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第4章

『男と漢、女と女』

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 校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下には、多くの生徒の往来があり、放課後特有の様々な音で溢れている。吹奏楽の音色、運動部の掛け声、ホイッスルの合図、体育館の床と上靴の擦れる音、これら全てをまとめて名前をつけるなら、それは「青春の音」とでも言うのだろうか。

 そんな青春の1ページに、鮮明に焼き付けられる程のインパクトを持つ人物が、ゆっくりと強く地面を踏み締めながら進んでいく。
 実際に高校生男子1人分の体重を支えているため、それは全身の筋肉に多大な負荷を掛けているはずだが、本人に言わせればそれは「筋肉が喜んでいる」という解釈になるらしい。

「なあ真純、いつまでお姫様抱っこしているつもりだ?そろそろ降ろして欲しいんだけど……」
「もうすぐ保健室だから、我慢我慢」

 部活の練習試合で、『花沢華』を庇って脚を軽く捻ってしまった勇志は、「脚に負担が掛からなそうだから」という理由だけで、真純にお姫様抱っこをされて保健室まで運ばれているところだった。
 道行く男子生徒には指をさして笑われ、女子生徒たちには怪訝な表情をされて、脚の痛みよりも遥かにメンタルの方がダメージを受けていた。
 それだけならまだ勇志にも幾分か耐性があったが…… 

「男と男がお姫様抱っこで、あ゛ぁあぁぁあぁああッ!!! どこ行っちゃうのーッ!?」
「え!?ちょッ、BL!?これ何てBL!!?」
「林田くんと入月くんって、そういう関係だったの!?」
「入月くんが『攻め』じゃないの!?」
「ほら!だから言ったじゃない、入月くんは『受け』でこそ真価を発揮するって!」

 こんな調子で女子からは何故か好意的に受け入れられることがあり、勇志はそのおかげでメンタルをげしげし削られているのだった。

「なあ勇志、『攻め』とか『受け』とか、皆んなバスケ好きなのかな?」
「バスケなら『攻め』と『守り』だろ?『受け』とは言わないからな」
「へえ~、じゃあ何のこと言ってんだ?」
「真純よ、知らない方が幸せなことも、世の中にはあるんだぜ?」
「そう言われると気になるな」
「ならんでいい……」

 そんな他愛ないやり取りをしながらも、軽々と勇志を運んでいく真純の逞しさに、自分が女だったらイチコロだったかも知れんと考えてしまい、勇志は急いで頭を振って雑念を追い出した。

「――ふむ…」

 保健室の前に辿り着いた真純は、両手が塞がっているこの状態で、どうやって扉を開けるかを考えてフリーズしてしまう。

「あー… 開けさせていただきます」

 両手が塞がっている真純の代わりに、勇志がお姫様抱っこされている状態で扉を開けて事なきを得たのだった。
 
「お、自動ドアサンキュー」
「やかましい!」

 なんてシュールな絵面だろうか。
 直ぐに真純は保健室内を見渡し、先生を探し始めた。幸い、目当ての人物はデスクで書き物をしていたらしく、すぐに見つけられた。

「すいませーん、バスケの練習中に脚を怪我したやつを運んできましたー」
「おう、お疲れさん。 空いてるベッドに運んどいてくれ」
「俺はモノ扱いかッ!」

 真純はそのままベッドに勇志をゆっくり降ろす。こんなシーンを先程の女子たちに見られたら、それはもう大パニックになること間違いないだろう。
 そんなBL臭漂う2人を気にも止めず、養護教諭の男は顔だけ勇志の方へ向けて、ほんの数秒だけ患部を見て、また直ぐにデスクへと視線を戻した。

「ああ、そりゃあ捻挫だなー。湿布貼って包帯巻いときゃ直ぐ治るわ」
「シゲ先生、もうちょっとちゃんと見てくれません……?」

 再びデスクに向き直った、白衣を着た色気溢れるダンディなおっさん、『後藤重正ごとうしげまさ』の背中に向かって勇志は呟いた。

 保健室の先生と言えば、白衣の似合う素敵で優しいお姉さんというイメージで、それが全ての男の憧れでもあると思うが、残念ながらこの学校は違う。
 まず性別は男、しかもおっさんだ。 それだけで既に夢は潰えたのだが、これがただのおっさんではなく色気があるおっさんなのだ。

