれているかのような哀愁が漂っており、俺は見ていられなくなった。

「じゃあ、実行委員。俺やります」

 おお、と、教室中で安堵の歓声が沸く。せっかくの午前授業期間、久瀬との時間があまり取れなくなるのは業腹だが、今日のホームルームをいたずらに長引かせるのは、ただでさえ普段から色々と押し付けられている伊吹に申し訳なかった。

 さて、そんなことで、無事時間内に終了したホームルーム。少ない荷物を適当にリュックに投げ入れていれば、伊吹がこちらへ歩み寄ってきた。

「白沢くん……さっきは本当にありがとう! でも、バイトもあるのに、実行委員なんて大丈夫だった?」

「ああ、まあ……普段から学校終わりにバイトしてるわけだし、あんま変わらんかなって。体力づくりだと思って頑張るよ」

「無理だけはしないでね? でも、白沢くんに実行委員になってもらえて頼もしいよ。準備、大変だろうけど、頑張ろうね!」

 小さくガッツポーズして、踵を返す伊吹。彼女の背負う負担を少しでも軽減出来ればいいのだが、なんて思いつつ、その背中を見送っていれば、ドス、と肩甲骨の真ん中あたりを突かれる感触。

「よぉ、白沢……お前さ、ぶっちゃけ委員長とどうなん」

「橋本か……なんだよ、どうって何が」

「しらばっくれんなって。お前委員長のことよく見てんじゃん」

「あのなあ……そういうのは伊吹さんの迷惑になるだろ」

 そもそも、よく見てるんじゃなくて、大変そうにしてる場面が多いから、見ざるを得ないという方が正しいのだが。断じてそういう意図はない。

「でもさ、ぶっちゃけ、委員長って可愛いよな。控えめな子とか好みだろ、実際」

「あー、かわいいとか、好みとか……あんまそう言うのよく分かんないんだわ、すまん」

「うわ、お前つまんな……」

「はは、今更。もう知ってると思ってた」

「うん、知ってた」

 ハハ、と乾いた笑いを交わし、興ざめしたように離れていく橋本。ノリが良く後腐れないので話している分には楽しいが、少し気を抜いたらこういう下世話な話題に突っ込んでいくので、気が抜けないのだ。伊吹のことでこういう風に絡まれるのも初めてではない。

 そもそも、俺はかつての苦い経験から、惚れた腫れたのことで周りに囃し立てられるのが好きではない。だから極力恋愛の話は表に出さないし、触れないようにもしている。

 ああ、この瞬間だけでドッと気疲れした。いち早く癒されたい、という一心で、久瀬のもとへ向かう。久瀬は席でスマホを見ていた。どうやらうちの高校のウェブサイトで、去年の文化祭のページを開いているらしい。

「久瀬、お待たせ。帰ろ」

 俺の方は見ずに、コクンとうなずく久瀬。これだけうるさい教室だ。俺と橋本の会話は耳に入らないだろう。そうであってほしい。胸をツキツキと針で刺されたみたいに気まずかった。

「昼は? どうする?」

 気まずさを誤魔化すように咳払いして、聞いてみる。試し行為じみているな、と他人事のように自嘲しながら、久瀬のフリック入力の終わりを待つ。

『声出せないの面倒だから、何かテイクアウトしてうちで食べよ。カイリくん決めて』

「あ~……じゃあ、じゃあさ、キッチン借りてよかったら、俺が作ってもいい? 外食続きだと栄養偏るし……」

 ガバ、と久瀬がスマホから顔を上げた。これはいい反応だと直感で分かった。昨日チラリとキッチンや冷蔵庫を覗いた限り、久瀬に自炊の習慣はなさそうだったのだ。それでいて、祖母の料理にはすこぶる食いつきがよかった。他人の自炊料理への抵抗はないものと思っていいだろう。腕前は祖母には遠く及ばないが、胃袋を掴むチャンスである。

「じゃあ、スーパー寄るね。先に帰っててもらっても……」

『一緒に行きます』

 爆速フリックから繰り出される飾り気のない敬語に圧を感じる。すぐさま、久瀬が席を立ち、スタスタと歩き出した。やる気いっぱいのようだ。

 献立は豚の生姜焼きに決まった。何かと作り置きがあれば便利だろうと思い、付け合わせがてら、材料を買い込んで、いそいそと久瀬のマンションへ。調理器具はしっかり揃っている(使用感は皆無)というのに、さしすせその調味料すら揃っていないということが分かり、また買い出しへ向かうなどトラブルに見舞われつつも、どうにか完成にこぎつける。

