上 下
24 / 34

寂しい日々

しおりを挟む
 
 リュシエールが都の騎士達を引き連れ獣討伐に城を離れて数日後、コンラッドが意識を取り戻した。
 監視下の治療ではあるが、全ての物を諦めた様に大人しくなった。

「コンラッド……自害した理由を述べよ」
「…………罰せられるのに今更答えたって……」

 誰が聞きに行っても同じだった。

「父君は、領地に蟄居したがそれについては何も思う所は無いか?」
「……………蟄居?………そうか……と思ってか」
「その様に拝察する」
「………俺は如何なります?」

 だが、カーター伯爵との面会は違った。セシリアの父だからだろうか。

「裁判の準備をしている……君には娘の拉致監禁の罪もあるからな………禁固刑も免れぬだろうな」
「セシリアは……」
「娘は君にはもう会いに来ぬだろう………公子妃になるのだ、周囲も反対するしな」
「……………死なせて欲しかった……」
「生きて行くのに悲観しているからか?」
「っ!」
「ドラグーン伯爵に迄捨てられたからか?」
「煩い煩い煩い!そうだよ!何故あの人は俺を見ない!悪い事しても怒らない!いい事をしても褒めない!感情が無い訳じゃないだろう!他の奴らには感情豊かなのに、俺には違う!」
「…………ドラグーン伯爵に聞いた事があったので教えてやろう」

 カーター伯爵はひと呼吸置き、コンラッドに話し始めた。
 幼い頃は病弱で生死を彷徨う程弱かったコンラッドは成人迄生きられないだろう、と言われていた。そして、それならば欲しい物は何でも与え、楽しい事ばかりして欲しい、と育てていたがある日コンラッドの病気に効く薬が開発されその投与のおかげでコンラッドの病弱体質は治ったという。
 だが、その頃には性格の形成は出来上がっており、なかなか変わってくれなかったのだと、カーター伯爵は伝える。

「性格が変わらないなら、自分自身が変えようと思わない限りは難しいだろう、と判断されたそうだ……だから怒る事で解決するでなく諭し、褒める事も、当たり前の事をしたのだから、と褒めたくても褒めない事に決めたのだそうだ」
「………な……」
「親というものは、子の性格に合った育て方がある………君は、全く親の気持ちに理解してはいなかった………いつか自分の言った事を理解してくれるだろうと願いながら、話は繰り返されていた筈だ………娘の拉致、監禁、この事もドラグーン伯爵は君の行動を知っていたのだ……我々カーター伯爵家の者が探し回っていても知らない振りをしながらな………拉致され翌日には、私はドラグーン伯爵から『娼館を探せ』と聞かされていたのだよ……そして、猶予を与えて欲しいとな………娘の純血が危ういと知っていながら、頭を下げ『息子が考えを改める迄少し時間をくれ』と………猶予は1週間、と約束し、娼館に殿下が取り合って下さり、純血は守られて、1週間後助け出したのだ………ドラグーン伯爵はもう無理だ、と覚悟され、君を切ったのだ」
「…………」

 コンラッドは俯くと、今頃後悔をしたようで、シーツを握り締めた手の甲にポツポツと水滴が落ちていく。

「引き際は早くてな……君が狩猟祭に潜り込むのを確認し、直ぐに屋敷を出払い1人で都に数日残った後、領地に行かれたよ………止められない、と諦めてな………あのまま領地に蟄居してくれていたら、まだ君はドラグーン伯爵と向かい合えたかもしれなかったのに、蟄居する気もなく部屋に閉じ篭っている間、君はそれさえも気が付いてなかったようだ」
「……………」
「処罰を受け、領地に行き謝罪するのだな、ドラグーン伯爵夫妻に」

 カーター伯爵は踵を返し、療養中のコンラッドの部屋から出て行く。扉が閉まると、啜り泣くコンラッドの声が暫く続いた。

        ❆❆❆❆❆❆

「お話するのは初めてね、セシリア嬢」
「公妃陛下におかれましては健常とお見受けし、大変喜ばしく思っております」
「ふふふ………堅苦しい挨拶は宜しくてよ、セシリア嬢」

 リュシエールが城を空けているので、寂しいだろうと公妃がセシリアを呼び出したのだ。

「ありがとうございます」
「さぁ、お掛けになって」

 セシリアが畏まるかと思われたのか、公妃の部屋ではなく、城内の温室だった。

「このお茶はこの温室で作られたハーブのお茶なのよ」
「温室でですか?」

 広い温室にセシリアが見た事のない花々が咲いている。

「えぇ……エヴァーナ公国は北国で温暖な気候ではないので、花々を楽しめる事は難しいわ……山脈のおかげでね……火の魔法を駆使して温度も快適でしょう?」
「はい……温かいです」
「………いずれ貴女にこの温室の管理をしてもらわなければね」
「え………お任せさせてもらえるのですか?」