後藤重正ごとうしげまさ
六花大付属高校の養護教諭。 所謂、保健の先生だ。
 背が高く、顔も何処か日本人離れしているせいか、無精髭やボサボサの髪も汚らしくなく、むしろ良いアクセントになっているというか、とにかく男の敵であることに間違いはない。
 無論、女子生徒から絶大な人気を誇り、『授業はサボっても保健室ではサボるな』という、六花大附属高校に伝わる伝説の一つに数えられている。

「そんなん見なくてもだいたいわかるっての。ほれ、湿布と包帯」

 重正は、引き出しから湿布薬と包帯を取り出すと、勇志の方を見ることなく軽く放り投げた。

「投げるな! てか、セルフサービスかっての!」

 見事な背面パスで、勇志の手元に湿布と包帯が舞い込んだが、重正はパスが通ったかどうかも確認せず、白衣の胸ポケットから煙草を取り出し、一本口に咥えた。

「スー… ハァー……」
「校内で煙草吸うな!!」
「にしてもシゲ先生、ナイスパス!流石、バスケ部の顧問ですね」

 今まで黙って2人のやり取りを眺めていた真純が、急に重正のパスに感心して褒め始めた。

「え?バスケ部の顧問ってシゲ先生だったんですか!?」

 勇志の質問に、重正は再び煙草の煙をゆっくり吐き出した。

「あー、そう言えばそうだったな~… 殆ど顔出したことないから忘れてたわ」
「ツッコミどころが多すぎて、もう対処できませんけど!」

 勇志が重正を苦手な理由が、この短いやり取りで十分に伝わっただろう。
 教師として尊敬出来るかと言われると、首を傾げてしまうが、親しみやすい先生ではあると、その一点だけは認めていた。

「じゃあ先生、勇志のこと頼みます。俺はそろそろ戻るので」
「はいよー、バスケ部の皆んなによろしく言っといて~」
「わかりました。じゃあ、あんま無理すんなよ、勇志」
「へーい、一応送ってくれてありがとうと言っておく」
「気にすんな、じゃあな!」

 真純はそう言い残して、小走りで体育館の方へ戻っていった。

 保健室には重正と勇志の2人。先生と2人きりになる機会など殆どないため、いつもと違う緊張感を勇志は味わっていた。
 
(シゲ先生とは言え、2人きりになるのは何か緊張するなー…)

 重正はというと、勇志のことは気にせず、デスクのノートパソコンに向かってキーボードを打ち鳴らしている。
 しばらくその音だけが保健室に響いていたが、重正は大きな溜息をついた後、唐突に勇志の方へと顔を向けた。

「おいお前さん、前に脚にでっかい怪我した事あるだろ?」
「え?何で知ってるんですか?」

 重正は勇志の中学時代の怪我を見事に言い当てると、おもむろに勇志の元へ近付き、改めて負傷した右脚を軽く触って渋い顔をした。

「靭帯やったのか?まあ、末端の細い所だから問題はなさそうだが、変な癖になるから気を付けろよ?」
「は、はい…… でも、医者からは日常生活に支障はないって言われてます」
「へー、俺にはお前さんが激しい運動に勤しんでるように見えるけどー、日常生活逸脱しちゃってない?」
「そうなんですけどね、ちょっと事情がありまして… でも問題ないです。ちゃんとセーブしてますから」
「まあ、俺は別に止めはしないが、脚の怪我は一生付き纏うもんだから後悔しないようにな」
「肝に銘じておきます」

 (あれ?もしかしていい人なのか?)と、勇志は考えを改めようかと思った矢先、すぐ側で吸いかけの煙草を吹かしたので、煙と一緒にその考えも大きく払い除けた。

(未成年の隣で、しかも神聖なる学校内で煙草吸っちゃう大人なんてろくな人間じゃないに決まってらぁ!)

