6 / 38
5
しおりを挟む突然、この男は何を吐かしてるんだ、とサブリナはキョトンとた顔で固まっている。
「なかなか、見られない顔をするのだな、サブリナ」
「っ!…………へ、陛下には妃が居られた筈では!」
「妃は居らん。側室は居るがな」
「…………え?居ない?」
国外では、アステラには妃が居る、とされていた。
サブリナも王族だったのだから、外交には詳しくないといけない。それが真実とは違うというのだろうか。
「あぁ、国内外の牽制の為に、妃は病弱で外交は元より、公務もしない、と知らせていただけだ。だが、側室とは子供も居るし、後継者には今の所困ってはいない。まだ子供も小さいからな。教育も始めたばかりだ」
「な、何故その様な嘘を………」
「欲しい、と思った令嬢は既に婚約をしていてな………その婚約者と争って迄、国際問題に発展させなくは無かった時期だったんだ。当時、俺は即位したばかりで、情勢安定を優先しなければならなかったしな」
「即位したばかり、と言うと7年か8年ぐらい前…………」
「そう、やっと安定し、外交にも目を向けた時、欲しいと思っていた令嬢が結婚してしまった。そして、結婚したその令嬢と会い、会話する度に、後悔したものだ」
「っ!」
握られた手に力が込められると、サブリナのもう外された左手薬指の指輪があった場所にキスが落とされたのだ。
「分かるか?サブリナ」
「な、何をでしょう………」
「惚ける気か?賢い其方なら分かると思っているが?」
「あ、あの…………そのお相手とやらは……わたくしだと?」
「そうだ。俺の欲しい令嬢は其方だ。其方が俺の妃になれば、勿論ユーザレスト公爵にも見合った地位を約束しよう」
「お、お父様!」
サブリナは返答に困り、父に助けを求めるが、ユーザレスト公爵もいきなりの事で、固まっていた。
過去、数回会って会話しただけの面識しか無いサブリナに、どの部分が気に入り欲しい、と思わせたのか分からないのだ。
「アステラ陛下………娘は離縁したばかりでございます………す、少し考える時間を頂きたく思いますが」
「何、俺も今日明日にでも、と言うつもりもない。離縁したからと言って、サブリナの腹にレイノルズ王太子の種があるかも分からないのだしな」
「っ!」
「…………サブリナ?」
ある訳は無い。サブリナはそう思っていても、サブリナ以外の者は、レイノルズとの結婚は白いものだった事を知らないのだ。
それは醜聞憚られる。
「な、何でもございません」
「そこで、だ………1つ提案なのだが、サブリナに俺の子の教育係をして貰えないだろうか」
「…………教育係?」
「そうだ。側室との子供だが、教育はしっかり身に着けてやりたくてな。側室に任せるより賢い其方の教育の方が良いと思っている。勿論、妃になっても子供の代理母として育てて欲しい。其方との子供が産まれたら、後継者は其方の子にはするが、勉学が出来た事に越した事もないから」
「あ、あの…………な、何故決定事項の様にお話されるのですか!わたくし、アステラ陛下と結婚すると、まだお返事しておりません!」
「するだろ?あんな王太子と結婚するぐらいだ。まだ俺の方が魅力的だぞ?比べる事もない」
アステラは自分に自信があるのだろう。
確かに美しい風貌の国王だが、サブリナはレイノルズと比べると、誰でも上に見えるので、比べ物にはならない。
「と、言うより、この機会を逃したくないのだ。レイノルズ王太子の傍らで、其方と会話を交わした時の其方の所作も然る事ながら、知識量、機転の良さ、妃の気質を備わっている事に、俺は感動していてな。何故もう、別の男の物なのだ、と思ったぐらいだ。諦めて側室は迎えたが、妃を迎える気になれずに居た。しかし、そう思っていた所で、其方からの亡命の手助けの依頼だ。其方が俺の手の中に入るなら、両手を広げ迎え入れようと思った訳だ」
「……………そ、そんな事を仰られても、離縁したわたくしを疎ましく思う方も居られる筈ですわ」
「その点は安心しろ。其方の評判はファルメルではとても良い」
やっと、サブリナの手はアステラから解放され、アステラは両手を広げ辺りを見回せとばかりに、サブリナの視界を広げさせた。
サブリナもそのアステラに釣られ、謁見の場を見渡すと、胡散臭い目で誰もサブリナを見ている印象は無い。
「…………少し考えさせて下さいませ………亡命したばかりですし、わたくしはファルメル国内では赤子同然。右も左も、ファルメル国の事は外交でしか分からないのですから」
「余り待ちたくはないぞ?俺はもう7年待っているからな」
「そ、それより短い間に、お返事致しますわ」
「そうしてくれ、でなければ王令として妃にしてしまうからな」
「暴君甚だしいですわ………」
「そう思ってくれていい。ユーザレスト公爵家には屋敷を用意した。今日から其処に住んでくれていい。案内させる」
住居を探す予定だったので、この用意は有り難い。
「アステラ陛下、感謝致します」
「ユーザレスト公爵夫妻と、長男夫婦とその息子、次男、侍従達で手狭になるなら、また考えるがな」
「わたくしも両親と住めるのは嬉しいで………ん?」
「サブリナは王城に住まわせる」
「…………え?」
今迄、5年間両親と離れて暮らしていたのだ。離縁して一緒にまた住めると思っていて喜んでいたのも束の間だった。
それなのに、打ち砕かれた願いに、サブリナは顔が引き攣る。
「息子の教育係を頼んだだろう?」
「そ、それもお返事しておりませんが………」
「賢い其方だから頼んでいる」
「ファルメル国の内情を分からないのに、ですか?」
「それは追々で良い。まだ字の読み書きぐらいしか出来ぬ歳だぞ?」
「通いで………」
「させないぞ、口説きたいからな。それに妃になってもらいたいから、その勉強もしてくれ」
「か、勝手ですわ………」
暴君でも、レイノルズの無謀な言い方とは違う物言いで、知的さも感じる。
過去の数回、会話を交わした時から、サブリナは知的な部分があるアステラには嫌悪感等無かったので、この会話も楽しく思えたのだった。
876
あなたにおすすめの小説
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる