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プロローグ
しおりを挟むとある麗らかな陽気の日。
エヴァーナ公国の貴族の屋敷に馬車が入って行く。
「お嬢様、もう直ぐ到着ですね」
「…………気鬱でしかないわ、今日も」
「今日は何があるのやら、ですものね」
気鬱そうに、膝に手を置き、馬車からの景色をぼんやり眺めるセシリア。
彼女の気鬱の根源はこの屋敷にあるのだ。
侍女のマーシャと共に、やって来たものの、セシリアが望んで来た訳ではない。義務的な物だ。
翌年に控えるセシリアの成人に合わせ、セシリアは結婚を余儀なくされる。
その相手、コンラッドの屋敷に定期的に行かねばならず、今も差し入れとしてコンラッドの好物を用意し馬車に揺られているのだ。しかも、その好物はセシリアの手作りというまた厄介で極まりなく、セシリア自身作る気はないので、セシリアの屋敷に勤める料理人達に作らせてはいるのだが、それでもセシリアは嫌で仕方なかった。
セシリアが作るから意味がある、とばかりにコンラッドからの要求と、両親からの監視もある為、作らせている間セシリアは厨房に居なければならず、手を加えなければならないので、その時間も嫌な物だった。
「着きましたよ、お嬢様」
「…………はぁ……」
「我慢ですよ、お嬢様」
「一生の我慢なんて嫌よ」
「…………お嬢様……」
お労しい、と聞こえてきそうなマーシャの表情。代わって貰えるものなら本当に誰かに代わって欲しいセシリア。
「お待ちしておりました、セシリア様」
「…………コンラッド様は?」
コンラッドの出迎えは無い。
コンラッドの屋敷勤めの執事のエスコートで馬車を降りたセシリアは、コンラッドの姿が無いのが気になった。
「そ、それが………只今来客中でして」
「今日、私が伺うのは決まっていた事ですよ?それなら事前に何方かを優先し、面会の取り止めの連絡を入れるのが筋ではないのですか?」
「ご、ごもっともでございます……コンラッド様は、それをされておられなかった様でして……」
「…………それでは、私は帰りますわ……お待ちして、コンラッド様の気を早める訳にもお相手にも失礼になりますから」
冗談ではない、とセシリアは怒りを抑えつつ、執事に帰る旨を伝える。
「セシリア様、それがコンラッド様はセシリア様に会わせたい方が居られるので、お越しになられたら、庭園迄案内する様に、と」
「…………またですか?」
「………っ!」
「一体、何回目でしょう……黙認等致しませんから」
「そこを何とか……」
コンラッドは一人息子で、幼い頃は病弱であった為か、コンラッドの両親は彼を非常に我儘に育てていた。だからこそ、しっかりした令嬢を伴侶に、と願っていたコンラッドの両親はセシリアを気に入り、セシリアの両親と懇意にしていたのもあり、婚約を結ばせたのだ。
セシリアの両親も、コンラッドの素行の悪さは耳に入ってはいるものの、一度取り決めた婚約を破棄する等、体裁が悪いのか黙認してしまっていた。
そう、セシリアは人身御供の様に、コンラッドと結婚させられるのである。
「来たか、セシリア………さっさと来い」
「…………コンラッド様……ご機嫌如何でらっしゃいますか?」
「機嫌はいいぞ、今日は特に」
―――また何処ぞの令嬢と一緒ね?
執事も脂汗の様な汗を流し、セシリアの動向を見守っていた。穏便にして欲しいのだろう。
「………そうですか……お待たせした様で申し訳ありません、コンラッド様」
「全くだ………俺を待たせるな、セシリア」
「申し訳ありません」
―――本当に嫌な人
我儘で女にだらしない婚約者とは早く縁が切れないものかと、何度も模索しては諦めてきたセシリア。またこの日も諦める事になるに違いない、とセシリアはコンラッドについて歩き出した。
庭園に入ると、ガゼボで1人座るセシリアと同じぐらいの歳の令嬢がお茶を飲んでいた。
「アクア」
「コンラッド様!遅いわ、待ちくたびれちゃいましたよ」
「悪いな、セシリアがのろまなんだ」
「……………誰がのろまですって?」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も」
小声で文句を言っても、都合の悪い言葉は耳を貸さないコンラッド。自分の世界に入っている間は、セシリアの声は届かないらしい。
「紹介する、アクア………セシリア・ターナー伯爵令嬢だ」
「はじめまして、セシリア様………私、アクア・マリンフォード男爵令嬢です」
「はじめまして、アクア様」
アクアから握手を求められたセシリアだが、セシリアは手を取らない。
空振ったアクアの手は、所在無く降ろされた。
「セシリア!握手ぐらいしたらどうだ!」
「…………認めたと思われたら心外ですもの……マーシャ、アレを」
「はい」
セシリアは、マーシャに預けていた手土産を受取ると、包みから取り出す。
「コンラッド様、いつもの菓子ですわ」
コンラッドの好物をテーブルに置くと、コンラッドは先程の怒りを無視したセシリアに対し、また怒りを表した。
「セシリア!俺の言った事を聞き流すつもりか!」
「いつものコンラッド様の戯れではありませんか……どうせ、私と結婚しても、アクア様を愛人にするから、と仰るのでしょう?聞き飽きましたし、握手等してしまったら、愛人を認めたと思われてしまいます………愛人が欲しくば、私に了承等要りません……直ぐに別居致しますからご安心なさって?それか、今直ぐ婚約破棄なさいます?」
「ぐっ………」
コンラッドもセシリアとの婚約を望んでいた訳ではない、とセシリアは思っている。幾ら、セシリアが素行を注意しようが、一向に止めないコンラッドがセシリアに好意等ある筈もないからだった。
❆❆❆❆❆❆
最悪な面会であった為、セシリアがコンラッドの屋敷から早々と帰宅した。
長時間一緒に居るのも苦痛な程、コンラッドに嫌悪感を抱いたのは婚約者となり、コンラッドが先に成人してからだった。2つ歳が上のコンラッドがしっかりしていないので、セシリアはその分、教養や学業、嫁ぎ先の伯爵家の領地管理等覚えていかねばならず、そのコンラッドはセシリアに甘え遊び回っていた。それが積み重ねられた状況で、話す内容も考える余地も無い。
「今日も散々でしたね、お嬢様」
「…………せめて、コンラッド様から婚約破棄してもらえないかしら……お父様は全く取り合って下さらないんだもの」
「破棄した側も破棄された側も、傷付きますもの、仕方ありません」
「体裁が何だと言うの?私の気持ちが大切ではないのかしら」
体裁ばかりを気にする両親にもウンザリしながら帰路に着くセシリアのぼやきの一方で、セシリアを取り巻く者達が、行動に出る事等、セシリアには一向に分からなかった。
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