水の都~二十年越しの恋~

海野ことり

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㉑雨上がり−2

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 店に着いたら三津弥の部屋へ案内され、信乃はそこで早速に品物を渡した。

「遅くなって悪かったな」
「いえ、予想より早かったです。迷いはありませんでしたか?」
「ああ、今回はな」
 三津弥に依頼されたのは五つ揃いの盃で、信乃はそれぞれに干支の動物をあしらった。

「可愛い……」
 兎と月の絵柄を手に取って三津弥がふんわりと微笑んだ。

「信乃さんの造るものは愛嬌があって、それでいて優美で華やかで――ハレの日にとても相応しいですね」
「ありがとう」
 信乃は素直に礼を言ってほほ笑んだ。
 江戸時代最後の名人と言われた信乃の師匠は隙の無い芸術的な意匠を好んだ。信乃もそういう作風の良さは分かるが、やはり道具は愛せる絵柄の方が良いと思うのだ。
 芸術品として飾って眺めるよりも、手元に置いて使って欲しいから。金粉の散り具合までも愛するように道具を慈しんで愛でて欲しい。一番最初の客がそうしてくれたように。

「信乃さん? 蓮治さんの事でも思い出しましたか?」
「は!? え、なんで?」
 慌てる信乃を見て三津弥がふふふと笑う。

「懐かしそうな顔をしていましたよ」
「ばか、大人をからかうな」
 信乃は仏頂面でそっぽを向いた。

「大体、あいつとはもうずっと会ってねぇ」
「それは――はい」
 歯切れ悪く頷いた三津弥に信乃が勢いよく顔を向ける。

「何か知ってんのか?」
「ええ、でも……蓮治さんの口から直に聞いた方がいいですよ。俺もよそ様の家の事情など余り知りませんし――」
「蓮治は家の事は俺に話さない。どんなに大変な時だって、そんな面ぁ一度も見せた事がねえ」
「友達だからこそ、張りたい見栄もありますよ」
「そんな事ぁ分かってる」
 蓮治は信乃に対して妙に格好を付けたがる所がある。どうやら出会った当時から自分の方が兄貴分だとでも思っているらしい。

「相談して欲しい訳じゃねぇ。俺には関係ないし、口を出す資格もねえ」
 昔っから知ってはいるが、自分は赤の他人なのだ。
 店のことなんて何もわからないし、自分に出来ることがあるとも思えない。
 それでも心配だった。あの火事の時のように、駆け出さずにはいられないほど蓮治が心配だった。

「信乃さん……」
「でも知るだけならいいだろ? 何もしないから、知るだけなら」
 信乃の焦れた眼の色に、三津弥はくすりと笑う。

(なんだ、普段は邪険にしている癖に、やっぱり本当は仲が良いんですね)
「仕方がないですね」
 そう言って、三津弥は自分の知っている喜多屋の事情を話してくれた。

 江戸時代から続く喜多屋は蓮治で七代目に当たる。六代目は家族と共に明治維新の際の暴動で亡くなっており、蓮治だけがお茶の先生に助けられた。その後は先生が随分と力になってくれ、その辺りの事情は信乃もおおよそのところを知っている。問題はその後だ。

「大火の後に、親戚とは名ばかりの血の繋がりも無い身内が押し掛けてきたんだろ」
「ええ。商売の経験もないのにいきなり店を任せろと主張したそうです」
「蓮治は放ったらかしでな」
 信乃が皮肉気に笑った。
 あの頃、蓮治は自分一人が生き残った事を後ろめたく思いながら、それでも必死に前を向こうとしていた。
 喜多屋を存続させる事だけを考え、己の力不足と戦いながら足掻いていた。
 なのに遺されたものを寄って集って毟しり取ろうと、醜いハイエナ共が寄り集まってきた。

『屍肉を漁る亡者どもが』
 まだ年若い蓮治がそう言っているのを、信乃は一度だけ耳にした事がある。

「あいつらは蓮治が追い払っただろう?」
「今度は蓮治さんの跡を狙うつもりらしいです」
「蓮治の跡?」
 問い返されて三津弥が忌々しそうに頷いた。

「娘さんを嫁がせて、跡取りを産ませれば……」
「今度こそ、合法的に身代を乗っ取れるな」
 ゾッとする程に冷静に言った信乃を見て、三津弥が慌てる。

「蓮治さんがそんな手に引っ掛かる筈はないです!」
「まあそうだろうな。蓮治なら上手くやるだろうよ」
 いっそ信乃はそんな事かと安心したくらいだ。
 今の蓮治は無力だったあの頃とは違うのだから。

「なんだ、慌ててんのはわたしだけですか……」
 三津弥が気が抜けたようにそう言った。
 信乃はその様子を見てちょっと笑い、続く言葉に表情を強張らせた。

「慶太郎の見合い話が揉めてんで、こちらもかと慌ててしまいました」
「…………え?」
 笑みが張り付いたままの信乃に、三津弥が気不味そうに言った。

「聞いてませんでしたか? でもそれは、どうせ断るから言うまでも無いと思ったんでしょう」
「断れねぇ話だから揉めてるんじゃないか?」
 だからこんなにも長い間自分の所に来ないのだ。

「周りから固められてるんだろ?」
 こんな時ばかりよく回る信乃の頭が憎い。

「慶太郎はきっと周囲を説得します!」
「どうかな」
 信乃はそれを皮肉ではなく、少し淋しそうに微笑んで言った。
 どんなに意志が強くても、周りに押し切られてしまうという事はある。
 避けようのない、運命にも似た流れは生きていたら確かにあるのだ。

「又来るよ」
 そう言うと、信乃は食事もせずに帰ってしまった。
 残された三津弥は自分の失言を悔やんで畳に目を落とすのだった。
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