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しおりを挟む仕事を終えた由真は、やはりこの日残業で、時間を見るのに、スマートフォンを見た。
「あ!………き、桐生さん………うわっ……何度もメール入ってる!」
既読が付かなかったので、何度も連絡を入れて来たのか、もしくは仕事の事での連絡なのか分からない。
由真は仕事上の付き合いのある人間には、仕事用のスマートフォンがあり、桐生と連絡を交換したのは個人用のしか持っていなかったので、其方を連絡先に教えていたのだ。
「い、今既読付けたら、連絡来るよね………きっと………」
着信があれば出ていたかもしれないが、桐生からの連絡はメールだけだ。
「怒るよね、連絡返さないと」
人として既読スルーはやってはいけない。
意を決してと迄はいかないにしても、午後から何度も連絡が入っていて、由真が気が付いたのはもう夜19時だ。何時間もスルーしていた事になる。
バナーを見て内容を確認すると、食事の誘いから、心配されている内容に変わっていた。
「………電話しよ」
仕事の片付けをしながらスマートフォンを肩と耳に挟み、電話を掛けた由真。
もしかしたら、バーの方に居るかもしれなかったが、騒がしいバーで気付いてくれないかもしれないし、メールにしたのは電話では声が伝わり難いかもしれない。それでもメールで謝罪より電話で謝罪したくて、電話を掛ける。
『もしもし!』
「桐生さん、ごめんなさい!今、見ました!」
『…………無視されたかと思ってた……』
電話越しで溜息混じりの息を吐いた声。
「す、すいません………校了近くなると残業が多くなって、気が付けなかったです」
『何だ………忙しかったのか……』
「はい………特集の桐生さんとの企画は、仕事の合間にやらなきゃならないんで、今日何も進んでなくて……」
『忙しいのはいつ迄?』
「週末には終わります」
『じゃあ、週末デートしようか』
「…………はい!」
『…………プッ………そんなに嬉しそうにしてくれると、俺も嬉しい』
怒っている訳ではなさそうで、安堵したのも束の間、デートに誘われて有頂天になってしまった由真は桐生に笑われた。
「だ、だって………楽しみにしちゃ、駄目ですか?」
『…………いや………着替え、持って来いよ……下着は家にあるのでいいが、服は無いだろ?由真』
「っ!」
『…………我慢出来ない………挿入らせてくれ』
桐生が何処に居るかは分からないが、他人に聞かれたくない内容だ。
「き、桐生さ………今1人ですよね?」
『いや?店に居る』
「こ、言葉が卑猥です!」
『何だ?濡れたか?』
「ば、馬鹿!………おすわり!」
『っ!…………調子に乗った……ごめん……由真はまだ会社だよな………気を付けて帰れよ、夜道危ないからタクシー使え』
「その点は大丈夫です。駅ビルの賃貸物件のマンションに住んでますから、電車降りたらもう直ぐ家なので」
『そうか………でも電車内の痴漢には気を付けろよ』
「…………はい」
電話をすると会いたくなってくる。しかも、電話の桐生の声は甘く囁かれ、優しい声色だった。もしかしたら、電話を避けてメールにしたのは、会いたくなるからだろうか、と由真は勝手に都合の良い解釈をして、帰路に着いたのだった。
❂❂❂❂❂
デート当日。
由真が桐生との待ち合わせ場所に来ると、桐生はもう来ていた。長身の桐生は目立つので、見つけやすい。
---あ、桐生さ………あ……
少し伸びたのか、その長さが良いのかは分からないが、黒髪に長めの頭髪の桐生はイケメンの部類に入る。
由真が声を掛けようと駆け寄って行くと、2人組の女が桐生に声を掛けに行ってしまった。
「お1人ですか?お兄さん」
「…………」
「お兄さん、カッコいいですね。暇なら私達とデートしません?」
「…………邪魔………由真!」
躊躇していた由真に桐生は気付いてくれた。
「何だ、女待ちか」
「大した事無さそ、あの女」
負け惜しみか如何かは分からないが、ナンパ女子達は、桐生に無視されて去って行く。
「…………桐生さん、モテますね………でも無視するなんて、彼女達気を悪くしてますよ?」
「気を持たせたって、意味無いだろ?付き合っていく女じゃないんだから」
「…………そうかもしれないですけど……」
「この話は終わり!電車の切符買ってあるんだ。少し遠いが連れて行きたい所がある」
「連れて行きたい所?………何処かは聞いても教えてくれそうになさそう……」
「…………うん、教えたくないな」
「っ!」
由真は桐生に手を繋がれ歩き出した。
「手を繋ぐの嫌だったか?」
「い、いえ………びっくりしただけです………桐生さん、まさか今日カメラ持ってます?」
「あぁ………撮りたいんだ、由真を」
「…………え……」
「…………まさか、仕事だと思ってるか?」
「違うんですか?」
「今日はデートだろ?」
カメラを持って来ていた桐生に繋がる物としては緊縛しか思いつかなかったのだ。それは勘違いするだろう。
改札口を通り、特急列車に乗ると桐生は由真を窓際に乗せた。
「行き先、富士山ですか?」
「富士山には行かないよ。富士五湖を見て回ろうかな、てね………夜には帰って来たいから全部は回れないが」
寒いこの時期に、由真は防寒対策をしては来なかった。それなのに桐生はしっかりコートを着て来ている。
「行き先分かれば、もっと暖かくした格好にしてきたのに………」
「そう言うと思って、由真にもコート買ってある」
「え!」
「キャンプ用の防寒対策コートだが、コンパクトに出来るのをね………俺の着てるのと同じのを」
「…………そんなに暖かそうなコートなのに、何処に………」
「バックの中」
いつの間にか用意され、しかもそれを由真用に買うなんて思ってもいなかった。
「洒落て来るだろうと思ったし、街でこのコートと合わないだろ」
「富士五湖に行って羽織っても同じですよ」
「確かに………まぁ、急誂えしたと思わせとけばいいじゃん」
行ったは良いが、想像以上に寒かったから急遽買ってしまったテイで済ませる気なのには笑えてしまい、由真はクスクスと笑ってしまった。
「っ!」
「出来れば、行き先は知りたいです、桐生さ………!」
「…………」
軽く触れた桐生の唇。由真の頬ではあったが、由真は目を見開く。
「此処で、そんな顔したからな………」
「…………もぅ……いきなり………」
「っ!…………だ、だから……今、それは……」
由真を窓際に座らせて正解だった。
照れた由真の顔は、桐生には地雷ともいえ、襲いたくなるからだ。
頬を手で隠し、車窓に向いた由真。薄っすらと反射した顔はそれでもほんのり赤く色付いていた。
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