狼の婚約者 ―君の愛が、僕の呪いをほどくまで―

海野ことり

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㉕オルシーニ家への訪問

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 ゼルダ師匠のところで、ディーノ共々野天風呂にぶち込まれた。
 落ち葉を頭にくっつけたまま、僕は抗議した。

「ちょ、温泉なんて入ってる場合じゃないよ! ダンテを助けに行かなくちゃ!」
「少し落ち着きな。まったく、あんたがこんなに懐くなんてね」
 ゼルダさんに溜め息を吐かれ、僕は益々ムキになって言い返す。

「だって、不安な時、側にいてくれたんだ。僕は彼のお陰で一人じゃなかったから――あっ、ごめん。そうしたらディーノは寂しかったね」
 僕の代わりにディーノを一人にしてしまった、と気付いて慌てて謝る。

「気にしなくていい。元々あまり一緒にはいない」
「そうなの?」
「ずっと偵察に行かせてる」
「そうなんだ、それならよかった……って、どうしてそっちを向いてるのさ」
 大きな身体で体育座りをして僕に背を向けるディーノを咎める。
 どのくらいの怪我か確認したいのに、頑なにこちらを見ようとしない。随分と他人行儀だ。

「あんたは、人に肌を見せないって言った」
「え? それは言ったけど――」
 でもお風呂だし、湯着代わりの下着も着てるから気にすることはないのに。
 そう言ったら「エミーリオが眩しくて、直視できない」と答えた。

 ――今まで遠慮なんてなかった癖に。今さら、何を気にしてるんだよ。
 彼の態度がもどかしくて身を捩ったら、ゼルダさんが割って入った。

「ぼうや、小僧と一緒にオルシーニ家に行きな」
「えっ? でもダンテの救出を――」
「あんたの気持ちはわかるが、敵は再び潜伏したろうからね。こっちも態勢を立て直した方がいい」
 態勢を立て直すって、この件で動いている人たちがいるってこと? それと合流して一緒に当たれって?

「でも僕は部外者だから……」
 僕はディーノの婚約者だし、事件の中核にいるけれど、狼獣人から見たら余所者だ。それに羊の獣人は荒事の役に立たないし、腰が引けてしまう。でも、ゼルダさんは気にした風もなく言う。

「行けばわかるさ」
 そう言って、ゼルダさんは容赦なく僕らを追い出した。
 すっかり人型を取り戻したディーノは相変わらずのイケメンで、僕は柄にもなく緊張している。

 ――つい気持ちが盛り上がって、好きとか愛してるとか言っちゃったけど、ディーノはどう思ってるのかな。
 もっと喜んでくれると思ったのに、意外と落ち着いていて拍子抜けだ。
 あの時は世界中に感動を伝えていた気がしたんだけど、と僕はディーノが吠えたのを思い出す。

「エミーリオ、痛いところはないか? 強制的に眠らされて、身体に違和感はない?」
「あれは眠ってたわけじゃないんだ。現実から切り離されてた」
「眠ってない……」
 ぼそりと呟いて考え込むディーノの気持ちを和らげようと、僕はわざと軽い口調で話す。

「この世に未練がないとか、辛くて逃げ出したいと思っている人は、自力で戻って来るのが難しいかもね」
 僕もディーノの傷付く姿を見なければ、目が覚めなかったかもしれない。
 そのくらい、繭の中は心地好かった。

「良い夢を見たまま逝ける? でもそれは自然死なんかじゃない。誰かが“そうなるように”仕組んでる」
 仕組まれた罠――そう思うと、狡猾さに胸がザラリとする。
 あの二人に、あんな陰湿な計画が立てられるとは思えない。
 そんなの、絶対にあの二人が考えたことじゃない!
 僕は勢い込んでディーノに話しかけた。

「あのね、二人は悪い大人に利用されて、そこを悪しき者につけ込まれたってことは――」
「だとしても、罪が消えるわけじゃない。あんたはチェーリオに眠らされたんだぞ」
「……うん」
 でも、チェーリオに僕やミルコを傷付ける意図はなかったと思うんだ。

「悪意はなくても、したことは消えない」
 落ち着いた声で諭され、遣る瀬無さに俯いた。
 そんな僕をディーノが不器用に慰めてくれる。

「あんたは気持ちが強いから、他人に優しい」
「僕は甘いんだって、よく姉に言われる」
『甘ちゃんは舐められるわよ』と姉に言われて、そんなことはないと言い返したけれど、そんなことあるのかも。
 それに前世からの因縁を考えたら、むしろ巻き込んだのはチェーザレたちだ。彼らが被害者だと言うのはやはり無理があるか。

「あっ! チェーザレとチェーリオは元は同じ魂だって、分かれたって言ってたよ」
 あの時はぼんやりしてたから聞き流しちゃったけど、チェーリオにも前世の記憶があると知ってびっくりだ。

「確かに、余りにも辛い記憶や、異質な人格は分離することがあるって、一族の言い伝えにも話が残ってる」
「だったら、"辛い記憶"を引き受けた方は貧乏くじじゃない?」
 僕はちょっとだけ、前世の記憶に囚われたチェーザレに同情する。
 僕を運命だと言うのは、彼にはそれしかないからなんじゃないの? 過去に囚われて、前が見えない。未来を想像できない。

 ――それは可哀想なんじゃない?
 ディーノから視線を逸らした途端、身体ごと強く引き寄せられた。そしてそのままギュッと抱きしめられる。

「駄目だ」
「えっ?」
「エミーリオは、俺以外に同情しては駄目だ! 俺の前で……他の男を想うな!」
 予想外に強い口調に焦っていたら、ちょうど良くオルシーニ家に着いた。
 僕はディーノの腕をそっと振りほどき、彼の後ろから恐る恐る邸内に足を踏み入れたら一斉に跪かれて仰け反る。

 ――ふぁっ!? な、なに?
 さっきまで枯れ葉の浮いた野湯に浸かっていたのに、今はまるで一族の王みたいな扱いで、その落差に戸惑う。

「次期さま、番さま。この度はおめでとうございます!」
「「「おめでとうございます!」」」
 一斉に唱和されて面喰らう。
 でもディーノは当たり前みたいに頷いてる。
 こいつにはこの状況が読めてたのか?

「番さま、お食事の用意をしてございます」
「それとも先にお着替えをなさいますか?」
「次期さまと離れたくないなら、カウチを用意いたします」
 執事やメイドに次々と声をかけられ、にこやかに対応されて戸惑う。
 彼らは本当に僕を歓迎しているように見える。
 単なる婚約者なのに、どうして?

「ディーノ、どういうことか説明してよ」
 背伸びしてコソコソと囁いたら、スリっと頬を擦り付けられた。
 もうっ! 可愛いけどそんな場合じゃない!
 僕はちゃんと理由を聞きたいのに、周りがこぞって囃し立てる。
 祝福ムードに酔っているのか、ディーノの僕を見つめる瞳は甘く熱を放っている。

 ――誰か説明してよ!
 僕はディーノの腕の中で頬を膨らませた。
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