狼の婚約者 ―君の愛が、僕の呪いをほどくまで―

海野ことり

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⑯フラミンゴ兄弟は情報通

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 ディーノは夜が明ける前に「仕事がある」と言って帰ってしまった。修行中の子供にどんな仕事があるのかと思ったけれど、彼はただの子供じゃない。オルシーニ家の次期当主だ。

 帰り際に『最近は物騒だから、エミーリオも気を付けるんだ』なんて言っていたけれど、何か事件でもあったのだろうか。オルシーニ家は街の治安維持にも関わっているから、きっと詳しい事情も知っているはずだ。
 僕は彼と結婚したからといって家業には関わらないだろうけど、こうして何かある度に置いていかれるのは――いや、置いていかれるって何だよ。別にずっと一緒にいたい訳じゃないし、朝まで隣にいて欲しかった訳でもない。忙しいんだから仕方ない。うん、仕方ない。

「……仕方ないけど、これは寂しいって」
 気づけば本音が漏れていた。

「だって夜中に来てくれて嬉しかったし! 感情表現がストレートで可愛いし、モフモフは癒されるし、温かくて安心するし。あんなの反則だよっ!」
 僕はしょっちゅう綺麗だ可愛いだと人から言われるけど、僕が誰かを“可愛い”と思うことはほとんどない。ミルコは可愛いけど弟のような存在だし、どうしてくれようかこの野郎! って地団駄を踏みたいような気持ちにはならない。
 ディーノだけだ。彼だけが、僕に新しい感情をくれる。

「……ハァ。寝よう」
 頭を振って息を吐く。少しでも眠らないと学校が辛い。
 でも目を閉じれば、思い浮かぶのは彼の黒髪とあの切ない瞳。

 求愛なんて初めてされて、心が昂っているのもある。前世も含めて、僕にここまで踏み込んできたのは彼が初めてだ。それに今生のディーノは獣人だから、何もかもが真っ直ぐで激しい。

「求愛も、ほんとにストレートで……」
 「好きだ……」と囁いた彼の低い声を思い出す。恐れと渇望が混じった、深く響く声。
 大きくて強そうなのに、僕を傷付けることを恐れて遠慮がちで。それに、一族に背負わされたものも重い。

 僕もまた、重たいものを抱えているからこそ、逃げたくはなかった。

「ディーノ……会いたい」
 別れたばかりなのに、胸がきゅっと締め付けられた。

 ***

 学校に着くと構内がざわついていて、僕は親衛隊のひとりを捕まえて訊ねた。
「ねえ、何かあったの?」
「て、天使っ!」
 ……面と向かって言うのはやめようね? 僕はもうすぐ成人する男性だからね。

「天使の御心を乱すようなことは何も――」 「そういうのいいから。騒いでる理由を教えて?」
 小首を傾げると親衛隊員は即座に喋りだした。倉庫街で大規模な摘発があり、直接ではないもののコルシカ家も関係していたためチェーザレとチェーリオは欠席。そして密輸に絡んで失踪事件が浮上し、学内の行方不明者はどれもチェーザレと親しかった――そんな話だった。

 馬鹿らしい。あの卒のないチェーザレが疑われるような真似をする訳がない。

「チェーザレが疑わしいって最初に言い出したのは誰?」
「え、誰ってことは……皆、ですけど……」 「その“皆”に君も入ってる?」
「僕は……彼ならやるかもって思ってるけど……」
「それは彼の家がアルコールを扱ってるから?」
「違います! 天使に近付いたからです!」
 ……僕のせいなの?

「彼は友達だよ。それより行方不明者の名前は?」
「えっと、それなら――」
 親衛隊君はちゃんと名前を把握していた。なかなか役に立つ男だ。

「ありがとう。助かったよ」
 僕はにこりと笑ってその場を離れた。
 行方不明者の中に僕の知り合いはいなかったし、特に気になる点もなかった。早く見つかって欲しいとは思うけど、僕に出来ることはなさそうだ。それよりも、学校が閉鎖にならないか心配だ。

「あっ、ミルコ。ミルコに気を付けるように言わなくちゃ!」
 心配性の兄たちが家にいるから大丈夫だと思うけど、念のため帰りにサンテス家に寄ることにした。

 ***

「エミーリオ! 何を出歩いているのさ! 君はチェーザレに目を付けられているんだから、危ないだろう!」
 ミルコの第一声に僕は軽く引く。

「ミルコ、君までチェーザレを疑うの? 彼がそんなことをするように見える?」
「チェーザレの仕業でなくても、彼の周りの獣人が狙われているのかもしれないだろうっ!」
 ……その可能性は考えていなかった。

