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㉒作戦会議
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次の日、僕はミルコに会えなかった。
思い出したように泣き出すミルコに僕を会わせられない。それはわかる。わかるけど、僕が彼の辛い記憶の一部になってしまうなんて、身を切られるように辛い。
(ううん、僕に辛いという資格はない。そう思ったら、お腹がギュッと冷たくなった)
彼は目を覚ましてから一言も喋らない。ただ涙を流し、人に触れられることを拒む。
僕が助けに来たのを覚えているかと聞いても、うんともすんとも言わない。目を逸らしているそうだ。
(やっぱりショックだ……)
僕はミルコを拘束し、あんな状態で放置したチェーザレたちにじわじわと憎しみが湧く。
彼らに対する後悔や同情が憎しみに変わりそうだ。
「あいつを呼ぼうか?」
「……呼ばない。ディーノは四、五日帰らないって言ったもの」
いつの間にか欄干に止まっていたダンテに反射的に言い返す。
「だけど人が死んでる」
「うん。前回は眠っているだけだからって甘く見てたけど、まだ誰も目を覚ましてない」
そこへきて、今回は殺し合った形跡がある。
あまり抵抗した跡はなくて、どうやら自殺願望のある人たちが互いに手をかけたらしい。
「つまり、目を覚まさない人たちもそういう願望があったんだろう。だから罪に問うのは難しい」
せいぜい自殺幇助ってところで、それだって証拠なんてないだろう。
「でも放置すりゃ犠牲は増える一方だぜ」
「わかってる」
チェーザレを罪に問うことは出来ないし、放って置くことも出来ない。僕に人を裁く資格なんてないけど、理由を知り止めることは出来るかもしれない。
ううん、止めなくちゃいけない。
「チェーザレに会う」
結論はそれしかない。
けれどダンテは羽根をバサバサと振って激しく反対した。
「ダメだ! あんたを取られたらディーノの負けだ」
「チェーザレは、僕のことも傷付けると思う?」
僕はちょっとだけ、チェーザレは僕には手を出さないだろうと高を括っていた。
でもダンテが宙に浮かび上がって、羽根を大きく広げて予言のように言った。
「奴には破滅願望がある。たから追い詰められたら短絡的に勝負から降りる。逃げ出す。実に弱っちくて愚かだ。愚かだけれど、巻き込まれた奴は笑えねえ」
「……それは前世の僕のことだね?」
「そうだ」
カラスはその閉じた目で全てを見通しているのか。
僕は追い詰められて死ぬことにしか救いを見出だせなくなった人に巻き込まれて死んだ。
チェーザレはそれを運命と呼び、今回も巻き込もうとしてる。
ううん、今回は自分の意志で僕を巻き添えに選んだ。
(なんて自分勝手な)
僕の中に怒りが湧き、亡くなった時の痛みが鋭く胸に走る。僕はまだ生きたかった。生きている途中だった!
頭の中で靄みたいなものがグルグルと回り、口が開いた。
「理不尽だ」
「あんたは前世からその怒りを持ち越してきたんだな」
「怒り……」
そうか。僕はずっと、怒ってたんだ。
それが、僕が感じていた違和感の正体。
この世界に馴染めない理由。
「チェーザレに会う。僕にはその資格がある」
彼を責め詰り断罪する資格が僕にはある。
世界中で僕だけが、彼を許せないと言い憎む資格がある。
それに、元凶に会ってこの怒りをどうにかしないと、僕は次に進めない。
この世界で生きていくために必要なんだ。
「その場にディーノはいちゃ駄目か?」
「ごめん」
誰だって恋人にキーッ! となってる顔なんて見られたくないだろ?
僕だって好きな人には可愛いと思って欲しいもの。
「俺はあんたしか守れないぞ?」
「えっ? どういうこと?」
「他は責任が持てねえ」
突き放した言葉に胸の奥が重くなる。
何を、どこまで、守れないって言ってるんだろう。
僕は狼狽して、おろおろと視線を彷徨わせた。
「それにあんたに頼ってもらえなかったら、きっとあいつは寂しがる」
「……ズルイよ」
それを言われたら僕も弱い。
「でも、チェーザレはディーノを嫌ってるし――」
言っておくけど、ディーノを侮辱したことは忘れてないからね! 獣のなりそこないだなんて、口にするのも穢らわしい言葉だ。
「そいつがディーノを嫌いなのは、あんたばかりが原因じゃねえ。獣の王って存在が腹立たしいんだ」
「どうして?」
「獣性を憎んでるからだ」
「だって、自分は大型犬の獣人だって――」
チェーザレが獣性を憎む理由を追っているうちに、頭の奥で何かがパチッと弾けた。
もしかして、前世を思い出したせいで今の自分を受け入れられなくなった?