「それよりお前さん、【Godly Place】って知ってるか?」
「え゛…えぇ、知ってますよ、最近流行はやってるバンドですよね?唐突にどうしたんですか!?」
「いや~な、そこのバンドの『ユウ』ってやつと、お前さんが背格好が一緒で、骨格も似てて、声帯の幅も近いし、怪我した右脚を庇う仕草とかが、どーも同一人物なんじゃないのかなと思ってなー」
「そ、そんなわけないじゃないですかッ!?」
「ふむ、他人の空似そらにか… 間違いないと思ったんだけどな~」

(何なんだこの先生!?ヤバいヤバいヤバい!長居は無用、ボロが出る前に退散しよう!)

 勇志の身バレ防止のための努力を、重正の人間離れした観察眼で、いとも簡単に見抜かれてしまった。なんて理不尽なんだと言わざるを得ない。

「それじゃあシゲ先生、だいぶ良くなったんで戻りますね!あっざましたーッ!!」

 軽く右足を引きずりながら、勇志は急いで保健室を飛び出したのだった。

 保健室に1人になった重正は、再び煙草を吹かすと、「あれは黒だな……」と、小さくボヤいた。


………………
…………
……


「ただいまー」

 保健室で後藤重正先生に【Godly Place】の『ユウ』ではないかと問い詰められ、何とか誤魔化して逃げ出した勇志は、体育館に戻った後、直ぐに時雨に「今日は帰って休みなさい」と、体育館から否応無しに追い出されてしまった。
 勇志自身も、「怪我人がいても邪魔になるだけか」と思い、ご厚意に甘えて帰って来た次第であった。

「なんか、疲れたな……」

 玄関の段差に腰を掛けたまま、少しの間動けなくなってしまう。外からは屋根や壁に雨粒が弾ける音が絶え間なく聴こえてくる。
 バスケでは怪我をして、オマケに天気にまで嫌われて、やっと家に帰って来れたのはいいが、今まで何とか誤魔化してきた最近の疲れが一気に押し寄せてきたようだった。

「おかえり~、 お兄ちゃん」

 リビングでテレビでも観ていたのであろう、勇志の妹、『百合華ゆりか』が、帰宅時の定型分を発しながら玄関にひょっこり顔を出した。

「え、どうしたの?」

 百合華は玄関に座り込んで動けなくなっている兄に当然の反応をした。

「何か急に疲れがドッと押し寄せてきて……」
「そっか~、お疲れ」
「もうちょっと心配してもいいんだよ?」
「また今度ね~」
 「それ絶対しないやつじゃん」

 昔はいつでもどこでも、「お兄ちゃんお兄ちゃん」と、兄の後ろをくっ付いて離れず、「大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!」とまで言っていた、あの可愛い百合華は何処へ行ったのかと、さらに勇志の腰は重くなったのだった。

(どこで道を間違えてしまったんだろうか… お兄ちゃんは悲しいよ……)

 そんなことを考えながら、何とか重い腰と痛む脚を持ち上げた勇志は、階段下に荷物を一旦置き、汗と雨でベタベタになった身体と疲れをシャワーで洗い流そうと脱衣所へ向かった。

 脱衣室に入るとどうも先客がいたようで、誰かが中でシャワーを浴びている最中だった。
 先客といってもこの家の住人は勇志を入れて3人、先程リビングにいた妹を除けば、誰がシャワーを使っているのかなど考える必要もない。
 引き返そうと振り向きざまにある物に視線が止まる。そこには、今先程まで履いていたであろう服が綺麗に折り畳まれて置いてあった。
 その服の一番上には、勇志が今まで見たことないほどのセクシーな赤いブラジャーがちょこんと置いてあり、嫌でも目が離せなくなってしまった。

 「何かがおかしい……」

 普段から家事を分担している入月家では、洗濯物干しも当然順番に回ってくる。今まで数え切れないほど家族の洗濯物を干してきた勇志が、一度も見たことがない下着があるなど考え難い。
 例えば、下着を新調したということならあり得るだろう。しかし、自分の母親の好む色の傾向から明らかにズレている。中でも一番の決め手となったのは……

「サイズが明らかに小さい!いや、小さ過ぎる!」
「そこに誰かいるの?百合華ちゃん?」
(母さんの声じゃない……!?)

