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第二章
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しおりを挟む翌日も朝からハルを探しに香澄は商店街の近くを歩いた。けれど、相変わらずハルの姿はなく、肩を落としながらレインボウへと戻る。
「何シケた顔してんのや」
「澤さん」
「胴丸めとかんとしゃんとしいや」
香澄の背中をバシッと音がするほど叩くと、澤はケラケラと笑う。苦笑いを浮かべる香澄の隣を、背筋をピンと伸ばして澤は歩いた。
「ちょうどレインボウに行こうと思っとったんや」
「ありがとうございます」
「……なんかあったんか?」
「え?」
澤は覗き込むようにして香澄の顔を見ていた。ギョロッとした目で見つめられるとどうにも居心地が悪い。笑って誤魔化そうとするけれど、それを許してくれるような澤ではない。
「そんな顔して歩いとったら、みんなに何かありましたって言うてるみたいなもんやで。言いたあないんやったらそんな顔したらあかん」
「……はい」
「で、どないしたんや」
レインボウに着き、香澄の入れた梅昆布茶を飲みながら、澤はもう一度香澄に尋ねた。
「えっと、知り合いの人の猫を探してて。見つからなくてどうしようって思ってたんです」
嘘ではない。百パーセント本当でもないのだけれど、少なくとも嘘はついていない。そんな香澄に「ふーん」と相づちを打つと澤は梅昆布茶を啜った。
「猫神社でお願いもしてみたんですけど、無理でした」
「そうかい。それは――」
「え?」
「なんでもないよ」
澤はどこか奥歯に物が挟まったような言い方で言った。そういえば、以前猫神社のことを教えてくれたのは澤だった。香澄はふと思い出して尋ねた。
「澤さんは、昔猫神社に何を頼んだんですか?」
「私かい? 私はね好きな人にもう一度会わせてくださいって頼んでん」
湯飲みを机の上に置くと、澤は少し寂しそうな表情を浮かべてしゃべり出した。
「今は平和やけど私らが子どもの頃は戦争が激しいてな。私の好きな人も徴兵令で連れて行かれてしもた。終戦になってこれでやっと会える思ったのに、帰ってきいひんかった。一緒に行った他の人らは帰ってきてんけどな。みんなの話やと爆弾に当たって死んでしまったんやって言われてんな」
「そんな……」
教科書とテレビの中でしか知らないどこか現実味のない戦争。けれど弥生や澤にとっては自分たちに降りかかった現実の出来事で。
「せやから、私は猫神社に行って頼んだんや。その人を返してって連れて行かんといてってな。何回も何回も行って手を合わせたんや」
「……それで、どうなったんですか?」
「ん?」
「その人は……」
香澄の言葉に澤は目を伏せた。その態度に駄目だったのか、と香澄はTシャツの裾をぎゅっと握りしめる。けれど。
「香澄ちゃんも知っとるやんね? うちのじいさん」
「え、あ、はい」
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