狼の婚約者 ―君の愛が、僕の呪いをほどくまで―

海野ことり

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⑫エミーリオの発情期

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 チュンチュンと小鳥の声で目が覚めた。これがかの有名な「朝チュン」ってやつか、と思ってすぐ否定する。
 違う違う、一緒に朝を迎えたわけでも、一線を越えたわけでもない。僕たちは夜中に出掛けて帰ってきただけだ。ちょっとキスをして、ちょっと口説かれて、ちょっと撫でられて――いや全然ちょっとじゃない!

 僕は昨夜の出来事を順に思い返した。
 銀色を帯びた長い黒髪、全身黒ずくめの忍者みたいな服。銀の光を宿す瞳には、中心にアイスブルーが走っていた。口は大きいのに唇は厚すぎず、どこか硬質な印象。
 なのに僕の唇を割り開いて、深く合わさって――喰われるみたいなキスをした。

 背は僕より頭一つ分高く、体つきはまだ少年らしいのに、僕を軽々と抱えて何十キロも走った。
 狼の耳や尻尾は見られなかったけど、仲良くなったら見せてくれるかもしれない。そう、瘤があるという“狼のアレ”も……。

「ちょっと待った! べ、別に狼のアレが見たいなんて思ってないんだからねっ!」

 僕にだって同じものは付いている。いや、同じとは言えない。形も色も、きっと全部違う。それに僕は“使う側”じゃなく“使われる側”で――。

「キャアァッ!」
 思わず悲鳴を上げ、枕をボスッボスッと叩いた。
 結婚したら閨事もあるとは思っていた。裸にもなるんだろうと。それが嫌でゴネたりもした。けれど、ふんわりした知識のまま深く考えたことはなく、瘤付きの陰茎で交尾すると聞いて怖気づいたのだ。
 しかもあいつは僕の尻尾を触った。誰にも見せたことのない小さな突起を、念入りに。
 自分で触っても気持ちいいのに、ディーノに触られると体がフニャフニャになって、ニャアと鳴きたくなってしまった。

(どうしよう……これからも会う約束をしちゃった)
 初めての親密な触れ合いに、胸がドキドキして痛い。これがときめき? でも、膨らみすぎて痛い――。

「イタタタタッ……!」
 シャツが擦れるだけで痛くて、そっとパジャマを開けた。
 乳輪のあたりで和毛が途切れ、薄いピンク色の肌が覗く。そこからぷるぷると立ち上がった乳首は小さいのにぷっくり膨らんでいて、まるで母猫のおっぱいみたいだった。
 僕が隠してきた“ヒミツ”が、さらに悪化している。

(絞ったらミルクが出そう)
 震える乳首を見て焦る。僕は羊の獣人であって、乳牛じゃない。多分。

(もしかして、下も……)
 喉が鳴り、視線が自然と股間に落ちた。
 僕の尻尾と同じくらい小さな陰茎。勃ったことなんてないし、包皮に守られて先っぽしか見えない。当分使う予定もなかったそこが、熱を帯びてムズムズしている。

(確認するだけ)
 そっとパジャマを下げる。

「ひっ!」
 ぷるんと飛び出してきたものに思わず声が出た。半勃ち。でも剥けてない。

「ぜ、前世ではちゃんと剥けてたし!」
 嘘。本当は少し皮が残ってた。でもサイズは普通だったはず。色もこんな桃みたいなピンクじゃなかった。

(桃……ってことは、剥けるのか?)
 無意識に指で皮を剥こうとして――即座に離した。

「いったぁい! なにこれ、ジンジンするぅ……!」
 僕のジュニアは、ちょっと触れただけで赤くなって腫れてしまった。
 これでは自慰で落ち着かせようにも、痛くて触れない。

