狼の婚約者 ―君の愛が、僕の呪いをほどくまで―

海野ことり

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㉔切り裂く光

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 柔らかな、薄ぼんやりとした光に包まれている。
 白くて何も無い世界は平坦で、ここには憂いも恐怖もない。
 母の胎内のように、魂のゆりかごのように心地好い。
 けれど遠くから響く不快なノイズが、僕の眠りを妨げる。

「同じ顔で魂の色も一緒。お前ら、二つに分かれたな?」
 ダンテが叱責するように言い、二つの人型がゆらゆらと揺れる。
 ――同じ魂……そうか。双子はどっちも先生なのか。でも先生って、双子って誰だっけ?
 僕が何も考えなくても、遠くの方で話は進む。

「そう、僕らは同じ命だから、彼を見放すことは出来ない」
「双子だからって言っただろう!」
 淡い紫色と、濃すぎて真っ黒に見える二つの影が、互いの言葉を押し返すように揺れる。
 その声には苛立ちだけでなく、どこかすれ違った焦燥が混じっていた。

「だって兄さん、気付いてなかったじゃないか」
 チェーリオは必死に腕を伸ばし、黒い影に触れんばかりに距離を縮める。

「僕は……守りたいんだ、兄さんを」
 その言葉に黒い影が一瞬、止まった。
 僕もつられたように息を呑む。

「チェーリオが俺の良心だなんて思うなよ!」
 黒い方は声を荒げたが、その目には戸惑いが見られる。

「……こんな筈じゃ、なかったんだ」
 言葉を濁すその声に、チェーリオは胸を押さえたまま、決定権は兄にあるとばかりに見つめる。
 そんな二人を、ダンテはまとめて切り捨てた。

「両極端に走っちゃいるが、お前らがやってることは同じだろ。どっちもエミーリオを傷つけてる」
「違う! 僕はエミーリオを守ろうと――」
「違う! 俺はエミーリオを愛そうと――」
「どっちも、ひとりよがりだぜ」
 ぶわっと濃い闇が押し寄せてきて、なんとなく嫌な感じがして避けようと身を縮めたら壁にぶつかった。
 あれ? この中って繭になってる?
 狭いけど柔らかくて暖かいや。
 僕はふくふくとその場に丸くなって目を閉じる。
 外のことなんて気にせず眠ればいい。
 ここは安全で心地好いもの。
 そう僕が全てのものから背を向けようとしたら、爆発するみたいに光が溢れて部屋が揺れた。その暴力的な光に、僕は思わず目を開いた。

 ***

「相棒! おせえ!」
「エミーリオはっ!」
「そこで加護の網に包まって眠らされてる」
「エミーリオッ!」
 どこかに引っ掛けたようにギザギザに裂けた耳、血を流しながら光る獣の瞳、咆哮を上げた狼の口。
 荒れた獣が興奮のまま繭に手を掛けようとして、身悶えるように自分の手足を掻き毟って堪えた。

「ディーノッ! 結界を破ったらお前もエミーリオも――」
「わかってる!」
 苛立たしげに吠えた狼獣人が身体を大きく膨らませて後ろを振り向く。

「どっちだ。どっちがエミーリオを眠らせた!」
 ディーノの恫喝に、チェーリオが震えながらも兄を庇い前に出る。

「……僕を殺しても眠りは覚めない」
「ならばそっちを喰い殺す!」
 狼が荒れ狂うように唸り、爪を振るったがチェーザレは倒れない。彼を庇うチェーリオを押しのけ、血塗れになりながら哄笑する。

「醜い獣め! さあ俺を殺すがいい! 俺は愛するものと共に逝くが貴様は独りだ!」
 ぴたりとディーノが動きを止め、震える身体から血が溢れ出す。
 まるでナイフだ。心ない言葉はどれほど彼を傷つけてきただろう。
 傷だらけの大きな背中が小さく見えて、僕の目から涙がこぼれた。

 やめて、待って、いかないで。
 君はひとりじゃない。僕がいる。
 僕が、いかなくちゃ。

 眠りから覚め、そこから出るのは身を切るように辛かった。
 僕は柔らかな繭に手を掛け、まるで自分の皮膚を剥ぐような痛みを感じながら引き裂く。
 溢れ出す外の光景が突き刺さる。
 現実は痛く苦しい。それでも僕は一歩を踏み出し、怒りに膨れ上がったディーノの背中に抱きつく。
 触れた途端、ディーノの身体が怖がるように固まったのを感じ、愛しさが増す。

「まったく君は、僕がいなくちゃ駄目だな」
「……エミーリオッ!」
 振り向いたディーノの目は子犬のように濡れていて、僕は泣き笑いの表情で彼に顔を擦り付ける。

「好きだよ。愛してる。僕と一緒に生きてくれないか?」
「っ!」
 ディーノは空を仰いで雄叫びをあげた。

(ディーノ、ディーノ、僕の番。強くて悲しくて、とびきり優しい獣の王)

「ディーノ……」
 僕がほんのひとときの甘さに酔っていたら、小さな悪態と共にバシャッと濡れ雑巾が叩きつけられるような音がした。

「クッ!」
 ディーノが小さく呻き、血を吐く。
 急にどうしてと慌てる僕の目に、地面に横たわる小さな身体が映る。まるで少年のような、頼りない姿。まさかあれがふてぶてしい烏だなんて、信じられない。
 キンと耳鳴りがして現実が遠くなる。いやだ。
 ――早く起き上がって、冗談だって言ってよ!

「ダンテ!」
 でも彼は、名前を呼んでもピクリともしなかった。

「エミーリオ、近寄るな!」
「ダンテ! ダンテ!」
 僕はディーノに担ぎ上げられ、無理矢理にその場から引き離される。
 動かないダンテに紫の靄が覆いかぶさるのを見て、喉が裂けるほどに叫んだ。

「ダンテッ!」
 小さくなるその姿が紫に埋もれて見えなくなる。
 ダンテ、ダンテ、どうしてっ!
 僕はディーノの肩の上で、拳を固く握りしめた。

 絶対に許さない。
 僕の胸に、強い焔が灯った。
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