 全身から嫌な汗が吹き出て、ビッシリと背中に服が張り付く。
 そんな勇志を待っていたかのように、浴室の扉がゆっくりとが開かれていく。
 不思議なことに勇志の頭の中は冷静で、(どうしようもない時って身体はピクリとも動かないんだな)と、冷静に現状を把握していた。

「――っ……!!?」

 浴室から出てきた人物は、脱衣所にいる勇志の顔を見て硬直する。
 誰でも、風呂から出て目の前に見ず知らずの男が立っていれば叫ぶなり、警察を呼ぶなりは当然だろう。
 しかし、場合はどうなるのだろうか…?
 勇志は赤いセクシーなブラジャーの持ち主をよく知っていた。そう、その人物とは……

「あ、あの… 西野?久しぶり、そしてごめん!」

 入月家でシャワーを浴びていた人物は、私立華園学園の2年、『西野莉奈』その人だった。

 こういう時、どう声を掛けていいかわからず、取り敢えず挨拶を挟んでから謝罪をするという、不思議な行動を取ってしまった勇志を、誰が責めることができようか。
 莉奈の濡れた髪から滴る水滴、見事に精錬されたボディラインに、無駄のない筋肉が、シャワーの水を弾き返すように輝いて見える。
 そんな莉奈の姿を、無意識で脳内に超スピードで焼き付けている中、会話に割くリソースなど残っているはずもなかった。

「勇志の……――」
「あ…(グーで殴られるな、これは……)」
 
 殴られても仕方がないと、勇志は目を瞑り、歯を食いしばってその時を待ったが、その瞬間はなかなか訪れない。
 意を決して、勇志はそっと瞼を開く。

 「――えっち…」
「へ……?」

 強烈な右ストレートの代わりに、勇志に飛んできたのは、咄嗟にバスタオルで前だけ隠した莉奈の恥じらう姿だった。

(え…?殴られない?何で!?てか、何だ!?この西野の淑やかな雰囲気は!?いや、そもそも何で西野が俺の家にいるんだ!?あー、ダメだもう訳がわからんッ!)

「――いつまでジロジロ見てんのよ… バカ……」
「ごごごごごごめんッ!すぐ出てくからッ!」

 莉奈に指摘されるまで、食い入るように莉奈の身体を見つめていたことに、全く気付かなかった勇志は、逃げ出すように脱衣所を後にした。

「――これって、脈ありなのかな……?」

 莉奈は自分自身に問い掛けるように呟いた。

 脚の痛みも疲れも忘れて脱衣所から逃げ出した勇志は、急いでリビングにいる百合華を捕まえて、問い詰めていた。

「何で西野が家にいるんだよ!?」
「何でって言われても、私が家に上げたんだけど…」
「いや!そうだろうとは思うよ!?いや、そうじゃなくて!そもそも知り合いでもないでしょ!?」
「う~ん… 何て説明すればいいのかな~……」

 百合華はそうは言いながらも、テレビを見続けている。言葉と態度が釣り合っていないということはつまり、特に何の意味もなく連れ込んだんだなと、勇志は自分の頭を抱えた。

「――それは私から話そうか?」

 言葉の主は、先程勇志が脱衣所で全裸を目撃してしまった西野莉奈だった。
 莉奈は大きめのグレーの部屋着を着てリビングに入ってきては、チラリと勇志の方を見やる。

「ぅ…ぐ……」

 莉奈の顔を見ただけで、脳内に先程の映像が鮮明にフラッシュバックして、言葉に詰まる。そのまま真っ赤な顔をして、慌てて視線を逸らすが、それは莉奈の方も一緒だった。

(あの後、冷静になって考えたけど、私… ちょっと大胆過ぎない!?そりゃあ、コイツのことちょっと良いな~って思ってたし、毎日毎日コイツのこと考えてたし、毎日毎日一方的にメール送ったりしたけど、だからって色仕掛けみたいなことをいきなりするなんてやっぱりおかしいよね!?引くよね?あー、もう!今更になって恥ずかしくてどうにかなりそ~!!)
 