(どうしよう……このままじゃ学校に行けない)
 焦っていたら、ドアをノックする音。

「ちょ、ちょっと待って!」
「今日は必ず起こすようにと頼まれておりましたので、シャツを持って参りました」
「頼んだかもしれないけど今は忘れて!」
「忘れてはいけないと、念を押されましたので」
 老執事はあっさり入ってきて、前を隠した僕を見て一瞬だけ驚いた表情を浮かべ、すぐに俯いて謝った。

「失礼いたしました。……発情期に入られたのですね」
「これが? 発情期?」
 僕は発情期が来たと聞いてぽかんとしてしまった。だって唐突にも程がある。

「エミーリオ様、本日は外出なさらぬよう。主治医を呼びます」
 学校どころではないらしい。確かにこの状態では仕方ない。
 僕は素直に診断を待つことにしたが――結果、何の処置もしてもらえなかった。

 ***

「基本的に発情期を抑えるという発想はありません。身体が欲することを無理に抑えるのはよくありません。ただし望まぬ行為を防ぐため、“折る薬”はあります」
「折る薬……?」
「ポキッと、立ち所に折れます」
 こっわ! めちゃくちゃ怖い! 僕は思わず自分の股間を押さえる。

「戻るとはいえ、エミーリオ様は使わない方が良いでしょう。怖い思いをすれば治まりますし」
 そう言って主治医が視線を落とすと、確かに僕の僕はシュンとしていた。
 よしよし、今の話が怖かったんだね。わかるよ。

「未成年の発情期は周囲の大人が手伝うものですが、エミーリオ様にご指南役はおられますか?」
「いません!」
 確かに両家の子女には閨の指南役がつくこともあるが、僕は可愛すぎるという理由で付けられなかった。ミイラ取りがミイラになるからだそうだ。その代わり、老執事が座学で教えてくれた。

「でしたらなるべく平穏に、心穏やかにお過ごし下さい」
「えっ、それだけ?」
「発情期がきたということは、番を迎える準備が整ったということです。喜ばしいことですが、ご婚約者様はまだ未成年。どちらかが成人していれば早期の番いも推奨されますが、今はお勧めできません」
 ああ、それなら知ってる。若すぎると視野が狭まり、番以外に興味がいかなくなってしまう。だから社会性やコミュニケーションスキルを身に着けてから相手を見つけるのが望ましいと教わった。
 ただ、法的には禁じられていない。

「興味本位で聞くんだけど、番以外との性行為は――」
「駄目です。おやめ下さい」
 にっこりと笑って釘を刺された。圧が強い。
 自由恋愛の国とはいえ、誰とでも寝ていいわけではない。
 でも僕は聖人じゃない。ディーノを思い出したら、きっとまた身体が熱くなる。

「あの……それでも、どうしてもしたくなったらどうしたらいいんですか? だって発情期って、そういうものでしょう?」
 確か、スプーンを見てもやりたくなるのが発情期だって教わった。

「性欲の強さは人それぞれです。戦闘訓練や食事などで紛らわすのが一般的です。他には自慰行為、ペットとのスキンシップなどでも代用が可能です」
 自慰行為の難しい僕に残されているのは、ペットとのスキンシップ……。

「ペットは、飼っていなくてもいいんですか?」
「飼っていないペット? ええ、近所の犬やカフェに飼われた猫などでも構いませんよ」
 それを聞いて僕はくふんと鼻を鳴らした。ディーノとえっちするのは怖いけど、獣化した彼とのスキンシップなら歓迎する。ブラッシングや添い寝をしたらきっと楽しい。でも――。

「あの、念の為に折れる薬を貰えますか?」
「ポキっと?」
「そう、ポキっと」
 別にディーノに使うつもりじゃないよ? ただいざという時の為、自衛の為だ。持っていても邪魔にはならない。

「わかりました。このペンを相手の体に押し当てると、薬が注入されます。いざという時はためらわずに使って下さい」
 こうして僕は、相手を一時的に戦闘不能に出来る"武器"を手に入れた。
 準備万端、ディーノを呼び出した。
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