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①信乃という男−1
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元号が江戸から明治と改められて二十数年。町並みも人の姿も随分と変わったが、それでもまだところどころに江戸の名残を留めている。
人々は相変わらずツケで買い物をしたし、遠くへ行くのには町中に張り巡らされた水路を利用した。
猪牙舟が煌めく水面をゆったりと行き交う風景は、ここが水の都である事をよく示している。
水路は商いの荷を運ぶ事もあれば人を運びもした。
大きな料亭には専用の船着場があり、客はそこから人目に付かずに店へ上がる事が出来た。
その日も夕方の店開けに駆けつけるように、着流し姿の客が船着場へ足を降ろした。
男は揺れる船から慣れた仕草で艀に身体を移し、うっそりと伸びかけた髪を掻き上げて屋号の浮き出た灯りに目をやった。その斜に流した眼差しがゾッとする程の艶を含んでいた。
そんな男の姿に気付いた下足番が慌てて駆け寄ってくる。
「これは信乃様、本日もお早いお越しで」
「うん。若旦那はいるかい?」
「はい。坊ちゃまでしたら自室で花を活けております」
「あの不器用者が花ねぇ」
信乃はふっ、と可笑しそうに小さな笑みを零して下駄を脱いだ。
「上がらせて貰うよ」
「はい、お出でなさいませ」
下足番は信乃の履物を丁寧に仕舞い、案内に出て来ていた女中に目線を送った。
この気安い恰好で格式のある料亭に平然と上がりこむ男は、一見したところは金など持って無さそうなのだがこの店の馴染みの客だった。
男は派手に金をばら撒くではないが、払い渋ったり懐の具合を気にして料理を注文するような真似をせずに綺麗に遊ぶ上客だ。
そして変わったことに座敷に芸者は呼ばないが、この店の若旦那を部屋に招いて暫し雑談に付き合わせたりする。料亭の跡取りとして審美眼を鍛えた若旦那と話が合うらしい。
男は美術品に対する目利きが人並み外れていて、一度など部屋に掛かった掛け軸を一目見て「ありゃあ贋物だ」とあっさりと見破った。
贋物と言っても良く出来た弟子の作品であったのに、出入りの骨董商すら気付かずに売ったものをどうして気が付いたのか?
訊ねられて信乃はあっさりと答えた。
「格が違い過ぎらぁ」
伝法に答えられて、訊ねた女将はこの男はどこかで修行を積んだ名のある職人ではないかと思った。
けれどお客の詮索をするつもりはこれっぽっちも無かったし、いつまでも贋物を飾っておくような恥を掻かされずに済んだので素直に感謝をしていた。
以来、信乃はこの店では誰からも一目を置かれている。
まだ畳が青々と香る部屋で微かに漂う梅の匂いを楽しみながら、信乃はゆったりと酒盃を傾けた。
「それでみっちゃん、新しい料理人とやらは店に馴染みそうかい?」
親しげに愛称を呼ばれた若旦那はことり、と小さな頭を傾げた。
「腕はいいし、人当たりも柔らかく、言葉も全く西の訛りが無くて馴染んでいるように見えますねぇ」
「『見える』?」
「ええ、そう見えます」
実際にはそうじゃないと言ったも同然の若旦那の言葉に信乃がニヤリと笑った。
「相変わらず良く見える目だね。見え過ぎて怖ぇ怖ぇ」
調子の良い事を言う信乃を若旦那が横目に睨んだ。
「あなたに言われてもねぇ。真実を見抜くという事にかけてはわたしよりも上でしょうに」
「真実? そんなものはクソ喰らえだ。綺麗な夢の方が俺はイイね」
若旦那は軽く目を瞠って、薄く笑みを掃いた信乃の口元を見る。
赤くて綺麗なあの唇から、時々吃驚するような汚い言葉が飛び出す。
大きな料亭の息子として大事に育てられた若旦那は驚きもしたし、新鮮でもあった。
「全く、黙っていれば千両役者も務まりましょうに」
「そんな事を言うのはお前くらいだよ。それに三津弥こそ、その辛辣な口を利かなければ男雛で通る」
「飾られ物ですか? ご免蒙りますよ」
若旦那はつん、と驕慢そうに顎を上げてそっぽを向き、つい、と細い指先で衿の合わせを直した。
それを見て信乃が心の中でピュウと口笛を吹く。
(商売柄か、どうにも婀娜っぽいんだよなぁ)
信乃は娘達に引く手数多だろう姿の良い青年にそんな感想を抱き、ちょっと脚を崩せと言った。
「少し寝させろ」
「いいですけど……夕べは何処で何をしてきたんです?」
