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第十九話
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橋本にはラインで、『別に言いふらしてもいいけど、実行委員やるうえで色々面倒だから文化祭が終わってからにしてくれ』と伝えた。送ったメッセージを久瀬にも確認してもらってから、とぼとぼと帰路につく。
恥ずかしいことなど何もない。久瀬がすぐそばにいる時は、何も感じなかった。しかし、ひとりになった途端、「明日からどうなってしまうのだろう」という不安が弾けるように広がって、みるみる末端の感覚が鈍くなっていった。
家の最寄りで電車を降り、足取り重く歩いていた時、空気も読まずにスマホが震え、着信音が鳴り響いた。橋本からだった。
『マジでごめん』
何を言われるものかと、おっかなびっくり応答すると、橋本は開口一番にそう言った。存外、深刻に俺のカミングアウトを受け止めたらしかった。
「えぇ?」
『いや、あの、スカした野郎だなってずっと思ってたんだよ、お前のこと……なんかずっとノリ悪いし、線引きっつーの? そういうの感じてさ。でも、やっと納得いったって言うか……そりゃ言えねえはずだよな、女子の好みとか』
「あー……その、なんつーか……はっきり言えなかったのは俺の責任だし。どっちかっつーと、どこで人を好きになるかとか、自分自身よく分かってなかっただけだよ。昔は女子のこと普通に好きだったこともあるしな。まあ多分、好きになるのに性別はあんま関係ないとか、そういうやつじゃねえかな。よく分からんけど」
『そうかぁ……色んな奴がいるもんだな……』
何ともボンヤリとした感想が返ってくる。何というか、こう……もっと、ネガティブな反応が来るものとばかり思っていたから、拍子抜けというか。変に身構えて損したという気分だ。
「抵抗とか、感じないのか」
『え、うん。今んとこは全然。あ、あと、別に言いふらすとかしねえから。それだけは言っとく』
「ああ、そう……まあ、でも、そういうことだから。伊吹さんのことについては、あんま言わんでもらえると助かるわ。向こうにも迷惑だし」
『あー、そう、委員長……委員長なぁ、じゃあお前、どういうつもりで委員長のこと手助けしてたん? 完全善意?』
「まあ、善意、かなぁ。困ってるとこ出くわすことが多いから、成り行きってのが近いか」
『あ、そう……成り行き。他意はない、と』
「逆に何があるって言うんだよ」
『結構残酷だな、お前……』
「はい?」
困っているところを助けるのが、残酷? 橋本はいったい何が言いたいのだろう。気掛かりを放置するのは気分が悪いし、それを解消することで相手もいくらかの利益を得られるのなら、特に言うことはないと思うのだが。
『まあ、いいや。とりあえず、お前の事情は把握したよってことで。下手に首突っ込まないようにするから。今まで悪かった』
「……おう、そういうことで、頼む。じゃあな」
橋本は、じゃ、と軽く言って、通話を終わらせた。気がかりがひとつ無くなったのはありがたいことだが、しかし、心に妙なしこりが残ったような、そんな気分のする会話だった。
さて、そんなことで、始まった二学期。実力テストやら、三者面談やら、何だかんだとイベントをこなしているうちに、そんなやり取りがあったこともすっかり忘れ、気付けば文化祭準備期間に突入していた。久瀬との仲も順調で、今のところ、毎週末のお泊りも欠かしたことはない。ひとつ気がかりがあるとすれば、久瀬が俺の家に興味を示し始めたことか。
確かに、久瀬の家にばかり泊めてもらって、いい加減フェアではないと、俺も思うところがある。しかし、家族にはどう説明したものか。友達として久瀬を紹介するのは、家族にも久瀬にも不誠実だ。さりとて、堂々と彼氏の存在を明かそうという覚悟は、情けないことにまだ決め切れていない。