「チェーザレに罪を擦り付けようとしている? それとも彼に執着したサイコパスの犯罪? 自分から目を逸らそうとしているだけ?」
 ブツブツと考え事を呟いたら、ミルコがもどかしそうに叫んだ。

「そんなのどうでもいいよ! とにかくっ、エミーリオはもっと気を付けなくちゃ! 犯人が捕まるまで家から一歩も出ないで、護衛も付けて――」
「落ち着いてよ。本当に僕の身が危ないなら、家に捜査員が来る筈だし。まだ事件と決まったわけでは――」
 僕が苦笑しながらそう言ったら、カルミネ兄さんたちが騒がしく入ってきた。

「失踪していた人が見つかったそうだよ」
「でも全員ではないし、まだ誰も意識が戻らない」
「意識が戻らない? それって何処情報?」
「僕らを応援してくれる紳士に聞いたのさ」
 はい出ました、兄さんたちの“謎の紳士”。
  僕は詮索せずに尋ねる。

「意識が戻らないって、怪我をしてるの?」
「いや、何処にも外傷はないし、原因となりそうな薬物も検出されなかったのに起きないのさ」
「それは――」
「冬眠状態に近いネ」
 僕たちは獣人とはいえ人なので、普通ならば冬眠をすることはない。けれども特定の状況下では、それに近い状態になることがある。例えば飢餓状態が続いて命が危険だとか、気温が低くて体温を保てないとかだと仕方がなく冬眠状態で凌ぐ。でもそれも一時的なもので、勿論いつまでも続く訳じゃない。

「環境を整えても目が覚めないの?」
「ああ。それで問題になってるんだよ」
 このまま目が覚めなければ衰弱死だ。きっと家族は気が気じゃないだろう。

「犯人は――犯人がいるとしてだけど、見つかってないの?」
「ないね。密輸犯は落ちている子どもたちを拾って保護しただけだなんて言ってるけど、怪しい。ただ、確かに冬眠状態にしたのは別の誰かだ」
「カルミネ兄さん、詳しいね」
「弟たちが巻き込まれていないか心配だったんだよ」
 許しておくれ、なんて流し目を送ってくるので不問にしておく。兄さんたちの得体が知れないのなんて昔からだし。

「こんな状況だから、お前たちも当分は家から出てはいけないよ」
「当分って、いつまで?」
「犯人が捕まるか、犯行が止むまで」
 あっ、これは逆らえないやつだ。付き合いの長い僕にはわかる。でも、同じくわかっている筈のミルコが逆らった。

「密輸犯が捕まってるなら、そこまでする必要はないだろう」
「ミルコ?」
 珍しく素の表情で目をパチクリとするルカ兄さんにミルコが更に言う。

「家から出ないなんて無理。僕にだって、付き合いがある」
 あぁぁ、ミルコ、それは拙い。この二人は君が自分たちの元からいなくなるのを何よりも恐れているのに、自分たちの知らない付き合いがあるなんて突き付けたりしたら地雷だよぅ。

「付き合い……。詳しく聞かせてくれるかい?」
「僕の付き合いに、兄さんの許可は必要ないだろっ!」
「ミルコ……どうしてそんな事を言うのかな? 僕はただ、ミルコのことを知りたいだけだよ? 邪険に扱われて、兄さんは淋しい」
 わざとらしく項垂れるルカ兄さんを見て、ミルコが済まなそうな顔をする。ミルコは外では割と辛辣なのに、身内にはとても甘い。多分、血が繋がっていないことを気にしているのだと思うけど、兄さんたちはそれすらも利用している。悪意はないから、僕も黙っているけどね。

「……ゴリラ」
「えっ?」
「ゴリラの集会にたまに顔を出しているんだ」
「ちょっと詳しく話して貰おうか」
「兄さんの膝においで」
 二人にとっ捕まったミルコを見て、僕はそーっとその場を抜け出した。ゴリラの集会というのは気になるけど、兄さんたちを敵に回してまで知りたくはない。

(ミルコ、頑張ってね!)
 僕は心の中で声援を送って幼馴染みをあっさりと見捨てた。
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