狼の婚約者 ―君の愛が、僕の呪いをほどくまで―

海野ことり

文字の大きさ
6 / 35

【3】ジュリアーナの恋-②

しおりを挟む
「一人で帰りなさいよ! いつも、いつも、あんたばかりがチヤホヤされて――私だって誰かに甘えたいのよ!」
(……そっか。姉を強い人、羊の獣人らしくないリーダーシップを取れる人だと思い込んでいたけど、誰かに頼りたい一面もあったんだ。姉も僕を羨むことがあるんだ)
  そう思ったら、なんだか気が楽になった。

「姉さん。僕、男だからもっと強くなるよ。もうすぐ大人だし――」
「こんなに可愛いのに大人だって? なあ、ちょっとこっちに来いよ。膝の上に乗せてやる」
「ちょ、やめろっ!」
 トーニオが身体を寄せてきて、僕は本気で焦った。
 熊とか犬の獣人って、小さいものを構いたがる性分らしい。

「んー、いい匂いがする」
「匂いを嗅ぐなっ!」
 迫ってくる巨体に逃げ場がない。
 助けを求めて姉を見ると、彼女の目が据わっていた。

「私がすり寄っても見向きもしなかったくせに……」
「姉さん、たぶん、この人は追いかけられるより追う方が好きなタイプだよ」
「そういう受け身なのは、性に合わないのよっ!」
 姉さん、そういうところだぞ。

「ああ、もういいわ。他の男を探してくるから、あんたは勝手に帰りなさい」
「ちょっ、姉さん! それは駄目だって!」
 姉は僕の声を無視してフロアの奥へ消えた。
 ……まいったな。無意識に酒を口にして、気づけばグラスは空だった。そこですかさずトーニオがおかわりを勧めてくる。

「同じものでいいか?」
「いえ、もう帰りますから」
「一杯だけ飲んで帰るのか? もう少しいろよ」
「でも、姉もいないし」
「なら戻ってくるまで待っていればいい」
 トーニオがとにかくしつこい。僕はなんとか交渉してもう一杯だけ飲んだら帰れることになったけど、飲んでいる間も口が小さくて可愛いだの頬が染まって美味しそうだのうるさくて敵わない。
 それでなるべく急いで飲み干したんだけど、思ったより度数が強かったのか頭が少しボーッとする。

「飲んだから帰る」
「じゃあ送っていってやるよ」
「いい。大丈夫」
 僕は強引にトーニオを振り切って外に出たものの、足元がふらつく。人気のない夜道、月明かりだけが頼りで不安になる。
 その時、背後から肩を掴まれる。

「やっぱり送っていく!なんなら家に泊めてもいい」
「げ、トーニオ!?」
 わざわざ追って来るなんて怖い。
 抵抗しても、酔って鈍い僕の動きなんて通用しない。

「ほら、暴れるな。酔いが回るぞ」
 手首を掴まれ、顎を掬われ、宥めるような口づけが降りてきて、僕は必死に顔を反らした。

「ヤダってば!」
 情けなく涙が滲んだ、その瞬間。
 月が翳って、目の前が暗くなる。

「その手を離せ」
 低く唸るような声が闇を裂く。
 トーニオが振り返るより早く、影が動いた。

「俺の番に触れるな!」
 烈しい声が響き、月光を浴びた長髪の男がトーニオに飛び掛かる。次の瞬間、僕は強い腕に抱き寄せられ、熱い吐息が耳元で囁いた。

「大丈夫か、エミーリオ?」
  耳に心地よい声。
 見上げれば、銀灰の瞳。どこか、懐かしい気がする。

「……君は?」
 彼の腕の中で、心臓が不思議なほど速く鼓動していた。
 僕は振り回され過ぎて霞む目を必死に開いて、男をよく見ようとした。月明かりを一身に集めたようなそいつは長く黒い髪をしていて、チカリチカリと彗星のように銀色のメッシュが煌めく。
 瞳は揺らめく銀河で、でもよく見ると中心にアイスブルーが混じっている。
 不思議な色彩、異邦人みたいな風体、でもなんだか懐かしい気もする。

「あなたはだぁれ?」
 目を凝らす。
 黒髪の間を走る銀の筋、夜空を映したような瞳。
 異国のような美しさなのに、不思議と心がざわめいた。

「あなたは……だぁれ?」

 回らない舌で尋ねた僕に、男は小さく何かを囁いた。
 でも聞き取れない。
 ただ、目を閉じる間際――黒い翼が月光を裂くのを見た気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります

かとらり。
BL
 前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。  勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。  風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。  どうやらその子どもは勇者の子供らしく…

【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

黒豹拾いました

おーか
BL
森で暮らし始めたオレは、ボロボロになった子猫を拾った。逞しく育ったその子は、どうやら黒豹の獣人だったようだ。 大人になって独り立ちしていくんだなぁ、と父親のような気持ちで送り出そうとしたのだが… 「大好きだよ。だから、俺の側にずっと居てくれるよね?」 そう迫ってくる。おかしいな…? 育て方間違ったか…。でも、美形に育ったし、可愛い息子だ。拒否も出来ないままに流される。

騎士団長の秘密

さねうずる
BL
「俺は、ポラール殿を好いている」 「「「 なんて!?!?!?」」 無口無表情の騎士団長が好きなのは別騎士団のシロクマ獣人副団長 チャラシロクマ×イケメン騎士団長

令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った

しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー? という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡  短編コメディです

花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?

銀花月
BL
魔導師マルスは秘密裏に王命を受けて、花街で花を売る(フリ)をしていた。フッと視線を感じ、目線をむけると騎士団の第ニ副団長とバッチリ目が合ってしまう。 王命を知られる訳にもいかず… 王宮内で見た事はあるが接点もない。自分の事は分からないだろうとマルスはシラをきろうとするが、副団長は「お前の花を買ってやろう、マルス=トルマトン」と声をかけてきたーーーえ?俺だってバレてる? ※[小説家になろう]様にも掲載しています。

処理中です...