狼の婚約者 ―君の愛が、僕の呪いをほどくまで―

海野ことり

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⑪真夜中のデート

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 ディーノは僕を抱き上げ、首にしがみつかせたまま二階の窓から飛び降りた。
 風が頬を切る。瞬きの間に地面を蹴って、月夜の下を駆け抜けていく。
 獣人は身体能力が高いが、完全変態できるディーノは群を抜いていた。
 まるでアメコミのヒーローだ。いや、もう少し野生的か。

「どこに行くんだっ!」
「デート」

 返事になってない。けれど、月明かりの中を縫うように走るディーノの姿は鮮やかで、恐怖よりも流れる風の心地よさに胸が高鳴った。
(これが狼の速度かぁ。すごっ! はやっ!)

「エミーリオ、凄いドキドキしてる」
「自分の足ではこんな速く走れないからねっ!」
「俺は隊で一番脚が速いんだ」

「隊?」
 なんの隊だよ。

「山で修行してたんじゃなかったの?」
「してた」
「一緒に修行する仲間がいたんだ?」
「いや、一人だった。師匠はいたけど、ずっと一緒じゃなかったし」
「まさか一人で暮らしていたの? じゃあ隊っていうのは?」
「うちの私兵部隊で、隊には二週間だけいた」
「後はずっと一人?」
「うん。でもエミーリオのことを、毎日思ってた」
 彼の言葉を聞いて、胸が詰まった。
 どう答えればいいのかわからない。けれど、僕を支えに孤独を耐えたのだと思うと、裏切ってはいけないと本能が告げていた。

「獣性は、もうコントロールできるの?」
「普段は問題ない! エミーリオが絡む時だけ、ちょっと耳とか尻尾が出るけど……心は冷静なままだから大丈夫だ!」
 慌てて弁明するディーノを見て、思わず笑ってしまった。
 きっと僕の手紙を読んで焦って来たんだろう。

「ご当主様にバレたら怒られるよ?」
「父上より俺の方が強いから平気っ!」
「こら、そういう問題じゃない」
 キュッと耳を引っ張ったらスピードがちょっと緩んだ。僕の身体は一ミリも揺らがないから不安はないけど、彼が動揺しないというのは信じられない。

「それで、修行はもうお終い? これからは、いつでも逢えるの?」
「修行は続ける。でもエミーリオには逢う」
 真っ直ぐに前を見据えてそう言った彼の真剣さに、僕の胸がツキリと痛んだ。彼の幼いまでの真っ直ぐな心が眩しい。

「ねえ、僕はそんなに良いものじゃないよ? 悪いものも憑いてるし、それに――」
 言いかけた時、ディーノが急に立ち止まった。地面に降ろされ、彼と向かい合う。
 もう僕より頭一つは背が高い。これで十四歳なんて、恵まれ過ぎだろ。

「エミーリオが俺の番だ」
「でもっ、まだっ!」
「交尾できないことが問題なのか?」
「交尾っ!?」
 僕は吃驚して後ずさった。
 ディーノは真顔だ。真顔でとんでもないことを言っている。

「俺の発情期はまだだけど、エミーリオが望むなら頑張る」
 ……どんな頑張り方をするつもりだ。
 だが、ディーノにまだ発情期が来てないと知って安心した。

「僕も発情期はまだだから、そのことは考えなくていい」
「俺より年上なのに?」
「悪いかっ? 僕に発情期が来てたら、誰かと交尾してたかもしれないんだぞっ!」
「それは駄目だ! エミーリオとしていいのは俺だけだ!」
 いや君も駄目だよ。そう思ったけれど、今は黙っておく。

「僕は、ちょっと……発育が遅いみたいだけれど、君が成人するのはまだ先だし、それまでに悪しきものを祓っておきたいし、番になるのはその後でも――」
「悪しきものをどうにかしたら番えるのか?」
「それとこれは別問題っていうか、もう少し時間が必要っていうか」
「時間なら十分にあった。俺はもう待てない」
 熱心に見つめられて頬が熱くなる。
 なんだよもう、まだ発情期もきていない子供の癖にそんな男の顔をしてさ。
 間近に見るとディーノはかなりのイケメンで、男の僕でもドキドキする。

「悪しきものを追い払って、発情期がきたら――」
「交尾する」
「だからっ! そういうことを真顔で言うなぁ!」
 あまりの恥ずかしさに、顔が熱くなる。でもディーノはきょとんとした顔で僕を見つめている。

「僕は女の子じゃないんだぞ!」
「気持ちよくする」
「……もう、黙ってくれ」
 どうしてそんな真剣な顔で言えるんだろう。
 この狼は本能と愛情が全部直結してる。

「……発情期がくるまで、そういうことはしないから」
 僕がやっとそれだけ言うと、パァァァ!っと明るい空気を巻き散らかしたディーノが抱き締めてきた。
 そして身体に回した手で、僕の体の輪郭をなぞる。その手付きがなんだかいやらしく、お尻を揉まれて尻尾に指が触れた。