何より、久瀬は、妹の趣味を見て、どう思うだろうか。リビングにまで侵食するポスターやグッズの祭壇を見て、何を思うだろう。
俺が初めから知っていて、久瀬に近づいたと分かった時、きっと、少なからず、彼の中には失望が生まれる。アイドルのことはよく知らない……俺は、初めから、そんな嘘を吐いて、彼と仲良くなったのだから。
久瀬は久瀬。アイドルとしての彼に近づきたくて、久瀬と仲良くなろうとしたわけではない。それでも、久瀬に興味を持って、意識を引かれたきっかけは、妹の趣味に他ならない。
「はぁ、どうしたものかなぁ……」
思わず、顔を上げた。伊吹の呟きだった。まるで、俺の心を代弁されたかのような。
しかし、彼女は俺の心を読んだのではなく、文化祭の準備の、主に予算面について、頭を悩ませているのだった。
「文化祭期間は二日、うち稼働する時間は九時から五時の八時間で、一時間交代制にするとして、パートは十六。食べ物とか、飾りつけとかに割く予算を鑑みて、衣装に割けるお金は五千円くらいしかない! もう誰? 執事・メイド喫茶にしようとか余計なこと言い出したの! 考えなし‼」
そう言って向かい合わせにした机の上にスマホを投げ出す伊吹。画面には、格安アパレルサイトのサジェスト一覧。俺も覗き込んでは、ああ、とため息交じりの声を漏らした。
「メイド服はともかく、執事コスとなると一着で五千円なんか吹き飛ぶな……」
「頑張っても一着ずつしか用意できないよね……」
「男女ペアでホールのシフト組むか? 希望者募って……教室の半分をホールにするとして、用意できる席はせいぜい……四か五席くらい」
「いけないことはない、か……?」
すぐさま、クラスのグループラインに、メイドと執事の衣装が一着ずつしか用意できないこと、ホールは男女ペアでのシフトになるかもしれないがどうか、という旨を共有。アンケートで賛成反対を募る。
「……これさ、白沢くん。カップルですって名乗りを上げるようなものじゃない? 希望者なんか出るかなぁ」
「あわよくば、希望者皆無でコンカフェじみた案がなかったことになってほしいと思ってる」
「ああ、なるほど」
しかし、そんな希望的観測もむなしく、なんと翌日には希望者が男女五人ずつ集まってしまった。クラスの中心グループの面々が中心だ。ランダムでペアを決めてシフトを組むと言う算段まで聞かされては、もう提案者として後には引けなかった。
決まったものは仕方ない。前日の設営日までは、ポスターやSNSでの広告アカウントの作成、販売する飲食物の試食、飾りつけに必要な材料の手配などを進めていく。
俺は設営日まで、久瀬と伊吹の間を往復するように、目まぐるしい準備期間を過ごした。久瀬は実働部隊の筆頭として、俺のヘルプに最大限応じてくれた。久瀬の問題への対応力は未成年離れしており、まるで必殺仕事人のようだった。
俺は主にリーダーとして全体を見ながら計画や人員を調整する伊吹と、実働部隊との間の仲介役のような役割を担った。基本的に、俺がどうしても気になるところは、追々リカバーの難しい問題となって現れることが多いので、その点この目は大いに役に立った。
設営日前日のこと、俺と久瀬は、人気のない旧校舎の空き教室にて、二人で校内と教室の前に飾る立て看板の製作に励んでいた。絵が得意な美術部の井嶋さんに書いてもらったイラストを引き延ばしてトレースしたものを彩色したり、レタリングを塗りつぶしたり……黙々と根を詰めて二時間ほど作業し、一旦休憩をしよう、ということで、壁に背中を預け、並んで座る。
「あー、普段使わない筋肉がギシギシいってる……首と肩痛い……」
「わかる、左手手首と腰もやばい、なんかビリビリするわ」
「どれどれ……」
久瀬は俺の痺れ切った左手を手に取り、ムニュムニュと揉み始めた。その感触がくすぐったくて、思わず身を捩る。久瀬は俺の反応にクスリと笑った。
「腰も、揉んであげよっか。うつ伏せなれる?」
「……ん」
そのまま、掴まれた左手を引っ張られて、引き倒されるみたいにうつ伏せにさせられる。俺は特に抵抗せず、ぐにゃりと床に横たわった。間もなく、のし、と俺の尻に生暖かい重みがのしかかってくる。
