狼の婚約者 ―君の愛が、僕の呪いをほどくまで―

海野ことり

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④正反対の双子

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 結局、門のところに座り込んでいた僕は父と執事に見つかって、こってり叱られた。
 けれど一番きつく叱られたのは姉の方だった。僕を連れ出したことに加えて、ゼッポリーニ家の長女としての自覚が足りないと諌められたらしい。
 しかも婚約は破談。次の縁談もなかなか見つからないそうだ。
 ……羨ましい。僕と代わってほしいくらいだ。

「それで、君を助けてくれたのは誰だったの?」
  ミルコの問いに、僕は首を横に振った。

「わからない。お酒を飲んでフラフラだったんだ」
「でも姿形くらいは覚えてるだろう?」
「うーん……髪の長い男の人? なんか宇宙人みたいだったな」
「『宇宙人』? なんだよそれ」
  あ、しまった。この世界にはそんな言葉は無かった。

「違った、異邦人だ。凄く遠くから来たみたいだったよ」
「ふうん、外国人か。それならもう会うことは無いね」
「うん」
  頷きつつも、僕はまたあの人に逢えるような気がしていた。
  彼は、きっともう一度現れる――そんな予感があった。

「でもね、いつも都合よく助けてもらえるとは限らないんだ。もっと気を付けなくちゃ」
「わかってる。反省してるよ」
 トーニオは悪い人じゃなかったけど、もうあんな目には遭いたくない。

「もう治安の悪い場所には行かない」
「絶対だよ」
 ミルコが安堵の息を漏らす。僕もやっと無事を実感して、力が抜けた。
 やっぱりこうして幼馴染と話しているのがいちばん落ち着く。

「僕にはミルコだけでいいな」
「……えっ?」
「友達はミルコだけでいい」
  そう言ったら何故かミルコが眉を下げて笑った。

「嬉しいけど、嬉しくないよ」
「えっ?」
「君が箱入りになってしまいそうで心配だって言ったんだ」
 えっ、そんな話だった? 僕が首を傾げていると、ミルコが苦笑して言った。

「それじゃまるでコルシカの双子みたいだ」
「僕はあの双子ほど排他的じゃない!」
「兄の方は一見、人当たりが良いんだけどね」
  ミルコの言う兄の方がチェーザレ・コルシカで、双子の弟がチェーリオ・コルシカだ。一卵性の良く似た双子の兄弟で、兄の方が明るくて良く喋り、弟の方は物静かで無口だ。
  いつも二人で行動し、どちらか一人でいるのを見たことがない。
  彼らはセピア色の髪に淡いブルーの瞳をした犬の獣人で、僕の婚約者とは遠い親戚らしい。

「エミーリオ、聞いてないよ?」
  僕の婚約者の遠い親戚だと聞いて、ミルコが初耳だと眉を顰めた。

「僕も忘れてた。親戚と言っても遠いし」
「向こうは君の事を――」
「知らないだろう。婚約自体が大っぴらな話じゃないし」
「それなら良いけど、近寄るなよ」
「向こうが相手にしないさ」
  そう言っていたのに、なぜかその双子が僕に声をかけてきた。

 ***

「同じ学校にディーノの婚約者がいると聞いたのだけど、君がそう? まさか羊の獣人?」
  僕のくるりと巻いた角を見て、双子の片割れが意外そうに言った。

「羊じゃ駄目なの? 君たちは犬の獣人だよね? 狼とは関係ないじゃないか」
  暗にオルシーニ家とは遠い繋がりだろうと指摘したら、さっきとは別の少年が淡々と反論してきた。

「コルシカ家は狼犬の家系だ。小型犬とは違う」
「でも君たちはそんなに大きくない」
「まだ成長途中なんだよ」
  ――全くミルコといい、往生際が悪い。

「それで、羊は相応しくないって、文句を言いに来たの? 反対するならオルシーニ家にどうぞ」
  そう言うと、兄の方が肩をすくめた。

「別に羊が駄目ってことはない。オルシーニ家の秘蔵っ子が山を降りたと聞いて、それが婚約者に会うためだって言うから、見に来ただけさ。こういうのが好きだなんて、奴も案外と俗物だな」
  何か一人でわかったような気になっているみたいだけど、それ、誤解だからね? だってディーノは、僕に逢いに来ていないもの。
  というか、山? 修行でもしていたのか?

「彼は僕に会いに来たんじゃない。婚約もそのうち無くなるよ」
 そう言っても、二人は顔を見合わせて頷かなかった。

「それはどうかな」
 兄が薄く笑う。その顔を見て、僕は無性に苦手意識を覚えた。
 ――こういう“何でも知ってる風”な奴らは、前世にもいた。
 僕は彼らに勝手に引け目を感じて、でも羨ましくて、あっち側に行きたいと思っていた。
 けれど今は知っている。彼らは世界の秘密なんて知らない。ただ、そう思い込んでいただけだ。

「君たちが何を思おうと自由だけど、僕を利用するのはやめて。僕じゃディーノは動かないよ」
  そう釘を刺すと、兄――チェーザレが口元を緩めた。

「利用なんてしないさ。ただの好奇心だよ」
「その好奇心で嫌な思いをしたばかりなんだ。ほら、弟の方はもう退屈してるよ。早く行ったら?」
「ふうん? 僕らの見分けがつくのかい?」
「だって立ち位置を変えてないし。よく喋るのが兄で、無口なのが弟――有名な話だよ」
  いい加減、彼との実のない会話にうんざりしてため息交じりに答えたが、そう言いながらふと気づいた。
 二人は顔こそ似ているが、色が少し違う。

「君たちは毛色が微妙に違うな。チェーザレの方が淡いというか、縁がちょっと紫っぽい」
「……紫?」
「セピアって、もともとそういう色だよね。中心が白で、縁にいくにつれて淡い茶に紫が混じるような……」
  そういうシベリアン・ハスキーの写真を前世で見たことがある。そのイメージに引きずられている所為だと思ったが、何故か弟の方に紫色は感じない。兄だけに薄っすらと紫色の靄を感じる。何故だろう?

「まあ、単なる個体差だろう」
  僕は会話を終わらせようとそう言ったが、チェーザレは自分たちの違いに強く拘った。

「そっちのピンクロビンには、僕が紫色に見えるか?」
「いや、バニラとチョコのソフトクリーム色にしか見えない」
「それは斬新な意見だな」
 くすっと笑うチェーザレを見て、緊張がほどけた。
 けれどチェーザレの放った一言に、再び緊張が走る。

「エミーリオ、もっと君のことが知りたくなった。また会いに来てもいいか?」
「えっ? それは遠慮する」
 はっきりと苦手なタイプだし、婚約者の親戚でもある。面倒ごとには近づきたくない。

「でも、僕らは運命かもしれない」
「は? 何を言ってるの?」
 取り繕う間もなく呆れた声が出た。だって運命って。

「きっとそのうち、君にもわかる。僕が正しいって事を――まあ、おいおい証明していくよ」
 そう言って笑うチェーザレを、チェーリオもミルコも訝しげに見ていた。
 その日を境に、チェーザレは毎日僕に会いに来るようになった。

 そしてその晩、僕は夢を見た。
 黒に近い濃紫の体毛をした山羊が、宙に浮かんで僕を見ていた。
 ただそれだけの夢だったのに、なぜか強く心に残って、いつまでも頭から離れなかった。
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