「色っぽい事じゃねぇさ。海外の花の意匠を手に入れてな、つい物珍しくて時を忘れた」
「あなたらしいですね」
三津弥はふっ、と笑って脚を崩した。そこに信乃が当然のような顔で頭を載せて寝転ぶ。
「少ししたら起こしちくれ」
「はい」
両腕を袂に突っ込んで自分を抱き締めるように眠る信乃の姿を見て、三津弥はそっと優美な眉を顰めた。
(この人は眠る事すら遠慮がちだ)
三津弥は寝る時までひっそりと気配を消す信乃を痛ましく思った。
男の抱えた孤独は男が起きている時以上に際立って見えた。
華やかな美貌を備えた男だと言うのに、信乃は自分の見た目を疎んじていた。
それというのも当然で、陽に透ける茶色い髪と茶水晶の瞳を持ち、烟るように長い睫毛すらセピア色をしているのだ。
まだまだ外国人が敬遠される世の中で、外国人の血を色濃く引いた容姿は気味悪いだの死人のような肌だの赤い唇が人を喰ったようだのと好き放題を言われていた。
唯一の救いは外国人の血を引くにしては低い背丈で、十も年下の三津弥よりも拳二つ分も小さい。
喧嘩っ早く血の気の多い信乃はそれが気に入らないようだが、三津弥は彼の背の低さが羨ましい。
(だってあの人の懐にすっぽりと入るもの)
三津弥はとある男にもう随分と長いこと懸想していた。
その男は元々は信乃をこの店に連れてきた大店の主で、信乃とは昔馴染なのだと言う。
同じ年と言うこと以外、およそ接点の無さそうな二人がどうして知り合ったのか三津弥は知らない。
聞いても信乃は不機嫌になるし、男は秘密だと言って教えてくれない。
(二人がいい仲じゃないのは確かだけれど、さりとて浅い間柄でも無さそうだし。気にならないと言ったら嘘になる)
こんな時、三津弥は己の年が足らなさが口惜しい。
二十五と三十五では見えるものも違うし育ってきた時代も違う。
共に過ごした年月と経験が、信乃と男を固く結び付けているようで羨ましい。
(あの人はとんと店から足が遠退いているけど、信乃さんとは会っているんでしょう? それも教えちゃくれませんか)
三津弥は気持ちを知らせていないから仕方がないとは言え、もう少し協力してくれてもいいのにと信乃の事を少しだけ憎たらしく思った。
勿論、つれない男は愛しさが余ってもっと憎い。
(ハァ……。憎い憎いと言った所で、一目見たらたちまちのうちに心を奪われる事はわかっているのに。わたしも懲りないねぇ)
三津弥は己を情けなく思いつつ信乃の細い髪をゆっくりと撫でた。
人々は相変わらずツケで買い物をしたし、遠くへ行くのには町中に張り巡らされた水路を利用した。
猪牙舟が煌めく水面をゆったりと行き交う風景は、ここが水の都である事をよく示している。
水路は商いの荷を運ぶ事もあれば人を運びもした。
大きな料亭には専用の船着場があり、客はそこから人目に付かずに店へ上がる事が出来た。
その日も夕方の店開けに駆けつけるように、着流し姿の客が船着場へ足を降ろした。
男は揺れる船から慣れた仕草で艀に身体を移し、うっそりと伸びかけた髪を掻き上げて屋号の浮き出た灯りに目をやった。その斜に流した眼差しがゾッとする程の艶を含んでいた。
そんな男の姿に気付いた下足番が慌てて駆け寄ってくる。
「これは信乃様、本日もお早いお越しで」
「うん。若旦那はいるかい?」
「はい。坊ちゃまでしたら自室で花を活けております」
「あの不器用者が花ねぇ」
信乃はふっ、と可笑しそうに小さな笑みを零して下駄を脱いだ。
「上がらせて貰うよ」
「はい、お出でなさいませ」
下足番は信乃の履物を丁寧に仕舞い、案内に出て来ていた女中に目線を送った。
この気安い恰好で格式のある料亭に平然と上がりこむ男は、一見したところは金など持って無さそうなのだがこの店の馴染みの客だった。
男は派手に金をばら撒くではないが、払い渋ったり懐の具合を気にして料理を注文するような真似をせずに綺麗に遊ぶ上客だ。
そして変わったことに座敷に芸者は呼ばないが、この店の若旦那を部屋に招いて暫し雑談に付き合わせたりする。料亭の跡取りとして審美眼を鍛えた若旦那と話が合うらしい。
男は美術品に対する目利きが人並み外れていて、一度など部屋に掛かった掛け軸を一目見て「ありゃあ贋物だ」とあっさりと見破った。
贋物と言っても良く出来た弟子の作品であったのに、出入りの骨董商すら気付かずに売ったものをどうして気が付いたのか?
