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第十三話
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さて、肝心の魔術の指導についてだが。二人で話し合い、診療所の業務終了後、諸々の作業が済み次第、2時間ほど時間を取ることにしている。
内容としては、魔術理論のレッスンと、実践トレーニングの日替わりで、木曜と日曜に休みを設け、魔力回復や復習に努めてもらっているような感じだ。
「さて、シグマ。突然ですまないが、私が今調合している魔法薬を匂いから推察し、次の手順に必要な素材を薬草庫から持ってきてほしい」
「承知した」
シグマは言い終えるが早いか、颯爽と駆け出していく。
現時点で赤色の発色を見せる、竹酢のような匂いの液体が、紫に変色するまでおよそ13秒といったところだろう。
紫色になってからゲル化するまで一息の暇もないが、ゲル化する前に結晶化の魔術をかけ、結晶になるまでの数コンマの間に、もう一つ、仕上げの薬草を投じてやらねばならないのだ。早い話、悠長にしている暇はない。
まあ、万が一ゲル化してしまったなら、そこから別の魔法薬を作ってしまえばよいので問題はないが、どうやらその心配はなさそうだ。10秒もしないうちに、シグマはテュポカリスの花弁が入った小瓶を携えて戻ってきた。
「助かった、ありがとう」
「調合する前に素材が揃ってるか再三確認しろと言ったのは貴方だろう……今まではどうしてたんだ」
「分身なりゴーレムなり、使える手足には事欠かないからね。もしゲル化しても、そこから作れる魔法薬がある」
「ああ、状態維持薬」
「よく勉強してるなぁ」
「魔法薬の調合には興味ないって言ったのに、昨日の課題は調合体系表の穴埋めだっただろ。書庫のどの教本にもあんな体系表載って無いから、手あたり次第調べたんだぞ。嫌でも覚える」
「まあ、載って無いだろうね。私の自作だから、あの体系表。まさか、あれを一晩で全部?」
「埋めたが」
「真面目……」
シグマは不遜にフンと鼻を鳴らす。おのずと上がる口角を見せないよう、調合中の魔法薬に視線を落としたまま、私は彼の方に手のひらを差し出した。
シグマはすぐさまそこに薬草の入った小瓶を置いてくれる。彼の勉強熱心のおかげで、無事に目的の魔法薬は完成した。
「痛覚増幅薬……何に使うんだ?」
紫の砂のようになったそれを、成分や効果の微調整を施しながら適当な錠剤の形に整形していると、私の肩口からそれを覗き込んで、シグマは尋ねてくる。
一般に知られる用途が用途であるからして、やや強張った口調だ。
「今から君が飲むんだよ」
「……は?」
私は、敢えて何も考えていないような顔で振り返った。
頭がおかしくなったのか、もしくは遂に本性を現したか、と言ったような目をして、シグマは身構えていた。
さもありなん、この薬の主たる用途は尋問。服用者の痛覚を増幅するこの薬は、血も出ないほどのかすり傷で、心臓を貫かれたような激痛を与えることも可能なため、軍部の凶悪犯相手の取り調べでも、最終手段として扱われる代物だ。
紫の色が濃ければ濃いほど、効果を増す。そして、その濃さは、調合者の技量によって出せる度合いが異なる。今回調合したのは、私が調合し得る度合いの中でも中の下ほど。見積もって五倍ほどの増幅効果があるだろう。
「君はもう、独学で基礎魔術はあらかた使えるらしいし、これまで実践してきた出力矯正トレーニングにおける成果は十分。今日からは、中等魔術修得を目的とした模擬戦闘トレーニングに移っても問題ないだろうと判断した。今日のトレーニングの課題は、治癒魔術の習得だ」
私は説明をしながらシグマの肩に手を置いた。部屋を移動するためだ。瞬く間すら無く、自らの立つ部屋が変わっていたため、著しく変化に乏しいシグマの表情も、やや呆気に取られたように目が見開かれていた。
この診療所は私の結界術で殆ど異空間化しているため、領域内であれば転移にもほとんど魔力を要さない。
