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第三章

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「俺、鈴ちゃんが俺のことを置いて行ってしまうんが寂しくて辛かった。なんでそんな大事なこと俺に一言も言わんと決めてしまうんやって悲しかった。せやけど、それって結局、俺が相談できるような態度を取ってなかったってことやねんな。ほんまにごめん」
「太助君……。ううん、私こそ、ごめん。太助君との約束を忘れてたわけじゃないの。でも、どうしても諦めきれなくて。勝手に決めて、全部あとから報告して、ごめん。あんなやり方したら太助君のこと傷つけるってわかってたのに、本当にごめん。でもね、どうしても東京に行きたいの。あの会社に就職したいの。だから」
「ええよ」

 早瀬の声があまりにも優しくて遠藤も、そして香澄も思わず早瀬を見つめた。早瀬は天を仰ぎ、一度二度と深呼吸をすると遠藤に向き直った。

「俺さ、まだまだガキやし、できひんことも多いし、今回みたいに鈴ちゃんのことを泣かせることもあると思う。せやけど、頑張って大人になるから。俺も東京で就職頑張るから。せやから、そうしたらさ俺と、結婚して下さい」

 早瀬の言葉に、周りで二人が喧嘩をするのではないかと様子を見守っていた人達が歓声をあげた。恥ずかしそうに頬を掻く早瀬の前で遠藤は両手で顔を覆う。

「バカ、じゃ、ないの」
「せや。俺バカやねん」
「遠距離に、なるよ」
「大丈夫、俺の気持ちは変わらへんから」
「新卒で就職してすぐに結婚できると思ってるの?」
「まあ、それは気合いでなんとかなるやろ」
「……バカ」

 遠藤は涙を拭うと、笑顔を浮かべた。

「でも、待ってる」
「鈴ちゃん!」
「きゃっ」

 微笑む遠藤を早瀬は思いっきり抱きしめた。そんな二人の姿に再び歓声が上がる。幸せそうに顔を見合わせる二人に、香澄は安心して背中を向けた。

「早瀬のこと、ありがとうございました」

 香澄を追いかけてきた青崎は頭を下げた。

「ううん、こちらこそ。私一人じゃきっと無理だったよ」
「そんなことないです。俺の方こそテンテンに大見得切ったのに結局何もできなくて。香澄さんの役にも立てなかったし」
「え?」
「いえ、何でもないです」

 青崎は一瞬、香澄から視線を逸らすと「あっ」と思い出したように言うとポケットからスマートフォンを取りだした。

「俺、今日バイトでした」
「え、ええ。大丈夫なの?」
「田神さん怒ってるかも……。ちょっと急いで行ってきます! すみません!」
「気をつけてね!」

 ほほえみ商店街へと走る青崎を見送ると、香澄は猫神社へと向かった。十月ももう終わりということもあり、境内の木々は色づいている。もうすぐ秋が終わり冬が来る。そして、それよりも早く黒田との約束の日も。

 猫神社の社では相変わらず膝を組んで賽銭箱に座るテンテンの姿が見えた。香澄の姿に気づくと眉を上げた。

「無事終わったようだな」

 そう言ったかと思うと、テンテンは尻尾の毛を抜きふっと息を吹きかけた。その毛が光を帯びたかと思うと、辺り一面に広がる。以前よりも大きな光の中で、ハッキリと弥生の姿が見えた。

 生きていた頃と変わらない姿で香澄に微笑みかけると「香澄ちゃん」と名前を呼んだ。

「お……ばあ、ちゃ……」

 優しく香澄を呼ぶ弥生にそっと手を伸ばす。その手が弥生の姿に触れるその瞬間、弥生は光に飲み込まれるようにして、消えた。

「おばあちゃん……おばあちゃん……!」

 泣きじゃくりながらも、香澄は必死に涙を拭うと顔を上げた。あと少しだ。あと少しで、きちんと弥生と会える。けれど……。

 置いて行かれる方と同じぐらい、置いて行く方が辛いことを、寂しいことを香澄は知ってしまった。ならあのとき、自分の命が消えゆく瞬間に、弥生は何を思ったのだろう。それは本当に遺言のことだけなのだろうか。

 もしかしたら香澄に伝えたい想いがあったのかもしれない、そんな予感が胸を過った。
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