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第四章

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「テンテン? テンテン、どうしたの?」

 慌てて抱き上げると、ぐったりとしたまま身動き一つしない。

 力を使った反動なのだろうか。今までこんなことになったことはなかったのに。

 もしかしてあれだけハッキリと弥生の姿を映し出すためには、相当の力が必要だったのかだろうか。

 それに青崎のことも透視させていた。一気に力を使いすぎたのかも知れない。

「テンテン……テンテン! 大丈夫? ねえ、テンテン!」

 どれだけ声をかけても微動だにしないテンテンに、香澄の目には涙がにじむ。嫌だ、テンテンまで失いたくない。弥生を失い、このあと店も自宅も失う香澄から、これ以上大切なものを奪わないで。

 けれど、いくら名前を呼んでもテンテンは動くことなくぐったりとしたままだった。

「香澄さん? どうしたんですか?」
「青崎君、助けて。テンテンが! テンテンが!」

 ようやく猫神社へとたどり着いた青崎は、香澄のただならぬ様子を感じたのか慌てて駆け寄ると手に持っていた袋を地面に置き、テンテンに触れた。

「呼吸は……してるようですが……。何があったんですか?」
「私の為に力を、使ってくれてて……それで……」

 どうしよう、私のせいだ。香澄の頭の中ではその言葉ばかりがグルグルと回る。そんな香澄とは裏腹に、青崎はテンテンの口元に、そして身体に耳を押し当てた。

「……息はしてるようです。あ、今何か声が」
「は……へ……」
「テンテン? どうしたの? 苦しいの? テンテン!」
「はら……へっ……た」
「え?」

 微かに聞こえたテンテンの言葉に、香澄は青崎と顔を見合わせた。

「今『腹減った』って……。いや、まさか」
「私にも、そう聞こえたんだけど……」
「そういえば、これを猫宮司に持っていけって言われて」

 青崎は思い出したように腕にぶら下げたままになっていた白いビニル袋を開いた。中にはおにぎり、それもおかかの、だ。その瞬間、テンテンの鼻がヒクッと動いたのがわかった。

 包装を外し、おにぎりをテンテンの鼻先へと持っていく。すると。

「あ……」
「すご……」

 目を閉じたまま口を大きく開けると、テンテンは勢いよくおにぎりに食らいついた。そのまま目にも止まらぬ早さでおにぎりが飲み込まれていく。

「え、えっともう一個、いる……よね」

 恐る恐る尋ねる香澄の隣で、青崎は二個三個とおにぎりの包装を外していく。結局、合計五個ものおにぎりを平らげ、ようやくテンテンは顔を上げた。

「テンテン!」
「うるさい。声が大きい」
「よかった、死んじゃったのかと思った!」
「神使がこの程度で死ぬわけがなかろう。ただ力を使い果たしたせいで、精も根も尽きていただけだ」

 いつも通りの尊大なテンテンの言葉に、香澄は安心してその場にへたり込んだ。

「よかった……。本当に、よかった」
「……ふん。何がいいものか。力を使い果たしたせいでまたこの姿に逆戻りだ」

 真っ白の猫の姿でテンテンはぶすっとした声を出す。

「お前のせいで力がなくなったんだ。明日からも私の使いとして働いてもらうからな」
「で、でも私、家がなくなって……」
「そんなものは知らん。まあそうだな、どうしてもというのなら私の神使だからな。雨風しのげる程度の住み処ぐらいは、準備してやってもいいぞ」

 その言葉がテンテンの優しさであることはすぐにわかった。どうやって住み処を用意するのかとか、そこは本当に人間が住める場所なのかとか色々疑問は残るけれど。でも。

「うん、ありがと」

 香澄の言葉にテンテンはふんと鼻を鳴らすだけだった。けれど、それでよかった。それできちんと思いは伝わってきた。

「香澄さん、あの今の話なんですけど」

 けれど香澄は忘れていたのだ。すぐそばに青崎の存在があったことに。

「家がなくなるってどういうことですか? まさかと思いますが以前レインボウを訪れたあの男ですか? まだ解決していなかった……?」

 青崎は先程の香澄とテンテンの会話だけで、黒田との間の揉め事が解消していないことを理解してしまっていた。
 一瞬の逡巡のあと、香澄は小さく頷いた。

「あの店と二階の住宅部分の権利を遺言状でもらったんだって。すぐ出て行けとは言わない。期限まで待ってやるって」
「そんな……。それで、期限は、いつなんですか」
「……今日」
「嘘、ですよね」

 嘘だったらどんなによかっただろうか。静かに首を振る香澄に青崎は「嘘だ……」ともう一度呟く。

「なんで、そんな大事なこと、教えてくれなかったんですか」
「……ごめん」
「あ、いや。……すみません。香澄さんを責めてるわけじゃなくて、俺、もしも知ってたら何かできたんじゃないかって……。ううん、そんなの思い上がりですよね。テンテンさんにできなかったことを、俺なんかができるわけ――」
「そんなことないよ」
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