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予感は庭園の芝生で

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 イアンが午後からエリザベスの部屋にやって来た。

「モナ、準備出来てますか?」
「はい」
「何の準備?」
「殿下、今日は外です」
「外?」

 ―――そういえば、暫くの時間、モナと数人居なかったけど

 イアンは、モナに朝、頼んでいた事があった。それを外で行うつもりらしい。

「はい、殿下………行きましょう」
「?」

 イアンが手を差し伸べるので、エリザベスも手をイアンの手に添えた。

「何処に行くの?着替えなくてもいいの?」
「必要ありません」
「……………っ!」

 てっきり腕を組むかと思いきや、イアンはエリザベスと手を繋ぎ、指を絡める。

「今日の勉強は趣向を変えようかと思いまして………」
「趣向を変える?」
「はい」

 ―――人と手を繋げるのは経験あるけど………な、何だろう……恥ずかしい……

 部屋からずっと手を繋ぎ歩いている間、見られていくのが恥ずかしくて、イアンの手を外そうとするが、その度に絡めた指がキュッ、と締められ外せない。

「如何されました?殿下」
「…………な、何で手を繋ぐのかしら?」
「触れてもいいのですよね?」
「そ、そう……ね……」

 アルフレッドから異性に慣れなさい、と言われている手前、仕方ないと思いつつ、相手がイアンなら嫌だと思わないエリザベス。そう、思ったら鼓動が早まって行く気がした。
 イアンの案内されるがままに、庭園に出て、木陰がある芝生に着く。そこにはシートが敷いてあり、数冊の本や菓子や飲み物が用意してあった。

「靴を脱いで乗って下さい」
「…………お茶会?」
「まぁ、そんな所です………日頃、殿下は頑張っておられるので、のんびりしながら普段話して来なかった話もしようか、と……教本もありますが、使うか使わないかは、夕方迄過ごしながら決めようと思っています………警護は離れた所に配備しているので、会話はご自由ですよ」
「…………久しぶり………庭でお茶会なんて………しかも芝生の上なんて初めてよ!」

 貴族のお茶会でも、芝生の上に座って等、聞いた事も無かったのだ。

「寝転がっても良い様に、布を敷いているので、多少のお行儀悪さは大丈夫です」
「イアンは何故こんなお茶会の仕方を知ってるの?」
「平民で地面に布を敷いて、食事している人を見た事がありまして楽しそうだな、と………この上でゲームをしたり、昼寝をしている人も見ました……王都ではその様な場所はありませんが、大きな公園では見掛けますよ………殿下をそこ迄お連れするのは難しいので、城内で我慢して下さい」
「ううん!充分よ!嬉しいわ!」

 エリザベスは満面の笑顔をイアンに見せる。イアンが見れなかった笑顔だ。見れなかったし見たかった笑顔。

「っ!………それは良かったです……喜んで頂き、モナに頼んだ甲斐がありました」
「ねぇ!乗っていい?」
「どうぞ、殿下」
「寝転がっちゃおっと!」

 ゴロゴロと右や左に身体を転がして、侍女達はオロオロとしている。

「殿下!お行儀悪いですよ!」
「え?イアンがいいって言ったわよ?ねぇ、イアン」
「その代わり敷布から寝転がりながら出ないで下さいね、殿下」
「草が着いちゃうからやらないわよ、そこ迄………こんな事してたら勉強なんてしたくなくなっちゃうわよ?いいの?」
「…………場が保たなければ、勉強をしようと思っていたので、構いませんよ」
「ご褒美だわ、これ…………ん~ん!天気良いし最高!ありがとう、イアン」
「私も座らせてもらいたいのですが」
「イアンも寝転がれば?」
「え………」
「…………真面目だからそんな事しないか……」

 エリザベスのテンションが、イアンの反応で下がってしまい、エリザベスは身体を起こす。

「したい事はあります………よ?」
「何?この場で、て事?」
「……………まぁ……はい……」
「何がしたいの?」
「………………です……」

 イアンが、エリザベスから顔を背け、表情を見せない。

「何?聞こえないわ」
「……………膝枕………です……」
「膝枕?」
「…………私に家族が出来、子供が産まれたら、子供を遊ばせている間に、見守りながら妻の膝の上に頭を乗せさせてもらい、いつの間にかうたた寝をしてたりしてみたいな、と………」
「……………素敵な夢ね……いいなぁ……私もそんな事してみたい………旦那様になる人を膝枕して子供達見守るんでしょ?…………うわぁ……いいなぁ……」
「っ!」

 夢心地のエリザベスの表情が輝いている。イアンが考えて用意して、エリザベスに喜んで欲しいと思っていたが、イアンがご褒美を貰った気分に浸れていた。

「………イアン!………私で良ければ予行練習しよ!」
「え!」
「ほら!私の膝使っていいから!」
「い、いえ……それは………立場的に……」
「私がいいって言ってるからいいの!………皆も見て見ない振りしてね!………ほら!イアン」
「…………いいんですね?殿下」
「うん」
「し、失礼………します……」

 エリザベスはイアンの夢が叶ったのを知らない。
 イアンがエリザベスの膝に頭を乗せ、エリザベスを見上げたが、直ぐに顔を背けてしまう。

「………で、殿下は、何かしたい事は無いんですか?」
「…………え?………したい事?………そうねぇ……」
「殿下は最近、恋愛小説を好んで読まれてる様ですが、恋愛小説の中で憧れてる事があったりしませんか?」
「…………」

 ―――え……恋人同士でやってみたい事……エスコートされたり………守って貰ったり………イアンとやってない?私………

 膝枕でさえも恋人同士や家族内でする行為だ。よくよく考えたら、これもかなり恥ずかしい気もするのを今になってエリザベスは気が付く。

「殿下?」
「っ!」
「如何されました?」
「な、な、な、何でもないわ!」

 イアンはエリザベスの膝上で顔を背けていたのに、エリザベスが答えないから仰向けになる。それがエリザベスに自分の気持ちを気付かされたとは、イアンには気付かない。
 好意的には見ていたイアンに、昨夜の見合いといい、イアンに対して知らなかった事に気付いたのだ。恥ずかしくて今度はエリザベスがイアンから顔を背けた。

「顔が赤い様ですが、熱でも………」
「な、何でもないの!………膝枕もうお終い!」
「そうですね………ありがとうございます……足は痺れてませんか?殿下」
「だ、大丈夫よ………」

 イアンは身体を起こし、エリザベスの横に座る。

「殿下」
「………な、何?」
「…………私が貴方に触れても嫌がらないのは、嫌われている訳では無いんですよね?」
「…………き、嫌いじゃないわ………」
「そうですか………それを聞いて安心しました」
「…………昨日の事だけど、私はイアンが傍に居てくれて助かっているの。教え方も分かりやすいし、話もしやすいし………真面目な所はたまにイラッて来るけど、そうじゃなければ次期宰相の候補には挙がらないわよね………私の治世になっても近くに居てくれる?」
「………殿下のお心のままに……」
「た、たまに、こうやって芝生の上でゴロゴロさせてね!」
「膝枕をまたして頂ければ」
「そ、それは…………か、考えておく……」

 照れてしまって、イアンの顔が見れず、それから何をしていても、何を話しても目を逸し、顔を背けたエリザベス。

「…………何か私が殿下にご不快な事をしましたか?」

 と、イアンに時折聞かれても上の空か、話を逸したり、否定したり、とイアンは女心が分からないまま、時間だけ過ぎて行った。
 部屋に戻ろう、となりイアンはエリザベスに、夜にまた部屋に行く、と伝える。

「え?何故?夜は私の自由時間にしてくれてるじゃない」
「…………夜に勉強を入れる必要が出まして……その代わり午前中か午後、殿下のご様子でお休みを入れます」
「…………分かったわ」
「ありがとうございます」

 エリザベスは何があるのか、予想もしなかった。
 イアンはギリギリ迄言わなかったからだろう。
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