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第二章
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客のいなくなったレインボウで、香澄は項垂れるようにして椅子に座った。奈津は香澄に感謝していると言っていた。けれど、香澄にできたことなんてほんの僅かなことだけだ。
現にハルは元気な姿で、奈津の元に帰ってくることはなかった。奈津が望んでいたのはハルを見つけることじゃない。ハルともう一度一緒に暮らすことだったというのに。
肩を落とす香澄の耳に、ドアベルの鳴る音と、それから呆れたような声が聞こえた。
「また落ち込んどるんかい」
「澤さん……」
「今度はどないしたん」
「……なんか、何が正解なのかわからなくなっちゃって」
香澄はここ数日の奈津とハルの話を掻い摘まんで澤に聞かせた。ふんふん、と聞いていた澤だったけれど最後に香澄が「猫神社に頼んだのに助けられなかった……」と言うと呆れたように答えた。
「できひんで」
「でも……!」
「なんもできひん。神様だってな誰かの生き死にになんてなんもできひんねや」
「なら澤さんは、おじいさんが亡くなったときにもう一度会いたいって、生き返って欲しいってそう思わなかったんですか? 猫神社に、そう願わなかったんですか?」
香澄の問いかけに澤は目を閉じると、首を振った。
「そないなこと、これっぽっちも思わへん。死は人の摂理や。それを曲げたらあかん。きっとないつか私が死ぬときは、じいさんが迎えに来てくれるってそう思っとる。せやから、生き返って欲しいや思わへんわ」
「でも!」
「……なんてな。そう思えるんもきっと、一回じいさんが会いに来てくれたからなんや」
「会いに?」
香澄が尋ねると澤は小さく頷いた。そして何かを思い出すようにどこか遠くを見つめる。
「せや。じいさんが死んでしもうて、泣いて泣いてしてな、食事も全然食べれへんくなって倒れるように寝たその日の夢に、じいさんが現れたんや。……じいさんなあ、怒っとったわ。なんでちゃんと生活せんねやってな」
その姿が容易に想像がついて、ふっと笑いそうになる。おっとりとしているけれど、妙に心配性で、世話焼きで。香澄のこともよく「大丈夫か?」「なんかあったらいつでも言いや」と心配してくれたものだ。
「じいさんに「ちゃんと生活しいひんねやったら死んでも迎えに来たらんからな」って言われてしもて。そう言われたらちゃんと生きるしかないやろ? じいさんが迎えに来てくれるその日まで、一人でもちゃんと生きようってそう思ったんや」
「そうだったん、ですか」
「あれがなかったらもしかしたら、香澄ちゃんの言うみたいにじいさんのことを生き返らせて欲しいって、返してほしいってそう思ったかもしれへんな」
澤は寂しそうに笑う。けれど、その笑顔は決して奈津のような後ろ向きなものではなかった。
奈津にもこんなふうに思えるようになってもらえればいいのに。そう思ったときに、ふと香澄は気づいた。澤は猫神社に願っていないと、そう言っていた。けれど。
「澤さんって、昔猫神社におじいさんを帰して下さいって願った話、もしかしておじいさんにしましたか?」
「変なこと聞くなぁ。多分したと思うよ」
そうか、それじゃあきっと――。
香澄はその日、澤が帰ると昼休みにはまだ早かったけれどレインボウを閉めると猫神社へと向かった。
テンテンは相変わらず賽銭箱の上に腰をかけ、何かを考えるように目を閉じていた。
「香澄か」
「ねえ、聞いてもいい?」
「内容によるな」
「澤さんのご主人が死んだ後、澤さんの夢に現れたのはあなたの力?」
テンテンは何も言わない。肯定もしないが否定もしない。きっとそれが答えなのだろうとそう思った。それなら。
「夢でもいいの。ハルちゃんを奈津さんに会わせてあげることは、できないかな」
「……それを頼んでくるのは、お前で二人目だ」
「え?」
「ハルにも言われた。このままじゃ、奈津が心配で死んでも死にきれないと、な」
「それじゃあ……!」
パッと顔を輝かせる香澄からテンテンは顔を背けて鼻をならした。
