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2章 満たす白 空っぽの黒

15話

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「……なんだよ、そりゃぁ」

 ノエルを中心にして、大地が緑に染まっていく。コンクリートを貫き若葉が芽吹き、新芽はかえり花となる。

 辺り一面が青々とした草原と化した。

 東条は眼下に満ちる光景に、自分の目を疑う。

 原理は一切不明。しかし、
 無から有を創り出す。

 それは正に、神の所業である。

「まさー、降りてきてー」

「……やだよっ、罠じゃん!」

「……チっ」

 見抜かれたノエルは不満気に、されど気にした風もなく、掌を東条に向けた。

「なん、だッ!?」

 途端、持っていた槍がばらけ身体に巻き付く。絞殺さんとばかりに彼を締め上げた。

「――ッあ!?」

 瞬間石柱が爆散し、中から四本の巨大な植物の根が現れる。

 宙に投げ出された東条は、抵抗する間もなく四肢を固定され宙吊りにされてしまった。

「……何だよこの辱めは」

「いい気味」

 鼻を鳴らすノエルをジト目で睨む。

 確かに根の一本一本が、速く、固く、そして強い。
 溜まっていくエネルギー量から察するに、生身だと全身グチャグチャになるくらいには力が籠っている。

 東条はぐるりと周りを見て、一つだけ気になったことを問う。

「なぁノエル!この木もお前が生やしたのかっ?」

 二日目から突如現れたスカベンジャー。未だ謎だらけの木々を首で指す。

「ん?違う。この子達モンスター。ノエルのは植物」

「あ、やっぱこれモンスターなんだ」

 その答えに納得する。
 歩いて死肉を漁る木なんて、それはもう木ではない。トレントと命名してやろう。

 別段深い意味はない只の質問であったが、謎が一つ解けスッキリした。

「降参?」

 見上げるノエルを、しかし東条は快活に笑う。

「冗談っ、本当に俺をこんなので抑えられると思ってんのか?」

「……」

「……おけ、遊びは終わりな」

 漆黒の腕が肥大化し、指は鉤爪の様に変形する。

 自分の攻撃は触れた傍から打撃に変わってしまうため、斬撃系統の攻撃はできないが……まぁビジュアルは大切だから。


 その黒は、あの時一時的に発現したものと同じ。いや、より禍々しさを増して、彼の全身に纏わりついていた。


 初めて見る彼の化物染みた姿に、ノエルの頬を冷汗が伝う。

 初めて感じる、本物の脅威。

 自分の命を脅かし得る、本物の捕食者。

 一歩下がりたい気持ちを抑え、グっ、と気合を入れた。

「あん時は完全に呑み込まれちまったけどな、今はもう俺の制御下よ」

 軽い口調とは裏腹に、強引に引き千切られる根がブチブチと絶叫を上げる。

 彼が纏う漆黒は、言わばエネルギーの超圧縮体である。それは、常時馬鹿げた密度の筋肉を纏っているのと同義。

 加えて攻撃を受けるごとにそのパワーは増していく。
 生半可な拘束など、彼にとっては餌でしかない。

「おら行くぞッ!」

「――っ」

 先の石柱の瓦礫を足場に跳躍。

 ノエルは数十本の巨大な根を発現させ迎え撃った。

「伸縮自在で追尾可能。スゲェ根っこだな!?」

 四方八方から襲い来る根の上を走り回り、飛び回り、殴り壊し、千切り飛ばし、徐々にノエルへと近づいていく。

「ちょこっ、まかっ」

 一方彼女は、獣の様な、人とは思えない動きに翻弄されてしまう。

 彼が跳躍を繰り返す毎に、あまりの衝撃に根がへし折れる。
 その度に修復と撃墜を繰り返さなければいけないため、進行を止めることが出来ない。

「くっ」

 諦めた彼女は全ての根をガードに回し、一度後ろに飛び退く。

「……おいで」

 そして大地に手をつき、最後の切り札を呼び起こした。


「うらっ」

 バリケードを殴り、粉砕した直後、頭上に影が差す。

「なん――ッ」

 見上げるそれは、巨大な拳の形をしていた。

 抵抗も許されず地面に押し込まれ、轟音を上げ土煙が舞う。

 数秒後、重い動きで退かされる拳の下から現れる東条。
 大の字で寝っ転がる彼は、綺麗な青空をホケー、と見つめた。

「……殺す気かよ」

 ガードにまわした両腕の武装が強制解除された。エネルギー過多。
 彼の周りの大地は無残に抉れている。圧倒的重撃。
 こんなもの喰らえば、普通は一撃でお陀仏だ。

 彼は起き上がり、ノエルの立っていた場所、に起立するを見上げた。


 十五mを超す体躯。
 全身が瓦礫やコンクリで武装された、角ばったシルエット。
 所々に生える、苔や植物のアクセント。


「……ゴーレムか?」

「ん」

 見ればゴーレムの足元、大きく刳り抜かれた地面に、ちょこんと彼女が立っている。息も荒いことから、だいぶ無理をしているようだ。

「トドメ」

「ハハっ……は?」

 再度振り被る巨躯の威圧感に笑いが漏れるも、同時に感じる下半身の違和感。

 見れば、大地から延びる植物が彼の脚に絡みついていた。

 逃がさないつもりだろうか?逃げるわけなどないというのに。

 気にする必要も無い、と拳を構える。

 上半身の武装を全て右腕に集め、完成する漆黒の巨腕。
 ブチブチと脚を引き半身になり、圧し潰さんと迫る隕石を見据える。

「ハハッ」

 心底楽しくてしょうがないとでも言うように、彼は天災を正面から迎え撃った。


 音も無くぶつかった双方の拳。


 瞬間、ゴーレムの腕が根元から弾け飛んだ。

「ハハハッ――、オルァッ」

 跳躍し、飛び乗り、駆け上がる。
 頭と思しき部位を強引に引き千切ってやった。

「なるほどね。腕とか首とか、関節部には樹木を使って可動域を上げてんのか。よくできてる。――おっと」

 構造に感心していると、首なしのゴーレムが、残った腕で東条のいる位置を全力でぶん殴った。

 ゴーレムは自分のパンチでふらつき、隣のデパートにぶつかり倒れていく。

「お茶目だな」

「はぁっ、はぁっ、――」

 地面に降り立った東条は、限界に近いノエルを拾った枝で指す。

「降参か?」

「はぁっ、ま、だ……ぅぅ」

「おいおい」

 一歩踏み出そうとして倒れる彼女を、咄嗟に受け止め、

「無理すん……あ?」

 徐々に蛇に戻っていく彼女の身体に唖然とする。しかも、

「お、おいっ、植物生えだしたぞ!大丈夫なのか!?」

 ぴょこぴょこと生えだす苔や枝葉に驚愕する。出所は勿論ノエルの身体だ。

「……ん。ちょっと魔力とcell使いすぎた。……問題ない」

 パキリ、と一本折り、東条の顔をぺシぺシ叩く。どうやら痛みは無いらしい。

 完全に蛇に戻った彼女を持ち上げ、首にかけ巻いていく。

「終わりでいいな?」

「……シュルル」

 東条は悔しそうな大蛇に苦笑し、ホームへと戻っていった。
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