 莉奈の脳内はパニックになっていた。
 そんなお互いに茹蛸ゆでだこになった2人を交互に見ながら、百合華は「面白そうなことになってきた」と、つい顔に出しながら笑いを堪えていた。

「ねえ?2人とも、お風呂で何したの?」
「「何もしてない!!」」

 見事なシンクロのツッコミに百合華は「ますます怪しい!」と、好きなテレビ番組を消してから2人に向き直った。
 勇志はこの気まずい雰囲気をどうにかしようと、わざとらしく咳払いをしてから、莉奈に話を振ることにした。

「そ、それで西野はどうして家にいるんだ…?」

 勇志が知っている莉奈の予備知識は、同い年で隣町のお嬢様学校に通っていること、見た目以外お嬢様要素は皆無だということくらいで、人間関係とか、何処に住んでいるのかということも知らなかった。

「そ、その……」
「言いにくいようなら、私が代わりに説明しますよ?莉奈さん」
「え……?」
「莉奈さんは大雨なのに傘も刺さず、家の前をウロウロしていたので上がってもらいました~」
「え、何それ――」
「あーッ!!百合華ちゃん!?その言い方だと私、ストーカーみたいじゃない!?」
「えー… でも、本当のことですよね?」
「確かにそうなんだけどね!?!?」

 莉奈の物凄い気迫に迫った顔を見て、流石の百合華も直ぐに手のひらを返すことにした。

「わ、わかりました… というわけでお兄ちゃん」
「はい?」
「近くでたまたま会って、良かったらどうぞって上がってもらったんだよ」
「いや、もう完全に後の祭りだけどな?」
「――だって、勇志… 全然連絡くれないし、メールも返してくれないし、いつになったら約束守ってくれるのかって文句言ってやろうと思って……」
「あー!?それはお兄ちゃんが悪い!」
「それは本当にその… ごめん、最近本当に色々忙しくて……」

 忙しいのは事実。しかし、それを言い訳に女の子1人を悲しませてしまったのもまた事実だ。勇志は今更ながらその事に気付き、深く反省した。

「今、バスケ部の助っ人を頼まれてて、それが終わったら必ず時間作るから… だから頼む!その時まで待ってくれ!」

 そう言って深く頭を下げる勇志に、莉奈もこれ以上、彼を責める気にはなれなかった。実際は文句を言ってやろうというのは勇志に会うための口実だったのだが、結果的に自身の裸を見られてしまい、凄く恥ずかしい想いもしたため、今回は痛み分けということにしておこうと、都合良く自己完結していた。

「べ、別にいいけど……」
「ありがとう!」
「ふ~ん、それより勇志がバスケ部の助っ人ね~…」
「そうだけど、それがどうした?」
「勇志って運動出来るんだ」
「おい!」
「ゲームと、あとちょっとだけ喧嘩強いくらいしか取り柄ないんだと思ってた……」
「あのなあ!こう見えても結構運動出来る方なんだぞ!?」
「ふーん……」

 莉奈からあからさまに疑いの目を向けられ、なんだか釈然としない。【Godly Place】の活動を隠すためにも敢えて目立たないようにしていたつもりだったが、そこまで自分が『ダメ人間』と思われていたことは高校生男子にとっては受け入れ難いことなのかもしれない。

「ねーねー、お兄ちゃん!それよりさ――」
「『それより』って言っちゃってるし」
「莉奈さんが遊園地のチケット持ってるらしいから、今度3人で行こうよ!」
「いや、2人で行ってきなよ。女子2人、水入らずでさ」
「それじゃ意味ないの!!」
「へ…?何の意味……?」

 突然プリプリと怒り出す妹に、勇志は少し動揺してしまう。

「もう!とにかくお兄ちゃんも一緒に行くの! 最近忙しいからって私に構ってくれてないでしょ!?」
「仰る通りです… 謹んでお受けいたします」
「「やった~ッ!!」」