「それに「ハルとまた一緒に暮らせますように」という奈津の願いを叶えられなかったからな。このままじゃ猫宮司の名が廃る」
額に掛かる髪の毛を掻き上げるようにして、猫宮司はニヤリと笑った。
現にハルは元気な姿で、奈津の元に帰ってくることはなかった。奈津が望んでいたのはハルを見つけることじゃない。ハルともう一度一緒に暮らすことだったというのに。
肩を落とす香澄の耳に、ドアベルの鳴る音と、それから呆れたような声が聞こえた。
「また落ち込んどるんかい」
「澤さん……」
「今度はどないしたん」
「……なんか、何が正解なのかわからなくなっちゃって」
香澄はここ数日の奈津とハルの話を掻い摘まんで澤に聞かせた。ふんふん、と聞いていた澤だったけれど最後に香澄が「猫神社に頼んだのに助けられなかった……」と言うと呆れたように答えた。
「できひんで」
「でも……!」
「なんもできひん。神様だってな誰かの生き死にになんてなんもできひんねや」
「なら澤さんは、おじいさんが亡くなったときにもう一度会いたいって、生き返って欲しいってそう思わなかったんですか? 猫神社に、そう願わなかったんですか?」
香澄の問いかけに澤は目を閉じると、首を振った。
「そないなこと、これっぽっちも思わへん。死は人の摂理や。それを曲げたらあかん。きっとないつか私が死ぬときは、じいさんが迎えに来てくれるってそう思っとる。せやから、生き返って欲しいや思わへんわ」
「でも!」
「……なんてな。そう思えるんもきっと、一回じいさんが会いに来てくれたからなんや」
「会いに?」
香澄が尋ねると澤は小さく頷いた。そして何かを思い出すようにどこか遠くを見つめる。
「せや。じいさんが死んでしもうて、泣いて泣いてしてな、食事も全然食べれへんくなって倒れるように寝たその日の夢に、じいさんが現れたんや。……じいさんなあ、怒っとったわ。なんでちゃんと生活せんねやってな」
その姿が容易に想像がついて、ふっと笑いそうになる。おっとりとしているけれど、妙に心配性で、世話焼きで。香澄のこともよく「大丈夫か?」「なんかあったらいつでも言いや」と心配してくれたものだ。
「じいさんに「ちゃんと生活しいひんねやったら死んでも迎えに来たらんからな」って言われてしもて。そう言われたらちゃんと生きるしかないやろ? じいさんが迎えに来てくれるその日まで、一人でもちゃんと生きようってそう思ったんや」
「そうだったん、ですか」
「あれがなかったらもしかしたら、香澄ちゃんの言うみたいにじいさんのことを生き返らせて欲しいって、返してほしいってそう思ったかもしれへんな」
澤は寂しそうに笑う。けれど、その笑顔は決して奈津のような後ろ向きなものではなかった。
奈津にもこんなふうに思えるようになってもらえればいいのに。そう思ったときに、ふと香澄は気づいた。澤は猫神社に願っていないと、そう言っていた。けれど。
「澤さんって、昔猫神社におじいさんを帰して下さいって願った話、もしかしておじいさんにしましたか?」
「変なこと聞くなぁ。多分したと思うよ」
そうか、それじゃあきっと――。
香澄はその日、澤が帰ると昼休みにはまだ早かったけれどレインボウを閉めると猫神社へと向かった。
テンテンは相変わらず賽銭箱の上に腰をかけ、何かを考えるように目を閉じていた。
「香澄か」
「ねえ、聞いてもいい?」
「内容によるな」
「澤さんのご主人が死んだ後、澤さんの夢に現れたのはあなたの力?」
テンテンは何も言わない。肯定もしないが否定もしない。きっとそれが答えなのだろうとそう思った。それなら。
「夢でもいいの。ハルちゃんを奈津さんに会わせてあげることは、できないかな」
「……それを頼んでくるのは、お前で二人目だ」
「え?」
「ハルにも言われた。このままじゃ、奈津が心配で死んでも死にきれないと、な」
「それじゃあ……!」
パッと顔を輝かせる香澄からテンテンは顔を背けて鼻をならした。
「それに「ハルとまた一緒に暮らせますように」という奈津の願いを叶えられなかったからな。このままじゃ猫宮司の名が廃る」
額に掛かる髪の毛を掻き上げるようにして、猫宮司はニヤリと笑った。
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