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【3】ジュリアーナの恋-①
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ミルコと別れて家に帰ったら、外出しようとする姉とかち合ってギョッとした。
「姉さん! なんて格好をしているのさ!」
姉はタンクトップにホットパンツ姿で、胸の谷間もバッチリと見えている。上流階級にはあるまじき格好だ。
「これからクラブに行くんだもの。このくらい普通よ」
クラブというのは良家の子女の社交場ではなく、素行の悪い若者たちが酒を飲んで騒ぐ場所だ。前世にもあったけど、もちろん僕は行ったことがない。
「姉さん。姉さんはもう成人しているから僕が口を出す事じゃないのかもしれないけど……自分が馬鹿な事をしているって自覚はある?」
「天使が説教? あんたも偉くなったものね」
「姉さん!」
「余計なお世話。べべは早く寝なさい」
『べべ』と呼ばれてカッと頭に血が上る。僕はオムツが取れるのが早かったけれど、一度だけ粗相をしてしまった事があり、その時に姉に『べべ』と言われたのがトラウマになっている。
「僕はべべじゃない!」
「じゃあ、一緒に行ってみる?」
「ふえっ?」
「べべじゃないなら行けるでしょ?」
勿論、そんな理屈は可笑しい。自分の立場を考えたら行くべきじゃないのはわかっている。
わかっているけど、僕は "赤ちゃんみたい" だと馬鹿にされるのが何よりも嫌いなんだ。
「行くよ」
僕の返答を聞いて、姉がニヤリと笑った。
(やっぱり早まったかもしれない……)
後悔する間もなく、僕は姉に腕を掴まれ、夜の繁華街へと引きずられていった。
***
「よう、ジュリアーナ。遅かったな!」
「出かけにちょっとね。それよりトーニオは?」
「あいつなら奥にいる」
薄暗い店内を、姉は慣れた足取りで進んでいく。
腹の底に響く低音、アルコールと汗と香水が混じったような空気。息苦しさと不安で、僕は姉の背に隠れるように歩いた。
「トーニオ! 会えて嬉しいわ」
「ジュリアーナ、俺もさ。こっちに来いよ」
奥のボックス席の真ん中に座り、両脇に男女を侍らせた男が姉の為に席を空けた。
姉が隣に座るのを尻目に、僕は棒のように突っ立ったまま動けずにいると、男がこちらを見て目を丸くした。
「……ヒュウ。天使か?」
「そうよ。うちの春の天使。知っているの?」
「いや、初めて見た。本物の天使かと思ったぜ。よう、俺の隣に座ってくれ!」
トーニオは僕の腕を引き、強引に隣へ座らせる。
近い。距離が近い。視線も、熱も、やけに近い。
彼は僕をじっと見つめながら、名前や歳を聞いてきた。
「エミーリオ、十六歳。今日は姉の付き添いで来ただけ。何もいらない。すぐに帰る」
「そう言わず、一杯だけ付き合えよ。リモンチェッロに蜂蜜を足したものか、アペロールを割ってやろうか?」
しつこい。やけに熱心に勧められて、僕は断ろうとしたんだけど、姉が子供に飲ませるなと言ったので飲む事にした。僕はべべじゃない。
アペロールというオレンジのリキュールをスパークリングワインで割って貰い、鼻先で炭酸がパチパチと弾けるのを感じた。
(匂いはいいけど、これだけでもう酔いそう……でも、飲まないと馬鹿にされる)
「大丈夫か? 顔が赤いぞ。無理すんなよ」
自分が勧めたくせにそんなことを言いながら、トーニオは僕の肩を抱き、髪を指に巻きつけてきた。
「このくらい平気だ。それより暑いから、もう少し離れてよ」
「俺は熊の獣人だから体温が高いんだ。エミーリオは羊だろ? 角、くるっとして可愛いな」
げ、言わないでよ。イラストに出てくるような丸い角が、僕は恥ずかしい。
羊の角は多種多様で、ジュリアーナの角は三日月みたいに反っていて格好良いのに。
「ちょっと、トーニオ。私の角をいかしてるって言ったのは嘘だったの?」
「嘘じゃないさ。お前の角は、強そうでいかしてる」
そう言ってトーニオは怒れる姉にウィンクしたが、相変わらず僕の側から離れようとしない。脂下がった大男ってのは僕の前世の憧れだったけど、実際に見てみるとあまりいいものじゃないな。なんか信用できない。
「だったらエミーリオなんて相手にしてないで――」
「だって可愛いじゃないか。なんていうか、本能に突き刺さる感じだ」
「っ!」
姉の顔がくしゃりと歪んだ。そんな表情、初めて見た。
「私は、羊でも対等に見てもらえてると思ってた!」
「ああ。お前は友達だよ。俺達は仲間さ」
笑顔のトーニオを見て、彼が悪い人じゃないのはわかる。
けれど姉――ジュリアーナの顔は絶望に染まっていた。