本当は大型獣人に憧れる血統に少しコンプレックスのある少年だったのに、獣性を見下す感性が持ち込まれて混乱してる? そこを悪しき者につけ込まれた?
辿りついた仮説は、あまりにも都合が良すぎるのに、それでも一度浮かぶと頭から離れない。
だって、なら話は簡単じゃないか。
「……チェーザレから、前世の記憶をなくせばいい」
口に出した瞬間、自分の声がやけに冷たく響いた。
ぞっとしたのは、その“冷たさ”が心地よかったからだ。
――翠色の光を受けて、カーテンが膨らんだ。
パタンと落ちた写真立ての音が、陶酔から僕を覚ます。
母の微笑む顔が、床に伏せたままこちらを見ていた。
僕は何を考えてるんだ。
傲慢だ。最低だ。
口の中がひどく苦い。まるで砂を噛んだみたいにジャリジャリする。
「ごめん。今のは忘れて」
背中をダンテがよじ登ってきて、僕の巻き毛をそっと引っ張る。
そのささやかな温度に、情けなさがじわりと滲んだ。
「一刻だ」
「え?」
「時間を稼げんのは一刻だけ。それ以上はあいつが許さねえ」
つまりそれって、チェーザレと二人で話し合う時間をくれるってこと?
「ダンテ……」
「無茶はすんなよ。俺はまだ消されたくねえ」
そうか。ダンテはディーノの使い魔だっけ。
つい友達みたいな気がしてたけど、消えることもあるのか。
「消えちゃ、やだよ」
情けない顔で抱きしめたら、ケタケタと笑った。
「ぼうやを残して消えねえよ。ほら、覚悟が決まってんなら早く支度しな」
支度と言っても特にすることはない。
あ、でも、アレだけ持って行こう。
前世を知る人に会えたら渡したいと思っていた思い出袋。
渡せるかわからないけど、一応ね。
「エミーリオ、遊びに行くんじゃないからな」
ダンテの言葉に、僕は首をすくめた。
思い出したように泣き出すミルコに僕を会わせられない。それはわかる。わかるけど、僕が彼の辛い記憶の一部になってしまうなんて、身を切られるように辛い。
(ううん、僕に辛いという資格はない。そう思ったら、お腹がギュッと冷たくなった)
彼は目を覚ましてから一言も喋らない。ただ涙を流し、人に触れられることを拒む。
僕が助けに来たのを覚えているかと聞いても、うんともすんとも言わない。目を逸らしているそうだ。
(やっぱりショックだ……)
僕はミルコを拘束し、あんな状態で放置したチェーザレたちにじわじわと憎しみが湧く。
彼らに対する後悔や同情が憎しみに変わりそうだ。
「あいつを呼ぼうか?」
「……呼ばない。ディーノは四、五日帰らないって言ったもの」
いつの間にか欄干に止まっていたダンテに反射的に言い返す。
「だけど人が死んでる」
「うん。前回は眠っているだけだからって甘く見てたけど、まだ誰も目を覚ましてない」
そこへきて、今回は殺し合った形跡がある。
あまり抵抗した跡はなくて、どうやら自殺願望のある人たちが互いに手をかけたらしい。
「つまり、目を覚まさない人たちもそういう願望があったんだろう。だから罪に問うのは難しい」
せいぜい自殺幇助ってところで、それだって証拠なんてないだろう。
「でも放置すりゃ犠牲は増える一方だぜ」
「わかってる」
チェーザレを罪に問うことは出来ないし、放って置くことも出来ない。僕に人を裁く資格なんてないけど、理由を知り止めることは出来るかもしれない。
ううん、止めなくちゃいけない。
「チェーザレに会う」
結論はそれしかない。
けれどダンテは羽根をバサバサと振って激しく反対した。
「ダメだ! あんたを取られたらディーノの負けだ」
「チェーザレは、僕のことも傷付けると思う?」
僕はちょっとだけ、チェーザレは僕には手を出さないだろうと高を括っていた。
でもダンテが宙に浮かび上がって、羽根を大きく広げて予言のように言った。
「奴には破滅願望がある。たから追い詰められたら短絡的に勝負から降りる。逃げ出す。実に弱っちくて愚かだ。愚かだけれど、巻き込まれた奴は笑えねえ」
「……それは前世の僕のことだね?」
「そうだ」
カラスはその閉じた目で全てを見通しているのか。
僕は追い詰められて死ぬことにしか救いを見出だせなくなった人に巻き込まれて死んだ。
チェーザレはそれを運命と呼び、今回も巻き込もうとしてる。
ううん、今回は自分の意志で僕を巻き添えに選んだ。
(なんて自分勝手な)
僕の中に怒りが湧き、亡くなった時の痛みが鋭く胸に走る。僕はまだ生きたかった。生きている途中だった!