 玉ねぎに少し火が入りすぎてフニャフニャではあったが、久瀬はしきりに絶賛しながらペロリと完食してくれた。誰かに料理を振舞って、これほど満足することもなかった。

 さて、腹ごなしに久瀬と協力して調理器具や皿を洗い、作り置きをタッパーか何かに移し替えようとすれば、タッパーはおろかラップすらも存在しないことが分かり、俺はついに横転した。生活感の欠如も甚だしい。

「久瀬……普段からちゃんと食べてるか? さすがにラップが無いのは心配になる……残り物レンジで温めるとかしない?」

「そもそも、ひとりだとあんまりお腹空かなくて。たまに空いても、ウィダーとか、ミニッツメイドで済ませることが多いかなぁ……」

「ごめん、やっぱり一緒に住んでいいか? ひとりだと腹減らんって何……? 俺ばっか太るはずだよ……」

「不思議だよね……カイリくんと一緒にいると、ぜんぶ楽しいし、一緒に何か食べるとすごく美味しい。今までは、空腹が治ればなんでもいいって思ってたけど、カイリくんといるときは、お腹いっぱいが苦しくないんだ」

「結婚しよ」

「喜んで!」

 両手で顔を覆いながら、心配のあまり飛び出した言葉に、嬉しそうな笑顔で頷く久瀬。アイドル活動してた頃はいったいどうしていたのだろう。まあ、食事の指導をする人もいたようなことを言っていた気がするので、そこら辺はあまり苦労しなかったのだろうが……。

「あの、一緒に住むっていうのは、やっぱりしばらく難しいと思うんだけど……毎週、作り置きと米を冷凍していくからさ、せめて朝はしっかり食べて学校行ってな……? 卵とか豆腐とか、タンパク質もちゃんと摂ってさ……」

「うん、カイリくんが作ってくれたご飯なら、いくらでも食べられるよ。ありがとう」

 あるはずのない母性が疼く。何だこれ。トキメキと言うには心配が勝ちすぎる。恋人よ、どうか健やかであれ……。星のダイヤも海に眠る真珠も、久瀬の健やかな笑顔よりきらめくはずないので……。

 祖父の車の中で流れていた曲が脳裏を過ぎりつつ、いつまでも頭を抱えていられないので、近くの百均ショップを調べる。どうやら歩いて行けそうな距離にあるようだ。

 久瀬も誘って、散歩がてらラップやら保存容器やらジップロックやらインスタント味噌汁やらを買い求めに行った。そして、帰り着き次第、レンジで温めてすぐ食べられるよう、六日分の作り置きと冷凍ご飯を小分けにし、冷凍。その頃には夕方にさしかかっていた。

 帰り際、玄関で靴を履いていれば、久瀬がひとつ、俺の名前を呼んだ。

「文化祭の準備、僕も一緒に頑張るから。委員長さんばっかり構わないでね」

「あ、ありがと……でも、なんで急に伊吹さんの話?」

「仲良いのかなって……今日も困ってるところ助けてたし」

「……聞こえてた? 橋本との会話」

 久瀬はコクリとうなずいた。無表情なのが一層、俺の中の焦燥感をかき立てる。確かに、女子の中だと一番話す機会が多いのは伊吹だが、大体の話題は成績や受験の情報交換だし、仲が良いというほどでもないだろう。

「橋本、前からそうなんだよ。ごめん。あんまり他人に恋愛のこと口出しされたくなくて、そう言う話題避けてたんだけど、明日ちゃんと付き合ってる人いるって言うわ。いや、てか別に今ラインで伝えてもいいのか」

「誰と付き合ってるかまで言う?」

「……俺はどう思われても恥ずかしくないけど、久瀬まで変に注目されんのはな」

「僕だって恥ずかしくない」

「いや……でもなぁ、俺恋愛のことで周りからいじられるのマジで地雷なんだよ。ほら、親戚の姉ちゃんの件で、親戚中からネタにされてさ、アレ本気で嫌で……じいちゃんが一回怒ってくれたからまだ良かったけど、相手まで巻き込んだから、俺がいないとこでどれだけ茶化されたかなって思うと、余計しんどくて」

 相手が異性でだって、そうなのだ。幼稚だったとしても、自分の真剣な気持ちが周りの誰かに無神経に踏み荒らされるというのは、存外に堪える。俺だけの問題でなく、相手まで巻き込むというのが始末に負えない。その相手が久瀬になるというなら、尚更だ。

「わかった、性別までは言う。でも、バイト先で仲良くなった人って嘘だけ吐かせて。モヤモヤすると思うけど、ごめん。ここだけは譲れない。久瀬と付き合ってるのが恥ずかしいなんて思ってないよ、絶対。ごめんな」

「……わかった。カイリくんがそんな人じゃないって、僕が一番分かってるから」

 ドクドクと心臓が暴れて痛かった。何も返すことが出来ず俯いていれば、久瀬は包み込むように抱きしめてくれて、泣きたくなるくらい温かかった。
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