 自分が行く事で大喜びする2人を見て、そんなに喜んでくれるなら悪くはないかなと、少し顔が綻ぶ勇志であった。

 「――勇志と遊園地… 勇志と遊園地… 勇志と遊園地… 勇志と遊園地… 勇志と遊園地……」
「莉奈さん、それはちょっとヤンデレっぽくて怖いです……」
「ごめんね百合華ちゃん!それと、これからも末永くよろしくね!私のことは『義姉おねえちゃん』と呼んで良いからね!?」
「気が早っ!!?」
(2人とも仲良いのな~、俺は人付き合いが苦手だから羨ましいわ……)

 勇志は、2人の仲睦まじい(と思ってる)光景を見ながら、こういう騒がしさも悪くないのかなと呑気に物思いに耽っていた。

 一方、百合華の脳内では、今まで歩美の独壇場と思われていた『お兄ちゃんの恋の相関図』に、新しく莉奈が加わり、波乱の幕開けを予感していたが、それが本格化するのはもう少し先の話である。

 その後、莉奈は買い物を終えて帰ってきた『入月陽毬勇志のママ』に「晩御飯を食べていきなさい」と勧められ、断りきれずに晩御飯を食べて、雨も止まないし、夜も遅いからと、女の子1人では返せないと始まり、結局泊まっていくことになったのだった。

「にしても西野、何か随分丸くなったなー……」

 ゲーセンで出会って喧嘩して、その後学校にまでやって来て怒鳴りながら追いかけられ、それで今日だ。全裸を見てしまった時は、流石に死を覚悟したが何故か無傷で、しかもちょっと恥じらって見せたのだ。
 全くもって莉奈という人物が、勇志には未だに掴めないのだが、何にせよ――

「最初から今日みたいな感じだったら素直に可愛いのに……」

 勇志は、そう文句にも近い独り言を呟きながら、部屋の電気を落とした。

 勇志が布団に潜り込んだちょうどその頃、百合華の部屋では2人の女子による女子のためのガールズトークが盛り上がりを見せている頃だった。

「――それで、莉奈さんはぶっちゃけお兄ちゃんのどこに惚れたんですか?」

 2人は百合華のベッドに向き合うように座って、くつろいでいたが、百合華の突然の爆弾発言を受けて、莉奈は動揺を隠せなかった。彼女は基本的に嘘が付けない人間なのだ。

「はあ!?ほ、惚れてないし…!」

 嘘である。しかし、目は泳ぎ、頬も一瞬で赤く染まる、身体は正直そのものだ。

「ふーん… じゃあ私の勘違いだったみたいなので、遊園地の件は白紙に戻っ――」
「ごめんなさい!嘘です!好きです!ごめんなさい!」

 この掌返しに、直ぐに莉奈は白旗を上げて降参した。

「じゃあ、お兄ちゃんのどこが好きか、ちゃんと教えてください」

 百合華は怪しい上目遣いで莉奈に詰め寄る。百合華は莉奈に対して敬語を使い、ある程度の尊敬もしているが、この時点でパワーバランスが百合華の方に大きく傾いていることは、莉奈自身は全く気付いていなかった。

「え!?え~と… 実は自分でもよく分からなくて…… ただ…」
「ただ…?」
「いつでも勇志のこと考えちゃうし、今日みたいにどうしても会いたくなっちゃう時があるし、こういう気持ちがきっと、 恋… なんだなってのは分かる… 気がする……たぶん……」

 その辺に転がっていたクッションを強く抱きしめながら、莉奈はピンク色に染まった自分の顔の下半分をクッションに埋もれさせた。

「へぇー……」
「な、何よ…?悪い!?いくら勇志の妹ちゃんだからって、『好き』って気持ちに文句を言われる筋合いはないんだからね!」

 百合華の素気ない返事に、照れ隠しでつい大きな声を荒げる。

「いえいえ!違いますよ!むしろ私は心から応援していますよ?」

 百合華も別に素気ない返事をしたのでなく、莉奈のその仕草が同性でも可愛い過ぎると、見惚れてしまったからだった。

「ほ、ホントにッ!?」
「もちろんです!けど、莉奈さんには超手強い好敵手ライバルがいるんです……!」
恋敵ライバル……」

 百合華は座る姿勢を正し、ゴホンと咳払いをしてから、好敵手ライバルの説明を始めた。

「その人はお兄ちゃんの幼馴染で容姿端麗、モデル並みのプロポーションで、さらに私のお父さんもお母さんも公認のほぼ『許嫁いいなずけ』と言っても良いほどで、今1番お兄ちゃんの恋人に近い人物……」
「はぁ……」
 