頭の中で靄みたいなものがグルグルと回り、口が開いた。
「理不尽だ」
「あんたは前世からその怒りを持ち越してきたんだな」
「怒り……」
そうか。僕はずっと、怒ってたんだ。
それが、僕が感じていた違和感の正体。
この世界に馴染めない理由。
「チェーザレに会う。僕にはその資格がある」
彼を責め詰り断罪する資格が僕にはある。
世界中で僕だけが、彼を許せないと言い憎む資格がある。
それに、元凶に会ってこの怒りをどうにかしないと、僕は次に進めない。
この世界で生きていくために必要なんだ。
「その場にディーノはいちゃ駄目か?」
「ごめん」
誰だって恋人にキーッ! となってる顔なんて見られたくないだろ?
僕だって好きな人には可愛いと思って欲しいもの。
「俺はあんたしか守れないぞ?」
「えっ? どういうこと?」
「他は責任が持てねえ」
突き放した言葉に胸の奥が重くなる。
何を、どこまで、守れないって言ってるんだろう。
僕は狼狽して、おろおろと視線を彷徨わせた。
「それにあんたに頼ってもらえなかったら、きっとあいつは寂しがる」
「……ズルイよ」
それを言われたら僕も弱い。
「でも、チェーザレはディーノを嫌ってるし――」
言っておくけど、ディーノを侮辱したことは忘れてないからね! 獣のなりそこないだなんて、口にするのも穢らわしい言葉だ。
「そいつがディーノを嫌いなのは、あんたばかりが原因じゃねえ。獣の王って存在が腹立たしいんだ」
「どうして?」
「獣性を憎んでるからだ」
「だって、自分は大型犬の獣人だって――」
チェーザレが獣性を憎む理由を追っているうちに、頭の奥で何かがパチッと弾けた。
もしかして、前世を思い出したせいで今の自分を受け入れられなくなった?
本当は大型獣人に憧れる血統に少しコンプレックスのある少年だったのに、獣性を見下す感性が持ち込まれて混乱してる? そこを悪しき者につけ込まれた?
辿りついた仮説は、あまりにも都合が良すぎるのに、それでも一度浮かぶと頭から離れない。
だって、なら話は簡単じゃないか。
「……チェーザレから、前世の記憶をなくせばいい」
口に出した瞬間、自分の声がやけに冷たく響いた。
ぞっとしたのは、その“冷たさ”が心地よかったからだ。
――翠色の光を受けて、カーテンが膨らんだ。
パタンと落ちた写真立ての音が、陶酔から僕を覚ます。
母の微笑む顔が、床に伏せたままこちらを見ていた。
僕は何を考えてるんだ。
傲慢だ。最低だ。
口の中がひどく苦い。まるで砂を噛んだみたいにジャリジャリする。
「ごめん。今のは忘れて」
背中をダンテがよじ登ってきて、僕の巻き毛をそっと引っ張る。
そのささやかな温度に、情けなさがじわりと滲んだ。
「一刻だ」
「え?」
「時間を稼げんのは一刻だけ。それ以上はあいつが許さねえ」
つまりそれって、チェーザレと二人で話し合う時間をくれるってこと?
「ダンテ……」
「無茶はすんなよ。俺はまだ消されたくねえ」
そうか。ダンテはディーノの使い魔だっけ。
つい友達みたいな気がしてたけど、消えることもあるのか。
「消えちゃ、やだよ」
情けない顔で抱きしめたら、ケタケタと笑った。
「ぼうやを残して消えねえよ。ほら、覚悟が決まってんなら早く支度しな」
支度と言っても特にすることはない。
あ、でも、アレだけ持って行こう。
前世を知る人に会えたら渡したいと思っていた思い出袋。
渡せるかわからないけど、一応ね。
「エミーリオ、遊びに行くんじゃないからな」
ダンテの言葉に、僕は首をすくめた。
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