ややあって、私の魔法薬調合の不用意についても得心がいったらしく、シグマは「めちゃくちゃだ」と呟きながら、かぶりを振った。
一応これでもシリウスであった身だ。このような反応をされても、もはや何とも思わない。
あきれ顔のシグマに、治癒魔術の術式理論をまとめた用紙を手渡す。
彼はザっと目を通し、ブツブツと何か呟いたかと思えば、これ見よがしに嘆息。
間もなく、その用紙を突き返してきた。伊達に独学で基礎魔術を修めたわけではない、彼はものの数瞬で術式の概要を理解してしまうのである。
やや肩透かしを食らったような気分で用紙を折りたたむ。
折り目を爪で挟み、ツウとなぞっていれば、もの言いたげな視線が横から突き刺さるのを感じ、私はそちらに目をやった。
目が合うなり、シグマは「いい加減にしてくれ」と言った。
戸惑いに目を見開いて彼を凝視すれば、シグマは気まずそうに視線を斜め下に逸らし、片手で髪の毛をガサガサとかき回して、ひとつ、鋭く舌打ちした。
「……治癒魔術の習得なんて、後回しでいい。魔法薬の知識に至っては必要性を感じない。手っ取り早く強くなるために貴方の教えを乞うたのに、このザマじゃ、俺はいつまでも強くなんてなれない」
シグマは絞り出すような声でそう言った。彼の内面が垣間見えるような吐露、彼と出会って初めてのことである。
強くなりたい、か。いつか、ニシュカも言っていた。リュプス族に生まれたからには、誰にも負けない強さを手に入れるのだ、と。そうして、大事な人を守るために生きるのが、リュプスの男の誇りなのだ、と。
しかし、御伽噺の勇者に憧れるような顔でそう語るニシュカとは違い、シグマのそれは随分と切羽詰まっている。高く見積もって5つくらいしか年のころが変わらないのに。この青年は一体、何を抱えているというのだろう。
「シグマは、どうして強くなりたいんだ」
「……貴方には関係ない」
「それじゃあ、どのように強くなりたい? 君にとって、強くなるとはどういうことだ? どのような魔術を強いと感じるのか、具体的に教えてほしい」
シグマは俯き、黙り込んだ。答えがないというより、言語化に時間を要しているといったような面持ちだ。プレッシャーを与えないよう、私はそれとなく意識を彼から逸らした。
間もなく、彼はためらいがちに口を開いた。
内容としては、魔術理論のレッスンと、実践トレーニングの日替わりで、木曜と日曜に休みを設け、魔力回復や復習に努めてもらっているような感じだ。
「さて、シグマ。突然ですまないが、私が今調合している魔法薬を匂いから推察し、次の手順に必要な素材を薬草庫から持ってきてほしい」
「承知した」
シグマは言い終えるが早いか、颯爽と駆け出していく。
現時点で赤色の発色を見せる、竹酢のような匂いの液体が、紫に変色するまでおよそ13秒といったところだろう。
紫色になってからゲル化するまで一息の暇もないが、ゲル化する前に結晶化の魔術をかけ、結晶になるまでの数コンマの間に、もう一つ、仕上げの薬草を投じてやらねばならないのだ。早い話、悠長にしている暇はない。
まあ、万が一ゲル化してしまったなら、そこから別の魔法薬を作ってしまえばよいので問題はないが、どうやらその心配はなさそうだ。10秒もしないうちに、シグマはテュポカリスの花弁が入った小瓶を携えて戻ってきた。
「助かった、ありがとう」
「調合する前に素材が揃ってるか再三確認しろと言ったのは貴方だろう……今まではどうしてたんだ」
「分身なりゴーレムなり、使える手足には事欠かないからね。もしゲル化しても、そこから作れる魔法薬がある」
「ああ、状態維持薬」
「よく勉強してるなぁ」
「魔法薬の調合には興味ないって言ったのに、昨日の課題は調合体系表の穴埋めだっただろ。書庫のどの教本にもあんな体系表載って無いから、手あたり次第調べたんだぞ。嫌でも覚える」
「まあ、載って無いだろうね。私の自作だから、あの体系表。まさか、あれを一晩で全部?」
「埋めたが」
「真面目……」
シグマは不遜にフンと鼻を鳴らす。おのずと上がる口角を見せないよう、調合中の魔法薬に視線を落としたまま、私は彼の方に手のひらを差し出した。