訊ねられて信乃はあっさりと答えた。
「格が違い過ぎらぁ」
伝法に答えられて、訊ねた女将はこの男はどこかで修行を積んだ名のある職人ではないかと思った。
けれどお客の詮索をするつもりはこれっぽっちも無かったし、いつまでも贋物を飾っておくような恥を掻かされずに済んだので素直に感謝をしていた。
以来、信乃はこの店では誰からも一目を置かれている。
まだ畳が青々と香る部屋で微かに漂う梅の匂いを楽しみながら、信乃はゆったりと酒盃を傾けた。
「それでみっちゃん、新しい料理人とやらは店に馴染みそうかい?」
親しげに愛称を呼ばれた若旦那はことり、と小さな頭を傾げた。
「腕はいいし、人当たりも柔らかく、言葉も全く西の訛りが無くて馴染んでいるように見えますねぇ」
「『見える』?」
「ええ、そう見えます」
実際にはそうじゃないと言ったも同然の若旦那の言葉に信乃がニヤリと笑った。
「相変わらず良く見える目だね。見え過ぎて怖ぇ怖ぇ」
調子の良い事を言う信乃を若旦那が横目に睨んだ。
「あなたに言われてもねぇ。真実を見抜くという事にかけてはわたしよりも上でしょうに」
「真実? そんなものはクソ喰らえだ。綺麗な夢の方が俺はイイね」
若旦那は軽く目を瞠って、薄く笑みを掃いた信乃の口元を見る。
赤くて綺麗なあの唇から、時々吃驚するような汚い言葉が飛び出す。
大きな料亭の息子として大事に育てられた若旦那は驚きもしたし、新鮮でもあった。
「全く、黙っていれば千両役者も務まりましょうに」
「そんな事を言うのはお前くらいだよ。それに三津弥こそ、その辛辣な口を利かなければ男雛で通る」
「飾られ物ですか? ご免蒙りますよ」
若旦那はつん、と驕慢そうに顎を上げてそっぽを向き、つい、と細い指先で衿の合わせを直した。
それを見て信乃が心の中でピュウと口笛を吹く。
(商売柄か、どうにも婀娜っぽいんだよなぁ)
信乃は娘達に引く手数多だろう姿の良い青年にそんな感想を抱き、ちょっと脚を崩せと言った。
「少し寝させろ」
「いいですけど……夕べは何処で何をしてきたんです?」
「色っぽい事じゃねぇさ。海外の花の意匠を手に入れてな、つい物珍しくて時を忘れた」
「あなたらしいですね」
三津弥はふっ、と笑って脚を崩した。そこに信乃が当然のような顔で頭を載せて寝転ぶ。
「少ししたら起こしちくれ」
「はい」
両腕を袂に突っ込んで自分を抱き締めるように眠る信乃の姿を見て、三津弥はそっと優美な眉を顰めた。
(この人は眠る事すら遠慮がちだ)
三津弥は寝る時までひっそりと気配を消す信乃を痛ましく思った。
男の抱えた孤独は男が起きている時以上に際立って見えた。
華やかな美貌を備えた男だと言うのに、信乃は自分の見た目を疎んじていた。
それというのも当然で、陽に透ける茶色い髪と茶水晶の瞳を持ち、烟るように長い睫毛すらセピア色をしているのだ。
まだまだ外国人が敬遠される世の中で、外国人の血を色濃く引いた容姿は気味悪いだの死人のような肌だの赤い唇が人を喰ったようだのと好き放題を言われていた。
唯一の救いは外国人の血を引くにしては低い背丈で、十も年下の三津弥よりも拳二つ分も小さい。
喧嘩っ早く血の気の多い信乃はそれが気に入らないようだが、三津弥は彼の背の低さが羨ましい。
(だってあの人の懐にすっぽりと入るもの)
三津弥はとある男にもう随分と長いこと懸想していた。
その男は元々は信乃をこの店に連れてきた大店の主で、信乃とは昔馴染なのだと言う。
同じ年と言うこと以外、およそ接点の無さそうな二人がどうして知り合ったのか三津弥は知らない。
聞いても信乃は不機嫌になるし、男は秘密だと言って教えてくれない。
(二人がいい仲じゃないのは確かだけれど、さりとて浅い間柄でも無さそうだし。気にならないと言ったら嘘になる)
こんな時、三津弥は己の年が足らなさが口惜しい。
二十五と三十五では見えるものも違うし育ってきた時代も違う。
共に過ごした年月と経験が、信乃と男を固く結び付けているようで羨ましい。
(あの人はとんと店から足が遠退いているけど、信乃さんとは会っているんでしょう? それも教えちゃくれませんか)
三津弥は気持ちを知らせていないから仕方がないとは言え、もう少し協力してくれてもいいのにと信乃の事を少しだけ憎たらしく思った。
勿論、つれない男は愛しさが余ってもっと憎い。
(ハァ……。憎い憎いと言った所で、一目見たらたちまちのうちに心を奪われる事はわかっているのに。わたしも懲りないねぇ)
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