狼の婚約者 ―君の愛が、僕の呪いをほどくまで―

海野ことり

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㉑救出劇

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 黒いカラスを目印に走り続け、どうやら郊外に向かっていると気づいて巡回バスに飛び乗る。
 前世じゃ考えられないけど、身体能力の高い獣人たちは割りとよくしているし、ドアも常に開きっ放しだ。
 こうすれば、少し回り道になっても僕が走り続けるよりは早く着く。
 座席に座り、窓の外を見たらカラスの姿がない。
 てっきり付いてきてると思ったんだけど、きっと一足先に行ったんだよね?
 僕は見当外れじゃないことを祈りつつ、目的地で降りて辺りを見回した。

 草むらに消えたトロッコのレール、煉瓦の倉庫、放置され朽ちた木樽。
 木樽には、チェリーヒーリングの香りが染み付いている。

 ――チェーザレ。君ではないと、信じたかったよ。

 僕は煉瓦の壁の、消えかけたコルシカ家の紋章を見つめる。
 酒瓶を封入する蝋にも押されたマークだ。
 思わずグッと唇を噛み締めたら、ダンテが舞い降りてきて僕の肩に止まった。

「エミーリオ。覗けるような窓がいっこもないが、血の匂いがする。あんたはここで待ってろ」
「……行くよ。僕が迎えに行かなくちゃ」
 指先に力を入れてないと、震えて一歩も歩けそうにない。
 呼吸が浅くなって胸が苦しい。全身に噴き出した汗が気持ち悪い。
 けれどミルコの顔が頭に浮かび、僕は勇気を取り戻す。彼はたった一人の親友で、弟なんだ。
 僕はひとつ息を吐き、ダンテを見上げる。

「声は出すなよ」
 それだけ言うと、ダンテが僕を先導した。
 古い倉庫の扉には鍵さえ掛かっておらず、ぶら下がった蝶番は簡単に弾け飛んだ。
 埃臭い乾いた空気に混じる血の匂い。
 獣人は血の匂いも濃く野性的だ。

 目が慣れてきて、完全な暗闇ではないことに気づく。
 換気も必要だからだろう、どこからか微かに明かりが差し込んでいる。

(こっちだ)
 ダンテが身振りだけで示し、奥に進んだらポツンと置かれた椅子に座った人物と目が合う。
 吸い込まれそうな虚ろな瞳。見覚えのある、生きる気力を失った顔。でも彼は、まだ生きてる――。

「ミルコ!」
 僕はダンテの忠告も忘れ、椅子に縛り付けられたミルコに駆け寄る。
 ミルコが僕に気が付いた途端、両目から涙が溢れた。

「生きて……」
 僕を見るなり目に輝きが戻ってきたミルコが愛しくて、力いっぱい抱き締める。

「ミルコ、怪我はない? 痛い所はない?」
「……」
 ミルコは壊れた自動人形オートマータの様にただただ泣いた。
 まだ上手く頭が働いてないようだ。

「取り敢えずここを出よう。見張りはいないようだけど、犯人が戻って来るかもしれない」
「……あれは」
 ミルコが呟きながら視線を落とし、行方を追ったら何人もの人が倒れていることに気付いた。

「これはっ!」
 横たわった人たちの大きさはまちまちで、よく見えないけど誰一人ピクリともしない。

「――死んでるの?」
 声をひそめて尋ねたら、ミルコの眉間に苦しそうなしわが寄った。

「わからない。喚きながら互いに刺して――っ!」
 涙をぶわっと溢れさせ、興奮しだしたミルコを強く抱き寄せる。

「シーッ、ごめん。もう聞かないよ」
 落ち着かせようと髪を撫でる手に震えが伝わってきて、僕の心も震える。
 僕は手早くミルコの縄を解き、肩を貸して倉庫から脱出する。
 悪いけど他の人たちは後だ。まずはミルコを医者に見せないと。

「エミーリオ、急げ。追っ手がくる」
「っ!」
 ダンテに急かされ、グイッとミルコを担ぎ上げた。僕も獣人なので、こんな見た目でもそれなりに力はある。
 チラリと後ろを振り向いたら、倉庫の扉から紫の靄が蛇のように身をくねらせているのが見えた。

(あれに捕まったらまずい)
 直感でそう思い、慌てて足を動かす。
 僕はなんとか大きな通りに出て、車を捕まえ病院に乗り付けた。

 ***

「エミーリオ、ありがとう。よく弟を見つけてくれたね」
「ひとりで……怖かったろう?」
 口々に僕を労う兄さんたちに、僕は気が引けて目を合わせることが出来ない。

「きっと、ミルコは僕のせいで――」
「巻き込まれたことを気に病むのはおよし」
「悪いのは犯人で、君じゃない」
 慰めながら肩を抱きつむじに口付けてくれる兄さんたちは優しい。
 けれどやっぱり、僕のせいだ。

「ミルコに怪我はなかった。ただすぐには目を覚まさないだろうから、エミーリオもおうちにお帰り」
「そうだよ。君を慰めてくれる人はいるかい?」
 ルカ兄さんの言う『慰め』が身体で、という意味だとわかって僕はディーノを思い出す。
 あの身体に、ギュッと抱きしめられて『大丈夫だ任せろ』と口付けられたらきっと安心する。
 甘えて彼に身を任せてしまいたい。
 でも、僕はこの問題から目を逸らせるわけにはいかない。
 これは僕の問題で、これから生きていくために乗り越える必要があるんだ。

「兄さん、ミルコが目を覚ましたら教えて。僕はきっと、いつでも駆けつけるから」
「ああ。約束するよ」
 僕は護衛付きで家に送り届けられ、迎えた父と姉に無言で抱きしめられた。

「……ごめん」
 心配をかけたことを謝り、その日は小言もなくすぐに寝かされた。
 ベッドの中で目を閉じたまま、ダンテを呼ぶ。

「ぼうや、眠れないのかい?」
「紫の靄が強くなってた」
「……」
「あれは成長してる。糧はチェーザレの念だね?」
「……」
 返事はなかったけど間違いない。
 チェーザレの悪意、執着、妄想、未練――。
 そういったネガティブな感情が悪しき者に力を与えている。

「チェーリオは無事だろうか」
 僕は一緒にいるだろう双子の片割れが心配だった。
 それに、チェーザレのことも、もっと僕にできることがあったんじゃないか。
 立ち止まって考えれば分かったはずなのに、怖いだの逃げたいだのと言い訳して、彼自身をちゃんと見なかった。

「エミーリオ、今日はよく頑張った。だからもう眠れ」
 ダンテの言葉にふと気が緩み、涙が滲む。

「でもまだ何も――」
「明日だ」
 バサリと羽根で目元を覆われ、ふわふわとした感触に慰められる。
 明日、夜が明けたら。
 僕は文様がかすかに浮かぶ手首を握り込む。
 痛みが強くなれば、僕も強くなれる気がした。

(そんなのは思い込みだって分かっているのに、僕はどうしようもないな)
 ちょっと嗤って、ディーノを想う。
 会いたい。
 でもまだ、会えない――。

 持て余した感情に、胸の奥がざらつく。
 それが感傷なのか、弱さなのか、自分でも判別がつかないまま、まぶたが重くなっていった。
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