大きな手で俺の腰を鷲掴みにし、親指でぐりぐりと凝りを刺激してくる久瀬。なかなかに気持ちよくて、とろん、と目を閉じ、ため息を吐く。
すると、久瀬はそんな俺を叩き起こすみたいに、グッ、グッ、と断続的に指圧した。体重までかけているみたいで、臀部に久瀬の全身の振動が伝わってくる。
「うっ、ぉ……、きもち……ふっ、ぅ、くふ……んぅ」
突如、ぴた、と、久瀬の動きが止まった。指圧してもらっていたあたりからジンジンと広がる温かい痺れに浸りつつ、少し上半身をねじる。久瀬は両手で顔を覆っていた。ふわふわの蓬髪から覗く耳が真っ赤になっている。
「ごめ……なんか、変な気分になって……」
「……えぇ?」
「今めっちゃキスしたい……」
前髪を後ろにかき上げ、フウ、と嘆息する久瀬。氷細工のような繊細な美貌が、どろりと溶けかかっているような、退廃的な色気が滲んでおり、俺は思わず生唾を飲んだ。
伏し目がちの瞼からのぞくグリーンアイ。ぎらついた眼差し。俺の上下する喉仏に、きつく降り注いで、じわじわと首を絞められているようだった。ゾク、と、熱の籠った高揚が込み上げ、脳天で火花を散らした。
久瀬から発せられる迫力に当てられ、ぐったりと脱力する俺の身体を、久瀬は容易く仰向けにし、覆いかぶさってくる。久瀬は、口だけで笑みをつくり、わずかに首を傾げた。
うなずく代わりに、少しだけ、頭を床から浮かせた。秋口だと言うのに、サウナの中みたいに頭がボーッとして、何も考えられなかった。
しかし、静まり返った旧校舎、タンタンと軽やかな足音がよく響いた。やばい、と思って久瀬の体を押し返し、久瀬の下から抜け出そうとモゾモゾ体を捩る。しかし、久瀬は起き上がりこそすれ、俺の身体から退いてくれない。
「白沢くん、ごめん、シフトのことなんだ、け、ど……」
伊吹はそこまで言って、ポカン、と口を開けたまま、教室の入り口に立ち尽くす。立て看板は未完成。ドッ、ドッ、と心臓が暴れた。
伊吹の片足が、じり、と後ずさる。ふと、久瀬から、普段は感じないような、面妖な空気感が漂ったような気がした。
恥ずかしいことなど何もない。久瀬がすぐそばにいる時は、何も感じなかった。しかし、ひとりになった途端、「明日からどうなってしまうのだろう」という不安が弾けるように広がって、みるみる末端の感覚が鈍くなっていった。
家の最寄りで電車を降り、足取り重く歩いていた時、空気も読まずにスマホが震え、着信音が鳴り響いた。橋本からだった。
『マジでごめん』
何を言われるものかと、おっかなびっくり応答すると、橋本は開口一番にそう言った。存外、深刻に俺のカミングアウトを受け止めたらしかった。
「えぇ?」
『いや、あの、スカした野郎だなってずっと思ってたんだよ、お前のこと……なんかずっとノリ悪いし、線引きっつーの? そういうの感じてさ。でも、やっと納得いったって言うか……そりゃ言えねえはずだよな、女子の好みとか』
「あー……その、なんつーか……はっきり言えなかったのは俺の責任だし。どっちかっつーと、どこで人を好きになるかとか、自分自身よく分かってなかっただけだよ。昔は女子のこと普通に好きだったこともあるしな。まあ多分、好きになるのに性別はあんま関係ないとか、そういうやつじゃねえかな。よく分からんけど」
『そうかぁ……色んな奴がいるもんだな……』
何ともボンヤリとした感想が返ってくる。何というか、こう……もっと、ネガティブな反応が来るものとばかり思っていたから、拍子抜けというか。変に身構えて損したという気分だ。
「抵抗とか、感じないのか」
『え、うん。今んとこは全然。あ、あと、別に言いふらすとかしねえから。それだけは言っとく』
「ああ、そう……まあ、でも、そういうことだから。伊吹さんのことについては、あんま言わんでもらえると助かるわ。向こうにも迷惑だし」
『あー、そう、委員長……委員長なぁ、じゃあお前、どういうつもりで委員長のこと手助けしてたん? 完全善意?』
