水の都~二十年越しの恋~

海野ことり

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③千両役者−3

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 それから何故か彦十郎と少年と蓮治と信乃の四人で食事に行く事になり、木挽町から元数寄屋町まで脚を伸ばした。
 旨い鰻屋があるのだと言う。

「あちこちに馴染みを持つのもいいけど、たまにはみっちゃんのところにも顔を出してやんな」
 淋しがっていたぜ、と言われて蓮治が頷く。

「あの子もすっかりいい大人になって、そろそろ身を固める頃合いかね」
「自分は独り身の癖に何を言ってるんだか」
 みっちゃんの気も知らないで、と呆れた信乃に蓮治は存外と真面目な顔をして言った。

「わたしはさぁ、八方美人というか気が多いというか、一人の人を幸せに出来るような男じゃないからねぇ。嫁さんを貰うのはどうにも気が進まない。跡継ぎなら親戚から養子を取ってもいいし、うちの店も先々はどうなるか分からないよ」
「蓮治……」
 信乃がそっと睫毛を伏せた。
 自分達は幼少期を江戸に過ごし、それから物凄い変化を目の当たりにしてきた。
 何も確かなものなど無い、と蓮治が懐疑的になる気持ちは同じ歳の信乃にはとてもよく分かるのだった。
 しかしそんな二人よりも五歳ほど年下で、自分も昔を覚えているという彦十郎がやんわりと笑いながら口を挟んだ。

「そんな事を言って、蓮治さんの事だからちゃっかりと綺麗な奥方を何処かから見付けて来るかもしれませんよ」
「あぁ、違いねぇ」
 信乃は大いにありうる話だと深く頷いた。

「わたしは自分の子供よりも、君達の行く末の方が心配だからねぇ」
 しみじみと呟いた蓮治に三人が顔を見合わせた。

「心配性の父親でも持った気分です」
 駒の言葉に頷きつつ、信乃は嫌そうに文句を付ける。

「俺は勘定に入れないでくれよ。お前と同じ歳なんだ、心配される謂れはねぇ」
「君が一番に心配だよ。ここは一つ、わたしを安心させる為にも棗でも作っておくれ」
 蓮治に強請られて信乃の表情が強張る。棗とは茶道具の一つだが、信乃には特に意味の重たいものだった。

「俺はもう仕事はしないと――」
「棗って何ですか?」
 無邪気に声をあげた駒に信乃は舌打ちをし、それから薄茶を入れる道具だと言った。

「薄茶って何ですか?」
 そんな事も知らないのか、と声を上げかけて信乃は口を噤んだ。
 役者なんて代々名前を継ぐような有名人の息子でもない限り、親に売られたか食いっぱぐれた孤児のなるような生業だ。人気役者になれば金も色も名声も手に入るが、所詮は水ごとだった。
 駒も信乃の言うような ”そんな事も知らない” 育ちなのだろう。他人事じゃねぇや、と信乃は思った。

「茶の湯ってのはよ、口で言ったって始まらないって先生も言ってたよ。お前、興味があるなら明日にでも連れて行ってやるよ」
「何処に?」
「茶道具には事欠かない場所にさ。いいだろう、兄さん」
 話を振ってきた信乃に、彦十郎が控えめな様子で遠慮して見せた。

「でもそこまでお世話になる訳には――」
「ああ、蓮治と違って俺の格好じゃあ役者の世話なんぞしそうにないか」
 役者にとって後援者が付くのは大歓迎だが、それが誰でも良い訳ではない。氏素性というものがある。

「安心しな。別にこいつの面倒を見てやろうってんじゃない。ちょっとした――そうだな、気紛れって奴だよ」
 ぺろりと杯の中を舐めた男を見て、彦十郎はちらりと蓮治に視線を投げた。蓮治が頷いたので、ここは任せてみようという気になった。

「それでは図々しいのを承知でお頼み申します。駒に勉強させてやって下さい」
「おう、かたっ苦しいのは苦手だが……いいぜ、頼まれてやるよ」
 にやりと男臭く笑った信乃に駒がポッと頬を染めた。それを見て彦十郎は後できっちりと釘を刺しておこうと思う。

(どう見たって駒が惚れてどうにかなるようなお人じゃない。この子が泣く事になる前に、きっちりと言い聞かせておかなくてはね)
 色事も芸の肥やしと言って憚らない彦十郎だが、大事な直弟子の事となると話はまた別なのだった。
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