狼の婚約者 ―君の愛が、僕の呪いをほどくまで―

海野ことり

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⑥チェーリオの憂鬱

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 チェーザレは正直苦手だけど、弟のチェーリオとは思ったよりも気が合った。話してみると意外と付き合いやすい。
 
「家が醸造所だから、アルコールは山ほどある。でも、僕は飲むより食べる方が好きなんだ」
 そう言って小エビのフリッターを頬張る姿は、同い年とは思えないほど弟味が強くて、ちょっと可愛い。ミルコといい、僕はどうも“年下タイプ”に弱いらしい。

「エミーリオ、君は昔からお兄さんぶるけど、全然年上っぽくないよ? むしろ世話を焼かれる方。自覚した方がいい」
「そんなことないってば」
 ミルコの小言に唇を尖らせる。――過去には懐いてくれた子だっていたはずだ。

「へえ、 誰のこと?」
「えっと~」
  僕が子供扱いを出来たのなんて子犬のディーノくらいだけれど、 これは言わない方がよさそうだ。

「誰でもいいだろ。それより放課後、家に来るのを忘れてないよね?」
「ああ、ジュリアーナさんの新しい婚約者が、挨拶に来るんだっけ」
  婚約破棄された姉に新しい縁談が来たけど、僕は反対だ。相手は一回りも年上で、人気のない狐の獣人だという。

「実物を見て、怪しい奴なら本気で止める。ミルコも加勢して」
「……エミーリオ」
 ミルコは困ったように目を細める。

「ジュリアーナさんの結婚は“家同士”の問題だよ。君の父上が、家を損なう婚姻なんて許すわけないだろ?」
「そうだけど、父は押しに弱いし」
  何と言っても僕の婚約を簡単に決めてしまった人だ。

「君の婚約は気に入らないけど、それでもオルシーニ家との縁談は悪い話じゃない。特に君を守る為にはね」
  寂しそうなミルコの横顔に、僕は守られる必要なんてない、と言いかけてやめた。
 ……実際、外に出れば熊の獣人に口説かれ、チェーザレに付きまとわれている。
 僕は“箱の中”で生きてきた。でも、成人すればそうもいかない。

「それにジュリアーナさんは、嫌なら自分で何とかするよ。成人もしてない弟に守られるほど弱くない」
「……そうだけど、姉さんも女の人だし」
「君のその女性だから弱いって考え、本当にわからないな」
「……」
  僕は前世の価値観を少し引きずっているので、女性は小さくてか弱くて守るべきものだと思っている。けれどこの世界では種族によっては女性の方が大きかったり、力が強かったりする。一律に男女で分けて考えるのは、余り意味がない。わかっているのだけど、姉が失恋して凹むのを見ちゃったからなぁ。

「君は変に口出しをしない方が良いよ。それより、自分の婚約の方を確認したら?」
「えっ、ディーノとの婚約? だからそれはもう――」
「君が勝手にそう思ってるだけかもしれないよ。オルシーニ家の跡取りは、山籠りをしていたんだろう?」
  ずっと僕の前に現れなかった理由。そんなものがあるとしたら。
 僕らは同時にチェーリオを見た。今日に限って兄の姿がない。情報を引き出すには好都合だ。

「うん。オルシーニ家は代々、当主になる前に山籠りして修行するんだ。山を降りたと聞いたけど、姿を見た者はいない。だから少し騒ぎになってる」
  案の定、チェーリオはあっさりと内情を教えてくれたけど山籠り。まさかの修行で山籠り。

「山籠りって、まさか滝に打たれたりしてたの?」
「知らないけど、完全に獣化できる狼の末路は二つに一つだ。狂うか、一族を従える王になるか」
「一族の王……」
「だから、あいつが山を降りたと聞いて、みんな怯えてる」
 ――そんな。
 あの仔犬みたいなディーノが、王?

「僕はエミーリオをあいつに渡したくない」
 チェーリオが急に言った。

「エミーリオはいつも美味しいものをくれる、いい奴だから」
「ああ、やっぱりそれが理由……」
「だから獣なんかにくれてやらない」
 妙に刺すような言葉に、僕は少しむっとした。

「獣って、それは言いすぎじゃない?」
「獣だよ。一族を力で抑え付け、無理矢理に従わせる。人なのに、強いものに無条件で従えって? 僕はそんなのはごめんだ」
 その瞳の奥に、兄と同じ影がちらついた。
 ……やっぱりこの双子、似てる。危ういところが。

「君たちは群れから離れても、生きていけるの?」
 そう訊ねた僕に、チェーリオは頷いたけど今ひとつ歯切れが悪い。

「僕はいざとなればそのつもりだったけど……」
 (あっ、そうか!)
  僕と会わなければ、二人は家を離れられるはずだった。でもチェーザレが僕に執着しているなら、それも難しい。
 今の双子には、ディーノと敵対する理由がある。

「婚約は破棄してもらうよ。そうすれば君たちも動きやすいだろ?」
「できるならそうしてほしいけど……難しいんじゃない?」
「わからない。結局、今のディーノに会ってみないと」
  本人のいないところで何を言ったって、彼の本当の気持ちはわからない。オルシーニ家の当主に勝手に決められただけなのか、彼も婚約を納得しているのか。そもそも本当に僕と結婚する気があるのか?
 僕が難しい顔をしていたからか、ミルコが肩を軽く叩いて言った。

「エミーリオ、その前にジュリアーナさんの婚約者を品定めするよ」
「えっ。さっきは口出しするなって――」
「口出しはしないさ。君は顔を出すだけでいい」
  そう言うとミルコはぱちんと片目を瞑り、僕を迎えにきた車に押し込んだ。
  ミルコに連れて行かれたのは行きつけのサロンで、そこでは、美容師たちが待ち構えていた。


「ピンクのシャツなんて嫌だよ!」
  前世の桜に似た色のヒラヒラとしたシャツは素敵だけれど、シャーベットオレンジの髪には合わない。ついでにオフホワイトのスラックスも、シルクの切り替えが入ったベストも華美で落ち着かない。でっかいエメラルドのブローチは成り金のバカボンみたいだし、揃いのカフスもキラキラが過ぎる。おまけにロビンのシャツは上品だけどシースルーで、ピンク色の体毛が薄っすらと透けて見える。そんなの絶対にダメ!

「大丈夫。君の淡いプラチナオレンジに、とてもよく似合っているよ」
「ええ、震えるほど美しいですわ」
「本当に、夕焼けを融かした雲のよう」
「新緑の瞳もキラキラして、宝石に負けていませんもの」
「そうすると、やはり真っ白い羽根のジレも良いですわね。ちょっと当ててみましょう」
  なんかお店の人たちが口々に褒めてきて怖い。
  お金の力じゃないよね?

 そんな僕の不安をよそに、ミルコは愉快そうに笑った。
「さて、麗しく飾った君を見て、相手がどう出るか、楽しみだな」
 まったく。
 悪趣味な策略家め。
 でも――ここまで来たら最後までやってやるさ。
 姉の前で醜態を晒すような男なら、さっさと消えてもらう。

 僕は天使のように微笑んで、鏡の中の自分を見た。
 光を受けて、髪が淡く燃えるように輝いていた。
 それは僕の不安を映すように、ゆらゆらと揺らめいて見えた。
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