「まあ、善意、かなぁ。困ってるとこ出くわすことが多いから、成り行きってのが近いか」
『あ、そう……成り行き。他意はない、と』
「逆に何があるって言うんだよ」
『結構残酷だな、お前……』
「はい?」
困っているところを助けるのが、残酷? 橋本はいったい何が言いたいのだろう。気掛かりを放置するのは気分が悪いし、それを解消することで相手もいくらかの利益を得られるのなら、特に言うことはないと思うのだが。
『まあ、いいや。とりあえず、お前の事情は把握したよってことで。下手に首突っ込まないようにするから。今まで悪かった』
「……おう、そういうことで、頼む。じゃあな」
橋本は、じゃ、と軽く言って、通話を終わらせた。気がかりがひとつ無くなったのはありがたいことだが、しかし、心に妙なしこりが残ったような、そんな気分のする会話だった。
さて、そんなことで、始まった二学期。実力テストやら、三者面談やら、何だかんだとイベントをこなしているうちに、そんなやり取りがあったこともすっかり忘れ、気付けば文化祭準備期間に突入していた。久瀬との仲も順調で、今のところ、毎週末のお泊りも欠かしたことはない。ひとつ気がかりがあるとすれば、久瀬が俺の家に興味を示し始めたことか。
確かに、久瀬の家にばかり泊めてもらって、いい加減フェアではないと、俺も思うところがある。しかし、家族にはどう説明したものか。友達として久瀬を紹介するのは、家族にも久瀬にも不誠実だ。さりとて、堂々と彼氏の存在を明かそうという覚悟は、情けないことにまだ決め切れていない。
何より、久瀬は、妹の趣味を見て、どう思うだろうか。リビングにまで侵食するポスターやグッズの祭壇を見て、何を思うだろう。
俺が初めから知っていて、久瀬に近づいたと分かった時、きっと、少なからず、彼の中には失望が生まれる。アイドルのことはよく知らない……俺は、初めから、そんな嘘を吐いて、彼と仲良くなったのだから。
久瀬は久瀬。アイドルとしての彼に近づきたくて、久瀬と仲良くなろうとしたわけではない。それでも、久瀬に興味を持って、意識を引かれたきっかけは、妹の趣味に他ならない。
「はぁ、どうしたものかなぁ……」
思わず、顔を上げた。伊吹の呟きだった。まるで、俺の心を代弁されたかのような。
しかし、彼女は俺の心を読んだのではなく、文化祭の準備の、主に予算面について、頭を悩ませているのだった。
「文化祭期間は二日、うち稼働する時間は九時から五時の八時間で、一時間交代制にするとして、パートは十六。食べ物とか、飾りつけとかに割く予算を鑑みて、衣装に割けるお金は五千円くらいしかない! もう誰? 執事・メイド喫茶にしようとか余計なこと言い出したの! 考えなし‼」
そう言って向かい合わせにした机の上にスマホを投げ出す伊吹。画面には、格安アパレルサイトのサジェスト一覧。俺も覗き込んでは、ああ、とため息交じりの声を漏らした。
「メイド服はともかく、執事コスとなると一着で五千円なんか吹き飛ぶな……」
「頑張っても一着ずつしか用意できないよね……」
「男女ペアでホールのシフト組むか? 希望者募って……教室の半分をホールにするとして、用意できる席はせいぜい……四か五席くらい」
「いけないことはない、か……?」
すぐさま、クラスのグループラインに、メイドと執事の衣装が一着ずつしか用意できないこと、ホールは男女ペアでのシフトになるかもしれないがどうか、という旨を共有。アンケートで賛成反対を募る。
「……これさ、白沢くん。カップルですって名乗りを上げるようなものじゃない? 希望者なんか出るかなぁ」
「あわよくば、希望者皆無でコンカフェじみた案がなかったことになってほしいと思ってる」
「ああ、なるほど」
しかし、そんな希望的観測もむなしく、なんと翌日には希望者が男女五人ずつ集まってしまった。クラスの中心グループの面々が中心だ。ランダムでペアを決めてシフトを組むと言う算段まで聞かされては、もう提案者として後には引けなかった。