 百合華がそこまで話した所で、莉奈から大きな溜息が溢れる。

「知ってる、それ桐島歩美でしょ?」
「あれ?お知り合いだったんですか?」

 百合華としては歩美のことを知っているのは意外だった。何故なら、歩美の美貌を一度見れば、同じ土俵に立って、好きな異性を自分のものにしようなどと、愚かに思えてしまうと、本気で考えていたからだ。

「うん、勇志と初めて会った時に一緒にいたのよ」
「なるほど…… じゃあ、歩美ちゃんの脅威は身を持って知っているということなんですね?」
「まあそうね…… でも、自己紹介の時に歩美、って言わなかったのは、そういうことなんでしょ?」
「莉奈さん鋭い!」

 どんな強敵にも弱点はある。百合華は莉奈の恋愛に対する姿勢、『待っているだけじゃない』『自分から攻めていく』という姿勢に素直に感動した。

(歩美ちゃんとは、やはり違うタイプみたい… その前向きハングリーな姿勢に免じて、ここは一つ、歩美ちゃんの弱点を教えてあげようかな)

「良いですか莉奈さん、何故かお兄ちゃんと歩美ちゃんは『幼馴染以上恋人未満』から抜け出せない理由があるみたいなんですが、妹の私にもその内容までは分かりません… 」
「理由……」
「見ているこっちが『早くくっ付け!』と思うシーンも何度もあったんですが、これ以上は…!と言う所で、ストッパーみたいなものが発動するんですよね~」
「成程、でもそれは中々危険ね…… いつが起こるかもってことでしょ!?」
「莉奈さん、本人の妹の前で言っちゃダメだと思いますよ?」
「はっ…!?ごめんッ……!」
「でも、付け入るチャンスはそこにあると思いますよ!むしろ、そこにしかない!」
「ガンガン攻めろってことね!」
「はい!そして、あわよくば既成事実を作ってしま――」
「ちょっとそれ!?妹が言っちゃダメなやつ!」
「はっ…!?そうでした……」
「と、とにかく、やってみるわ!」
「はい!頑張ってくださいね!」

 胸の前で小さくガッツポーズを作る2人、お互いにその姿を見て、クスッと笑った。

「ねぇ、ところでなんだけど、百合華ちゃんはどうして私の味方をしてくれるの?」

 突然、莉奈がふと湧いた疑問を百合華に投げかける。まだ会って間もないのに、こうして百合華が自分の恋路を応援してくれる理由が分からなかったからだ。

「うーん、私はですね、皆んなの味方なんですよ?」
「皆んな?じゃあ歩美も!?」

 百合華の発言に莉奈は当然驚きを隠せない。「皆んな」ということは、当然、最大のライバルである歩美も含まれているということに他ならなかった。

「はい、私は皆さんに本気でお兄ちゃんと向き合って欲しいんですよ。そして、お兄ちゃんは沢山の素敵な女の子の中から、たった1人だけを選ぶんです。それって素敵だと思いませんか?『愛』だと思いませんか!?」

 百合華は、言葉を重ねるごとに声が大きくなり、身体も前のめりになる。何か並々ならぬ想いがあるのだろう。
 しかし、莉奈がその隠された想いに気付くことはない。何故なら莉奈の脳内では、沢山の中から自分が選ばれたという妄想が猛スピードで展開していたからだ。

「うん… それで私が選ばれたら、凄く嬉しいと思う……」
「――そう、そうじゃないと、私がお兄ちゃんを諦められなくなっちゃう……」
「え…?ごめん今何て言ったの?」
「いいえ、何でもないです!」

 そうして、2人は時間も忘れてガールズトークを楽しんだのだった。
 もちろん、次の日2人揃って寝坊したことは言うまでもない。
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