水の都~二十年越しの恋~

海野ことり

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⑤色に出る−3(R−18)

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「んん……」
 煙草の味のするキスを受けながら、彦十朗はふと辛辣な物言いの男を思い出した。
 役者にしたらさぞ舞台映えするだろう、彫りの深い顔立ちをした綺麗な男。

「あっ……!」
「何を考えてる?」
 蓮治の問いに彦十朗はにやりと笑う。

「あなたが夢中で追い掛け回しているのに、捕まらない男の事を……ね」
「…………」
 蓮治の瞳がスッと冷えた。怒らせた、と思った時には激しく凌辱されていた。

「んぁあああああっ! やっ、やぁあっ!」
 彦十朗は頭を仰け反らせて手に掴んだ敷布を掻き毟った。
 ビリビリと痺れるそこが、激しい摩擦に擦り切れそうな粘膜が、快感に変換される前にその身を苛む。
 辛い。けれど手加減をされるよりはマシ。

(つまみ食いされる方にも矜持ってもんがあるんだよ。あなたのその空々しい瞳に情熱が灯るのを見てしまっては、ね)
 つまりは蓮治に本命がいるらしいと知って悋気を起こした。彼を愛している訳では無いが、抱かれる情くらいはあるのだ。なのに自分が二番目だなんて、面白くない。

(明日は稽古を見るだけにしよう)
 その前に起き上がれるか不安だけれど、と彦十朗は煽った事を少々後悔しながらただただ快楽に啼いた。


 ちょうどその頃、料理を届けてくれと三津弥に言われて善一は少し戸惑ったが言われた通りにした。
 後片付けがまだ残っていたが、仕舞うのは任せても大丈夫だろう。それにあの小さな少年が風邪を引いて一人で寝込んでいると聞いたら不憫になった。

(夜目にも白い足先を晒したりして、心細そうに黒い瞳で見上げてきて……あれでは放って置けない)
 善一は震える少年をつい抱き締めてしまったが、後から相手は犬っころではなく人の子であったと反省した。

(俺のこの癖は治さないとなぁ)
 縋られると拾い上げてしまう。淋しそうだと声を掛けてしまう。昔から犬や猫を拾っては飼い主を探すか自分で面倒を見てきたが、流石に人の子を拾っては駄目だろう。
 まぁ、これは仕事だから。なんて自分に言い訳して寮の部屋を訪ねた。
 普段は他の役者と相部屋だそうだが、病人だからとその日は小さな部屋に一人で寝かされていた。

「具合はどうだい?」
「善一さん……」
 ふわりと笑った顔が一回り小さくなったような気がして、善一は思わず頬に手を当てた。すると駒はその手に自ら頬を擦り付けてきた。

「甘い匂いがする」
 うっとりと呟かれて善一は口元を綻ばせた。

「玉子焼きは好きかい?出汁がたっぷりと入った、甘い玉子焼きだよ」
「好き……」
「良かった」
 善一は食べられるかどうか訊き、頷いた駒の背中を支えて起こしてやった。
 重箱に綺麗に詰められた玉子焼きを少しずつ口元に運んでやる。
 駒はゆっくりと味わうように咀嚼して飲み込んだ。

「美味しいです」
 幸せそうにそっと微笑む駒の風情に善一も和みつつ、時間を掛けて食べさせた。
 量は余り食べられなかったが駒が満足そうなので箸を置いて、口元を拭ってから再び布団に寝かせてやった。

「あの、彦十朗兄さんは……」
 やっとどうして善一が届けに来たのかと疑問を覚えたらしい駒にどう答えたものかと思う。
 恐らくは蓮治という客と夜を共にしているのだろうが、それを素直に答えてもいいものだろうか。

「少し酒を飲み過ごしていたようだから、今日は遅くなるかもしれないね」
 無難な事を言ってみたつもりだが、駒には十分に意味が通じてしまったようだ。彼は淋しそうに笑って頷いた。

「兄さんにとって、喜多屋の旦那は特別だから」
「まぁ、大人には色々あるんだよ」
 善一がお茶を濁すようにそう言ったら駒に布団の中からキュッと睨まれてしまった。

「子ども扱いしないでよ。兄さんにいい人がいた事はこれまでもあったよ。僕だってこういう生業をしているんだから、結婚する男女だけが一緒にいる訳じゃないと知ってる。それに別れの時は存外と直ぐにやってくるから、淋しいのは兄さんの方さ」
 駒は彦十朗の淋しそうな背中をもう随分と見てきた。自分には彦十朗が兄で師匠で全てだったけれど、彦十朗にはそうじゃない。どれだけ可愛がられても自分は彼の空白を埋められはしない。それが哀しかった。

「駒……」
 事によったらこの子は普通に暮らす大人よりも余程に沢山の別れを見てきているのだろう。それが芸の為であるのか、そういう暮らしが習性ならいしょうであるのかは分からないけれど、彼だけが無関係でいられる筈もない。それを本人もわかっている。

「いつまでも、子供扱いしないでよ……」
 切ない眼差しで見詰められて、善一は参ったなと思う。

(参ったな、これを可愛いと思ってはいけないんだろうな。大した覚悟も恋愛感情も無いというのに)
 善一がそう思っているのに、駒は無邪気に問い掛けた。

「ねぇ、風邪が移ったら困る?」
 駒が布団の中から言った誘うような台詞に、ああもう仕方が無いと善一は思う。
 ここで断れるようならこんな東の地まで逃げてくる事も無かった。
 善一は何も答えずにそっと駒の唇を啄ばみ、表面を小さく舐めた。思わず緩んだのか、文句を言おうとしたのか、駒の開いた唇に舌を差し入れて優しく絡めてやった。
 ちゅるっと怯えたように逃げたのが可愛くて、善一がちょっと笑った。

「このくらいじゃあ移らないと思うけどね、言い訳はあんたが考えてくれよ」
 駒は初めての口付けにぼーっとしながら、善一の言葉にぼんやりと頷いた。

(このくらいって、もっと凄いのがあるって事? 次はそれをしてくれるかしら)
 赤らんだ目の縁を晒して真っ直ぐに見詰めてくる視線に困り、善一は尻を浮かせた。

「早く治して、次は全部を平らげてくれ」
 その言葉に次もまた逢えると、駒の胸が期待に大きく膨らんだ。

(大人の口付け。蕩けるように柔らかくて気持ち良かった)
「うん。次は全部、ね」
 あどけない物言いが却って妖艶で、善一は逃げ出すようにその場を後にした。
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