きっと、姉が求めていた答えではなかったんだ。
「姉さん、帰ろう」
そっと声をかけると、姉は怒りを爆発させた。
「姉さん! なんて格好をしているのさ!」
姉はタンクトップにホットパンツ姿で、胸の谷間もバッチリと見えている。上流階級にはあるまじき格好だ。
「これからクラブに行くんだもの。このくらい普通よ」
クラブというのは良家の子女の社交場ではなく、素行の悪い若者たちが酒を飲んで騒ぐ場所だ。前世にもあったけど、もちろん僕は行ったことがない。
「姉さん。姉さんはもう成人しているから僕が口を出す事じゃないのかもしれないけど……自分が馬鹿な事をしているって自覚はある?」
「天使が説教? あんたも偉くなったものね」
「姉さん!」
「余計なお世話。べべは早く寝なさい」
『べべ』と呼ばれてカッと頭に血が上る。僕はオムツが取れるのが早かったけれど、一度だけ粗相をしてしまった事があり、その時に姉に『べべ』と言われたのがトラウマになっている。
「僕はべべじゃない!」
「じゃあ、一緒に行ってみる?」
「ふえっ?」
「べべじゃないなら行けるでしょ?」
勿論、そんな理屈は可笑しい。自分の立場を考えたら行くべきじゃないのはわかっている。
わかっているけど、僕は "赤ちゃんみたい" だと馬鹿にされるのが何よりも嫌いなんだ。
「行くよ」
僕の返答を聞いて、姉がニヤリと笑った。
(やっぱり早まったかもしれない……)
後悔する間もなく、僕は姉に腕を掴まれ、夜の繁華街へと引きずられていった。
***
「よう、ジュリアーナ。遅かったな!」
「出かけにちょっとね。それよりトーニオは?」
「あいつなら奥にいる」
薄暗い店内を、姉は慣れた足取りで進んでいく。
腹の底に響く低音、アルコールと汗と香水が混じったような空気。息苦しさと不安で、僕は姉の背に隠れるように歩いた。
「トーニオ! 会えて嬉しいわ」
「ジュリアーナ、俺もさ。こっちに来いよ」
奥のボックス席の真ん中に座り、両脇に男女を侍らせた男が姉の為に席を空けた。
姉が隣に座るのを尻目に、僕は棒のように突っ立ったまま動けずにいると、男がこちらを見て目を丸くした。
「……ヒュウ。天使か?」
「そうよ。うちの春の天使。知っているの?」
「いや、初めて見た。本物の天使かと思ったぜ。よう、俺の隣に座ってくれ!」
トーニオは僕の腕を引き、強引に隣へ座らせる。
近い。距離が近い。視線も、熱も、やけに近い。
彼は僕をじっと見つめながら、名前や歳を聞いてきた。
「エミーリオ、十六歳。今日は姉の付き添いで来ただけ。何もいらない。すぐに帰る」
「そう言わず、一杯だけ付き合えよ。リモンチェッロに蜂蜜を足したものか、アペロールを割ってやろうか?」
しつこい。やけに熱心に勧められて、僕は断ろうとしたんだけど、姉が子供に飲ませるなと言ったので飲む事にした。僕はべべじゃない。
アペロールというオレンジのリキュールをスパークリングワインで割って貰い、鼻先で炭酸がパチパチと弾けるのを感じた。
(匂いはいいけど、これだけでもう酔いそう……でも、飲まないと馬鹿にされる)
「大丈夫か? 顔が赤いぞ。無理すんなよ」
自分が勧めたくせにそんなことを言いながら、トーニオは僕の肩を抱き、髪を指に巻きつけてきた。
「このくらい平気だ。それより暑いから、もう少し離れてよ」
「俺は熊の獣人だから体温が高いんだ。エミーリオは羊だろ? 角、くるっとして可愛いな」
げ、言わないでよ。イラストに出てくるような丸い角が、僕は恥ずかしい。
羊の角は多種多様で、ジュリアーナの角は三日月みたいに反っていて格好良いのに。
「ちょっと、トーニオ。私の角をいかしてるって言ったのは嘘だったの?」
「嘘じゃないさ。お前の角は、強そうでいかしてる」
そう言ってトーニオは怒れる姉にウィンクしたが、相変わらず僕の側から離れようとしない。脂下がった大男ってのは僕の前世の憧れだったけど、実際に見てみるとあまりいいものじゃないな。なんか信用できない。
「だったらエミーリオなんて相手にしてないで――」
「だって可愛いじゃないか。なんていうか、本能に突き刺さる感じだ」
「っ!」
姉の顔がくしゃりと歪んだ。そんな表情、初めて見た。
「私は、羊でも対等に見てもらえてると思ってた!」
「ああ。お前は友達だよ。俺達は仲間さ」
笑顔のトーニオを見て、彼が悪い人じゃないのはわかる。
けれど姉――ジュリアーナの顔は絶望に染まっていた。
きっと、姉が求めていた答えではなかったんだ。
「姉さん、帰ろう」
そっと声をかけると、姉は怒りを爆発させた。
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