シグマはすぐさまそこに薬草の入った小瓶を置いてくれる。彼の勉強熱心のおかげで、無事に目的の魔法薬は完成した。
「痛覚増幅薬……何に使うんだ?」
紫の砂のようになったそれを、成分や効果の微調整を施しながら適当な錠剤の形に整形していると、私の肩口からそれを覗き込んで、シグマは尋ねてくる。
一般に知られる用途が用途であるからして、やや強張った口調だ。
「今から君が飲むんだよ」
「……は?」
私は、敢えて何も考えていないような顔で振り返った。
頭がおかしくなったのか、もしくは遂に本性を現したか、と言ったような目をして、シグマは身構えていた。
さもありなん、この薬の主たる用途は尋問。服用者の痛覚を増幅するこの薬は、血も出ないほどのかすり傷で、心臓を貫かれたような激痛を与えることも可能なため、軍部の凶悪犯相手の取り調べでも、最終手段として扱われる代物だ。
紫の色が濃ければ濃いほど、効果を増す。そして、その濃さは、調合者の技量によって出せる度合いが異なる。今回調合したのは、私が調合し得る度合いの中でも中の下ほど。見積もって五倍ほどの増幅効果があるだろう。
「君はもう、独学で基礎魔術はあらかた使えるらしいし、これまで実践してきた出力矯正トレーニングにおける成果は十分。今日からは、中等魔術修得を目的とした模擬戦闘トレーニングに移っても問題ないだろうと判断した。今日のトレーニングの課題は、治癒魔術の習得だ」
私は説明をしながらシグマの肩に手を置いた。部屋を移動するためだ。瞬く間すら無く、自らの立つ部屋が変わっていたため、著しく変化に乏しいシグマの表情も、やや呆気に取られたように目が見開かれていた。
この診療所は私の結界術で殆ど異空間化しているため、領域内であれば転移にもほとんど魔力を要さない。
ややあって、私の魔法薬調合の不用意についても得心がいったらしく、シグマは「めちゃくちゃだ」と呟きながら、かぶりを振った。
一応これでもシリウスであった身だ。このような反応をされても、もはや何とも思わない。
あきれ顔のシグマに、治癒魔術の術式理論をまとめた用紙を手渡す。
彼はザっと目を通し、ブツブツと何か呟いたかと思えば、これ見よがしに嘆息。
間もなく、その用紙を突き返してきた。伊達に独学で基礎魔術を修めたわけではない、彼はものの数瞬で術式の概要を理解してしまうのである。
やや肩透かしを食らったような気分で用紙を折りたたむ。
折り目を爪で挟み、ツウとなぞっていれば、もの言いたげな視線が横から突き刺さるのを感じ、私はそちらに目をやった。
目が合うなり、シグマは「いい加減にしてくれ」と言った。
戸惑いに目を見開いて彼を凝視すれば、シグマは気まずそうに視線を斜め下に逸らし、片手で髪の毛をガサガサとかき回して、ひとつ、鋭く舌打ちした。
「……治癒魔術の習得なんて、後回しでいい。魔法薬の知識に至っては必要性を感じない。手っ取り早く強くなるために貴方の教えを乞うたのに、このザマじゃ、俺はいつまでも強くなんてなれない」
シグマは絞り出すような声でそう言った。彼の内面が垣間見えるような吐露、彼と出会って初めてのことである。
強くなりたい、か。いつか、ニシュカも言っていた。リュプス族に生まれたからには、誰にも負けない強さを手に入れるのだ、と。そうして、大事な人を守るために生きるのが、リュプスの男の誇りなのだ、と。
しかし、御伽噺の勇者に憧れるような顔でそう語るニシュカとは違い、シグマのそれは随分と切羽詰まっている。高く見積もって5つくらいしか年のころが変わらないのに。この青年は一体、何を抱えているというのだろう。
「シグマは、どうして強くなりたいんだ」
「……貴方には関係ない」
「それじゃあ、どのように強くなりたい? 君にとって、強くなるとはどういうことだ? どのような魔術を強いと感じるのか、具体的に教えてほしい」
シグマは俯き、黙り込んだ。答えがないというより、言語化に時間を要しているといったような面持ちだ。プレッシャーを与えないよう、私はそれとなく意識を彼から逸らした。
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