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㉘少年時代の終わり
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右の目は、これまで通り新緑に輝いている。
でも左目はまるで闇を集めたみたいに黒くて、普通にしていると何も見えない。
「エミーリオ、大丈夫か」
距離感が掴めなくて段差に躓いた僕を、ディーノが腕を取って支えてくれる。
「ありがとう」
この狼はとても過保護で、僕がよちよち歩きの赤ん坊にでも見えるらしい。
「慣れるまで、いっそ眼帯を付けようかな。目を塞いでも、見ようと思えば見れるんだし」
そう、普通にしていたら見えないけど、意識を凝らすと物の形が見えてくる。
それは普通に目で見るのとは違って、少し影が薄い幽霊みたいに見えて、目を閉じても暗闇でも見える。
――ダンテもこんな風に見えていたのかな?
そう想像してみるけど、確かめることは出来ない。
彼は僕の中で眠っている。
「やはり、気になるか」
そう言って落ち込むディーノを見て、彼が誤解していると気付いて慌てて弁解する。
「見た目を気にしてるんじゃないよ! 僕は目の色が左右違ってもどうも思わない」
確かに僕の見た目は著しく損なわれたらしいけど、自分では全く気にならない。
ただ僕の変貌を見て姉さんが倒れてしまったり、父上が絶句したのでディーノがとても気にしている。
別に彼の所為じゃないのに。
「あの時、この身体から魂が溢れそうになって、抑えてくれたダンテには感謝しかない。彼と会えなくなったのは寂しいけど、いつか目を覚ますって信じてる」
「ああ」
ディーノは頷きながら、せっせと僕の髪を直している。これもやめろと言っても聞かない。僕は人形じゃないのに。
だからつい皮肉の一つも言ってしまう。
「君の方こそ、僕が可愛くなくなってガッカリしてるんじゃない?」
実のところ、それだけが心配だった。
彼がそう簡単に心変わりをするとは思わないけど、僕が婚約者に選ばれたのは可愛いからだと聞いているし。
「……? あんたは可愛いが?」
不思議そうに呟かれて頬が熱くなる。
僕は照れ隠しに早口で言う。
「だってさっき、やっぱり気になるかって――」
「黒は忌まれる色だ。それに俺の力があんたの負担になって、嫌われたくない」
……バカだな。僕が他の人と同じように君の力を恐れるだろうって?
こんな禍々しい見た目になって、君を恨むって?
ディーノは本当にわかってない。
「僕は狼に完全変態した君の姿を格好良いと思ってるんだよ? 興奮して耳とか牙が出ちゃってるのも可愛いし、我を忘れた君を見ると遣る瀬無くて抱きしめたくなる」
「まさか……」
「好きだよ」
僕はあの時もちゃんと言ったんだけどな。
君を恐れていない、愛してるって。
「……本当か?」
「信じてくれないの?」
顔を覗き込んたら抱きすくめられた。
簡単に信じられないのは仕方がない。
こうなったら長期戦だ。
「眼帯を選ぶの、付き合ってね」
「あんたに似合うのを特注で作らせる」
「そんな時間はないんじゃない?」
おそらく、襲撃が不発に終わってチェーザレたちは追い詰められている。
次に何を仕出かすか見当がつかない。
「あの二人は一族にも切られた。間もなく捕まるだろう」
「でも見つかっていないんでしょう? あれだけ大きく育った紫の靄が、全部消えたとは思えない。ねえ、嫌な予感がするんだよ」
「……」
ただの杞憂ならばいい。でも腹の底から不安がふつふつと湧き上がってくるんだ。
チェーザレの恨みの念は何処へいった?
チェーリオはどうしている?
他にも、何か見落としている気がしてならない。
「エミーリオ、あまり心配するな。新しい力がまだ身体に馴染んでないんだ。少し横になれ」
「そう言われて、昨日も夕方まで寝てしまったんだけど」
狼になったディーノに寝かしつけられ、僕はスヤスヤと眠ってしまい、夕食前に目を覚ました。
ルイージたちに、ディーノは夜も寝ないで活動しているから、彼に休息をとらせる為に協力してくれと言われて逆らえなかったのもある。
――本当は、眠るのはちょっとだけ怖い。目を閉じたら、この世界から滑り落ちてしまいそうで。
「彼らは人を集めて、眠らせて、いったい何がしたいんだろう?」
正直に言って、目的が見えない。
人を昏睡させたからって、チェーザレたちに益はない。
「わからない。だが、それは殺人と同じことだ」
「……うん」
どんな理由があったとしても許されることじゃない。
それでもどうして? って、僕は考えてしまうんだ。
僕が答えの出ない迷路に嵌っていたら、ディーノに抱き上げられてしまった。
「そんなに唸ったら頭が痛くなる」
「平気だよ」
上から見下ろすディーノの顔は精悍で、整っている。
大人になりかけの顔を見ていたら、少し寂しくなった。
僕も、彼も、少年時代を終えようとしている。
「ディーノ、君が成人したら、結婚しよう」
「待てない」
僕を見つめる瞳が色を帯びるのを見て、胸が甘く疼く。
「成人前に番ったら、君しか見えなくなる」
「今さら。俺にはもうずっと、あんたしか見えない」
「次期長なのに」
「役目は果たす」
もう黙れとばかりに口を塞がれて、久し振りのキスに背中がゾクゾクと震えた。
少し怖くて、でも気持ちよくて甘美で、もっと深く交わりたい。
「んっ……ディ、ノ……」
夢中で口付けていたら、バタバタと騒々しい足音が近付いてきて、安息の終わりを告げる。
「次期さま、湖が! 湖が人を呑み込んでいます!」
「どこの湖だ」
「コモ湖です!」
それはよりにもよって、この地方で一番ロマンチックで訪れる人の多い湖だった。単語
でも左目はまるで闇を集めたみたいに黒くて、普通にしていると何も見えない。
「エミーリオ、大丈夫か」
距離感が掴めなくて段差に躓いた僕を、ディーノが腕を取って支えてくれる。
「ありがとう」
この狼はとても過保護で、僕がよちよち歩きの赤ん坊にでも見えるらしい。
「慣れるまで、いっそ眼帯を付けようかな。目を塞いでも、見ようと思えば見れるんだし」
そう、普通にしていたら見えないけど、意識を凝らすと物の形が見えてくる。
それは普通に目で見るのとは違って、少し影が薄い幽霊みたいに見えて、目を閉じても暗闇でも見える。
――ダンテもこんな風に見えていたのかな?