決まったものは仕方ない。前日の設営日までは、ポスターやSNSでの広告アカウントの作成、販売する飲食物の試食、飾りつけに必要な材料の手配などを進めていく。
俺は設営日まで、久瀬と伊吹の間を往復するように、目まぐるしい準備期間を過ごした。久瀬は実働部隊の筆頭として、俺のヘルプに最大限応じてくれた。久瀬の問題への対応力は未成年離れしており、まるで必殺仕事人のようだった。
俺は主にリーダーとして全体を見ながら計画や人員を調整する伊吹と、実働部隊との間の仲介役のような役割を担った。基本的に、俺がどうしても気になるところは、追々リカバーの難しい問題となって現れることが多いので、その点この目は大いに役に立った。
設営日前日のこと、俺と久瀬は、人気のない旧校舎の空き教室にて、二人で校内と教室の前に飾る立て看板の製作に励んでいた。絵が得意な美術部の井嶋さんに書いてもらったイラストを引き延ばしてトレースしたものを彩色したり、レタリングを塗りつぶしたり……黙々と根を詰めて二時間ほど作業し、一旦休憩をしよう、ということで、壁に背中を預け、並んで座る。
「あー、普段使わない筋肉がギシギシいってる……首と肩痛い……」
「わかる、左手手首と腰もやばい、なんかビリビリするわ」
「どれどれ……」
久瀬は俺の痺れ切った左手を手に取り、ムニュムニュと揉み始めた。その感触がくすぐったくて、思わず身を捩る。久瀬は俺の反応にクスリと笑った。
「腰も、揉んであげよっか。うつ伏せなれる?」
「……ん」
そのまま、掴まれた左手を引っ張られて、引き倒されるみたいにうつ伏せにさせられる。俺は特に抵抗せず、ぐにゃりと床に横たわった。間もなく、のし、と俺の尻に生暖かい重みがのしかかってくる。
大きな手で俺の腰を鷲掴みにし、親指でぐりぐりと凝りを刺激してくる久瀬。なかなかに気持ちよくて、とろん、と目を閉じ、ため息を吐く。
すると、久瀬はそんな俺を叩き起こすみたいに、グッ、グッ、と断続的に指圧した。体重までかけているみたいで、臀部に久瀬の全身の振動が伝わってくる。
「うっ、ぉ……、きもち……ふっ、ぅ、くふ……んぅ」
突如、ぴた、と、久瀬の動きが止まった。指圧してもらっていたあたりからジンジンと広がる温かい痺れに浸りつつ、少し上半身をねじる。久瀬は両手で顔を覆っていた。ふわふわの蓬髪から覗く耳が真っ赤になっている。
「ごめ……なんか、変な気分になって……」
「……えぇ?」
「今めっちゃキスしたい……」
前髪を後ろにかき上げ、フウ、と嘆息する久瀬。氷細工のような繊細な美貌が、どろりと溶けかかっているような、退廃的な色気が滲んでおり、俺は思わず生唾を飲んだ。
伏し目がちの瞼からのぞくグリーンアイ。ぎらついた眼差し。俺の上下する喉仏に、きつく降り注いで、じわじわと首を絞められているようだった。ゾク、と、熱の籠った高揚が込み上げ、脳天で火花を散らした。
久瀬から発せられる迫力に当てられ、ぐったりと脱力する俺の身体を、久瀬は容易く仰向けにし、覆いかぶさってくる。久瀬は、口だけで笑みをつくり、わずかに首を傾げた。
うなずく代わりに、少しだけ、頭を床から浮かせた。秋口だと言うのに、サウナの中みたいに頭がボーッとして、何も考えられなかった。
しかし、静まり返った旧校舎、タンタンと軽やかな足音がよく響いた。やばい、と思って久瀬の体を押し返し、久瀬の下から抜け出そうとモゾモゾ体を捩る。しかし、久瀬は起き上がりこそすれ、俺の身体から退いてくれない。
「白沢くん、ごめん、シフトのことなんだ、け、ど……」
伊吹はそこまで言って、ポカン、と口を開けたまま、教室の入り口に立ち尽くす。立て看板は未完成。ドッ、ドッ、と心臓が暴れた。
伊吹の片足が、じり、と後ずさる。ふと、久瀬から、普段は感じないような、面妖な空気感が漂ったような気がした。
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