「エミーリオ、少しだけ。尻尾に触れたい」
「だ、駄目っ! 尻尾は、駄目だっ……!」
 ディーノの指先が柔らかく突起を撫で、僕は思わず身体を震わせた。
「小さくて、愛らしいな」
「馬鹿、やめろって!」
 熱い指先が尻尾を擦るたび、全身が震える。恥ずかしくてたまらないのに、撫でられると気持ちいい。  

「エミーリオ、可愛い。気持ち良さそう」
 うっとりとしたディーノの囁き。目元に、頬に口付けられて、僕は呼吸もままならない。

「エミーリオ、直に撫でてあげようか?」
 僕は首を必死に横に振る。直になんて、絶対にダメだ。見られたくない。

「触りたい」
 こめかみに落ちるキスに、ぶるりと甘く震えた。
 くそ、年下のくせに色気がありすぎる。

「エミーリオ、あんたの尻尾が見たい。直に触れたい」
「絶対に駄目っ!」
 信じらんない。尻尾を見たいだなんて。人に見せるような場所じゃないんだよ? しかも、脱いだらとても小さいアレも見えてしまうじゃないか。

「良いだろう?」
 滴るような『良いだろう?』に腰が砕けるかと思った。流されてえっちしちゃう人の気持ちが、わかる。

「僕だけ、そんなの……恥ずかしい」
「エミーリオも触ればいい。俺の陰茎に瘤はまだないけど、擦ったら――」
「……瘤?」
「発情期の狼は根元が膨らむ。抜けないように、形が変わるんだ」
 ……聞いてない。
 なんて恐ろしい構造してるんだ、狼獣人。
 男の僕は孕まないけど。……しないよな?

「ディーノ、一旦離れて落ち着いて。急過ぎて、僕はついて行けない」
「急じゃない。ずっとエミーリオに逢いたくて、声を聞きたくて、触れたくて――やっと、やっとだ」
 ああっ! 縋り付いてくる仔犬を振り払ったり無碍には出来ない。でも僕にだって、簡単に流される訳にはいかない理由がある。

「ディーノ、頼むよ。まだ人に見られるのは恥ずかしいんだ。その、わかるだろ? 僕らは身体を人に見せないよう、教育されているからさ」
「見なければいいの?」
「え?」
「見られるのが恥ずかしいなら、見ない。見ないから、触らせて」
 涼し気な目をしたイケメンが眉を困らせて懇願している。くっ、僕にこれを拒むのは難しい。僕って面食いだったのか?
 いやいやでも尻尾だよ? 惑わされちゃ駄目だって。

「こ、此処は外だしっ!」
「エミーリオ、周りを良く見て。此処には誰もいない」
「っ!」
 周りを見渡して息を呑んだ。黒い湖面が月明かりで銀色に輝いて、静かに小波が広がっている。枝を渡る風が遠く吹き抜けて、葉擦れの音が聴こえる。
 僕らは二人きりで、誰の邪魔も入らない。目の前では瞳に銀河を宿した少年が、じっと僕を見ている。

「頼むよ」
「………」
 僕は目をキュッと瞑るのが精一杯だった。
 大きな木の傍に立ったディーノに抱き寄せられ、後ろに回された手が僕のパジャマの中に入ってくる。

「少し、だから」
 緊張したように声を詰まらせながらそう言ったディーノの指が、丸い双丘を撫でながら中心に近付いてくる。
 僕の尻尾。小さくて、柔らかくて、和毛に包まれた敏感な突起。その天鵞絨のような毛並みをするりと撫でた。

「んあんっ!」
 潤んだ瞳で反射的に悲鳴を漏らしたら、唇を塞がれた。まだ覚悟が出来ていないのに、キュッと握られて、擦られると勝手に腰が揺れる。

「ビクビクしてる……」
「別の生き物みたいに言うな!」
「だって、俺の手の中で動くから……」
 ため息のような声でディーノが囁き、ゆっくりと尻尾を擦り続ける。

「も、やめて……」
 尻尾を触られていると本当に力が抜けて、僕はぐったりとディーノに寄り掛かった。

 (どうしよう。ムズムズするよう)
 僕は羊の獣人なのに、ニャアと鳴きそうで困惑してディーノを睨んだ。

「ディーノ。もう、触るのはやめて」
 僕の言葉に、ディーノは名残惜しそうに手を抜き、目尻に口付けた。

「触らせてくれて、ありがとう」
 なんだよ、それ。僕の方が年上なのに。
 ――その余裕の笑みが、ずるい。

「エミーリオ、これからも逢ってくれる?」
「……いいよ」
 不承不承に頷く。
 また尻尾を触られるかもしれないけれど、それでもまた会いたい。

「エミーリオ、俺の番」
 想いの籠もった呟きと熱い抱擁に、心臓が跳ねた。
 僕は無言でその温もりを受け止める。
 どうしようもなく胸が痛くて、僕はその激しさに戸惑うことしか出来なかった。
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