 セシリアはその言葉を聞き、もう一度見渡す。

「第代の公妃の仕事の1つよ……公国の人達はなかなか花を見れないわ……だから、少しずつこういう温室を各地に作って株分けして、見てもらってるの」
「素敵な事ですね……都に温室があったのは歴代公妃陛下の功績なのですね」
「ご覧になった事あるのかしら?」
「はい、何度か……母も花が好きなので」
「ここには薬草も毒草もあるの」
「え!毒草もですか?」
「ふふふ………毒草は必ずしも毒ではないわ……毒草の扱いを気を付ければ、妙薬にもなるの……そういう知識も覚えてね、セシリア嬢」
「は、はい……勉強していきます」
「貴女は賢い方だと聞き及んでいるから、大丈夫よ」

 お茶を飲む公妃の優雅さにうっとり見入ってしまうセシリア。

「………それで……」

 だが、公妃の雰囲気が楽しそうにワクワクしている様に見える。

「………はい」
「リュシーとはかしら?」
「……………ど、どうとは?」
「あの子ってば一途な恋をしていたから、セシリア嬢が振り回されてないかと思っているのです………先日も獣討伐に出る前、散々惚気を公王陛下と聞かされましたのよ」
「え!」
「狩猟祭の時のリュシーは本当に浮かれて浮かれて、見ていて浮かれ過ぎて羽目を外すのでは、と思ってましたけど、怪我が無かったのはセシリア嬢が縫ったハンカチ効果かしら?」
「そ、そうだと嬉しいです……」
「ふふふ………可愛らしい事……貴女の存在はリュシーにとっていい効果になったのよ、感謝申し上げるわ」

 扇で口元を隠し、微笑む公妃に感謝を言われる。
 感謝される様な事はセシリアはしていた覚えは無かった。

「感謝ですか?………私は何も感謝して頂ける事はしていないのですが……」
「貴女自身の存在、と言うべきかしら………あの子は言い寄って来る令嬢達にうんざりしていたの………結婚出来るのかしら、と思ってたわ」
「そうなのですか?」
「えぇ………婚約者候補を何人会わせたか……失礼だけど、貴女より美しく、貴女より賢い令嬢も居たのよ?」
「っ!」
「…………ふふふ……でもね、愛嬌も教養も貴女より上の方は居なかったわ………教養は国交には必要な事………美しくて賢くても教養がないと国交は上手く行くとは限らない………貴女はドラグーン伯爵の嫡男、コンラッド卿の婚約者であった時、彼の浮気相手達をあしらう器量や度胸……わたくしはそこを気に入っているの……外交にはその度胸が必要よ………リュシーは、その事に嫉妬と同情心、コンラッド卿への恨み辛みを見せていたけれど」
「…………え……見ていらしたのですか?」
「あら、ご存知無い?………コンラッド卿の浮気心に火が着いた頃、リュシーはずっと貴女を見ていたわ………だから、その内あの2人は婚約が破棄になる筈だから、待ってみなさいとわたくしは助言したのよ…………ふふふ……あの時のリュシーを貴女に見せてあげたかったわ……ヴェルリック卿……貴女のお兄様もご存知よ?ずっと片恋していたあの子の顔………」
「…………ま、まぁ……」

 リュシエールの片恋時期の話はなかなか聞けるものではなく、面白い話だが言葉に困るセシリア。

「それが仮面で顔を隠し素性を隠して楽しい事していて、話を聞くだけであの子が浮かれているのを見るのさえも嬉しかったわ………本当に、あの子の気持ちに気が付いてくれて、ありがとう………あの子の事、宜しくお願いしますね」

 公妃はセシリアに頭を下げた。
 それは、公妃の顔ではなく、母の顔だった。
 それがセシリアは途端にリュシエールに会いたくて仕方なかった。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

精霊に愛された少女の妹は叶わないからこそ平凡を願う

恋愛 / 完結 24h.ポイント:738pt お気に入り:3,863

王の愛は血より濃し 吸血鬼のしもべ第2部

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:25

クラスごと異世界に召喚されたけど、私達自力で元の世界に帰ります

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:930pt お気に入り:6

婚約破棄に巻き込まれた騎士はヒロインにドン引きする

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,094pt お気に入り:995

異世界にきたら天才魔法使いに溺愛されています!?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:25,930pt お気に入り:922

あなたにはもう何も奪わせない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:44,106pt お気に入り:2,778

異世界に転移したからモンスターと気ままに暮らします

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:127pt お気に入り:7,193

悪役令嬢は断罪イベントから逃げ出してのんびり暮らしたい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,044pt お気に入り:466

処理中です...