そう想像してみるけど、確かめることは出来ない。
彼は僕の中で眠っている。
「やはり、気になるか」
そう言って落ち込むディーノを見て、彼が誤解していると気付いて慌てて弁解する。
「見た目を気にしてるんじゃないよ! 僕は目の色が左右違ってもどうも思わない」
確かに僕の見た目は著しく損なわれたらしいけど、自分では全く気にならない。
ただ僕の変貌を見て姉さんが倒れてしまったり、父上が絶句したのでディーノがとても気にしている。
別に彼の所為じゃないのに。
「あの時、この身体から魂が溢れそうになって、抑えてくれたダンテには感謝しかない。彼と会えなくなったのは寂しいけど、いつか目を覚ますって信じてる」
「ああ」
ディーノは頷きながら、せっせと僕の髪を直している。これもやめろと言っても聞かない。僕は人形じゃないのに。
だからつい皮肉の一つも言ってしまう。
「君の方こそ、僕が可愛くなくなってガッカリしてるんじゃない?」
実のところ、それだけが心配だった。
彼がそう簡単に心変わりをするとは思わないけど、僕が婚約者に選ばれたのは可愛いからだと聞いているし。
「……? あんたは可愛いが?」
不思議そうに呟かれて頬が熱くなる。
僕は照れ隠しに早口で言う。
「だってさっき、やっぱり気になるかって――」
「黒は忌まれる色だ。それに俺の力があんたの負担になって、嫌われたくない」
……バカだな。僕が他の人と同じように君の力を恐れるだろうって?
こんな禍々しい見た目になって、君を恨むって?
ディーノは本当にわかってない。
「僕は狼に完全変態した君の姿を格好良いと思ってるんだよ? 興奮して耳とか牙が出ちゃってるのも可愛いし、我を忘れた君を見ると遣る瀬無くて抱きしめたくなる」
「まさか……」
「好きだよ」
僕はあの時もちゃんと言ったんだけどな。
君を恐れていない、愛してるって。
「……本当か?」
「信じてくれないの?」
顔を覗き込んたら抱きすくめられた。
簡単に信じられないのは仕方がない。
こうなったら長期戦だ。
「眼帯を選ぶの、付き合ってね」
「あんたに似合うのを特注で作らせる」
「そんな時間はないんじゃない?」
おそらく、襲撃が不発に終わってチェーザレたちは追い詰められている。
次に何を仕出かすか見当がつかない。
「あの二人は一族にも切られた。間もなく捕まるだろう」
「でも見つかっていないんでしょう? あれだけ大きく育った紫の靄が、全部消えたとは思えない。ねえ、嫌な予感がするんだよ」
「……」
ただの杞憂ならばいい。でも腹の底から不安がふつふつと湧き上がってくるんだ。
チェーザレの恨みの念は何処へいった?
チェーリオはどうしている?
他にも、何か見落としている気がしてならない。
「エミーリオ、あまり心配するな。新しい力がまだ身体に馴染んでないんだ。少し横になれ」
「そう言われて、昨日も夕方まで寝てしまったんだけど」
狼になったディーノに寝かしつけられ、僕はスヤスヤと眠ってしまい、夕食前に目を覚ました。
ルイージたちに、ディーノは夜も寝ないで活動しているから、彼に休息をとらせる為に協力してくれと言われて逆らえなかったのもある。
――本当は、眠るのはちょっとだけ怖い。目を閉じたら、この世界から滑り落ちてしまいそうで。
「彼らは人を集めて、眠らせて、いったい何がしたいんだろう?」
正直に言って、目的が見えない。
人を昏睡させたからって、チェーザレたちに益はない。
「わからない。だが、それは殺人と同じことだ」
「……うん」
どんな理由があったとしても許されることじゃない。
それでもどうして? って、僕は考えてしまうんだ。
僕が答えの出ない迷路に嵌っていたら、ディーノに抱き上げられてしまった。
「そんなに唸ったら頭が痛くなる」
「平気だよ」
上から見下ろすディーノの顔は精悍で、整っている。
大人になりかけの顔を見ていたら、少し寂しくなった。
僕も、彼も、少年時代を終えようとしている。
「ディーノ、君が成人したら、結婚しよう」
「待てない」
僕を見つめる瞳が色を帯びるのを見て、胸が甘く疼く。
「成人前に番ったら、君しか見えなくなる」
「今さら。俺にはもうずっと、あんたしか見えない」
「次期長なのに」
「役目は果たす」
もう黙れとばかりに口を塞がれて、久し振りのキスに背中がゾクゾクと震えた。
少し怖くて、でも気持ちよくて甘美で、もっと深く交わりたい。
「んっ……ディ、ノ……」
夢中で口付けていたら、バタバタと騒々しい足音が近付いてきて、安息の終わりを告げる。
「次期さま、湖が! 湖が人を呑み込んでいます!」
「どこの湖だ」
「コモ湖です!」
それはよりにもよって、この地方で一番ロマンチックで訪れる人の多い湖だった。単語
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