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無残な空席

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 イアンはまだ暫く動く事は出来ない様で、エリザベスの警護は他の騎士達が付く事になった。

「私が居なくても、殿下に指1本でも触れるな」
「…………イアン……」

 イアンなりの牽制だとは分かるが、気持ちが通じ合うと分からなかった部分も見えて来た気がするエリザベス。

「何でしょう、殿下」
「職務であれば、私に触れる事だってあるわ……そんなに威圧感出さないで」
「駄目です!殿下は尊い方なんですから」

 私情を混同してやしないか、と思えてならない。

「リズ、ちょっといいかな?イアンも」
「お父様」
「陛下!この度は本当に申し訳ありませんでした!」
「イアンは無理して起き上がる事はない。まだ辛いだろう」

 見舞いに来たアルフレッドはモルディアーニ公爵と共に入室し、人払いをさせた。

「リズ、話したかい?イアンに」
「……………あ………ま、まだです……急過ぎて、イアンには先ず身体を治す事を優先して欲しくて……」
「何でしょう?」
「イアンはこの度、正式に娘と婚約してもらう事になった………怪我の完治後に婚姻式を行うつもりでいてくれ、イアン」
「…………婚約ではなく、もう婚姻式ですか?」
「そうだ………それで午後に行われる議題に、2人の婚約を話すつもりだ」
「……………婚姻式……」
「ん?イアン…………嫌なのか?婚約も婚姻式も………」
「い、いえ!至極光栄過ぎて………あ、あの……わ、私で本当に良いのでしょうか……」

 イアンにとって、衝撃過ぎた嬉しい出来事が続いている、まさに怪我の功名だった。

「イアン、娘を………エリザベスを宜しく頼む」
「へ、陛下!頭をお上げ下さい!」

 アルフレッドは国王としてではなく、父としてイアンに頭を下げたのだ。モルディアーニ公爵はイアンが静止しようとするのを、アルフレッドの後ろから首を横に振り、と言っている様だった。

「っ………此方こそ………宜しくお願いします……必ず殿下を幸せに………いえ、泣かす事無く、支えて参ります……」
「…………頼むぞ、イアン」
「はい!」

 午後になり、エリザベスも議会に出ると言うので、イアンはベッドから見送った。

「行ってくるわ、議会に」
「参加されるのですね………」
「だって、私達の事だもの……エディンバラ公爵派閥も出る議会だから、反対される可能性あるし」
「十中八九、あるでしょうね…………騎士から離れぬ様に」
「うん………無茶もしないわ」
「……………」
「……………」

 本当はエリザベスもイアンもキスをしてこの場から離れたいが、今は2人きりではない。甘い空気は2人から流れるが、お互いキスをどう切り出して自然に出来るのかが分からない。

「殿下、お時間です」
「っ!………え、えぇ……」
「行ってらっしゃいませ」

 そう、言うしか出来なかった。
 議会を始めからエリザベスは入らない様にしていた。何故なら参加の有無が許されていなかったからだ。立太子でも無い、執務も始めれる様になったばかりで、政の中枢にはまだ居られていないからだ。
 帰還し、助言はしてきたが、その功績はエリザベスには無いからだとも言える。
 ざわざわと会議室に集まる貴族達に隠れて控えるエリザベス。

 ―――空席がある?……彼処は確か、トラウト子爵の席……

 ぽっかり空いた空席が気になるのは、エリザベスを毒殺しようとした母娘の店によく行くというトラウト子爵の席だったからだ。

「全員集まっていないが………トラウト子爵は?」
「分かりませんな」

 アルフレッドを中心として、国王派閥とエディンバラ公爵派閥にはっきりと分かれて座る会議室に不穏な空気が流れるのだ。それは、エディンバラ公爵が異様な顔で、アルフレッドに答えたからでもある。

「私には、と言われましてね、兄上」
「…………代役?」
「そろそろ来るかと」

 エディンバラ公爵は決して、アルフレッドをと呼ばない男だ。未だに自分こそ国王が相応しい血脈だ、と豪語するからだ。

「いやぁ、すいませんね皆さん」
「……………ドーソンが何故居る?」

 遅れて来ても悪びれる様子も全く無いドーソンがトラウト子爵の席、末端の場所ではあるが、堂々と座る態度に、国王派閥の貴族達の目は冷ややかだ。

「トラウト子爵はと連絡が来たのですよ、兄上………それに今日の議題は多数決を取る内容の議題ばかりかかと……………所で、モルディアーニの小倅が居ない様ですが?………いつも、仕切っているではないですか」

 そう、イアンは議会があると、次期宰相と言われているのもあり、議会進行を担っているが、その場所には今、父のモルディアーニ公爵が立っている。

「確か数日前、公務でエリザベスを危険な目に合わせたそうですなぁ?死の淵を彷徨ってますか?」
「カエアン、其方が気にする事ではない………モルディアーニ公爵、始めよ」
「はい………手元の資料が本日の議題です……この度、1つ目………」
「何だと!モルディアーニの息子がエリザベスと婚姻だと!ふざけるな!兄上!エリザベスにはドーソンの方が似合っておる!」
「エディンバラ公爵控えよ!陛下をいつまでも敬わず、兄上兄上と!アルフレッド陛下治世になって何年経っていると思っている!其方は一臣下ではないか!」
「私こそが正当なる王位継承者なのだ!そしてドーソンこそ、次期王として相応しい!」
「黙れ!カエアン!そうして、お前はドーソンを操るのだろう!その脳無しの頭で!」

 議論が進まない。多数決で決めた議案であるから、納得する部分もある筈だろうが、そこ迄話が進まない。

「静粛に!」

 ドン!とモルディアーニ公爵が金槌を叩くと、一斉に押し黙る。

「陛下、議論が進みません………エディンバラ公爵の口車に乗せらない様にお願いします……エディンバラ公爵も議論内容は最後迄聞く様に……退室させるぞ」
「…………くっ!」
「モルディアーニ公爵、進めてくれ」
「はっ………この度、エリザベス王女殿下よりイアン・モルディアーニとの婚約が2人の間で取り交わされたので、アルフレッド陛下と我がモルディアーニ公爵家は承認致しました。採決は皆様方の票にて婚姻式の日程を決めて行きたい所存でございます」
「反対!断固反対!エリザベスには我が息子ドーソン以外認めん!」
「同じく反対!俺の妻を横取りするな!モルディアーニ!」

 真っ先に反対意見を言っていくエディンバラ公爵家の2人。

「誰が?気分悪いわ、ドーソン」
「エリザベス!何故此処に居る!お前には権限が無いではないか!」
「私の人生の事です………見届ける権利はありますし、トラウト子爵の代行でドーソンが此処に居るなら、私はイアンの代行ですね……陛下、お認め頂けますか?」
「勿論だ………この婚約に辺り、エリザベスを立太子に立てる事も考えている……婚姻の採決後にも議題に挙げている………次期宰相の呼び声高いイアンが、次期国王のエリザベスの補佐に就く事は悪い事ではあるまい?」
「立太子になるなら、議会出席も可能になるので、2票入りますね、陛下」
「そういう事だ」
「殿下が立太子!それは良い事です!」
「おめでとうございます!殿下!」

 エリザベスの婚姻は反対意見もあったが、立太子については賛成意見も多かった。エディンバラ公爵派閥の中では、ドーソンを国王に、とするのは反対する者も居るからだろう。それ程、ドーソンの脳無し振りは周知していると見える。

「お主ら!この私に盾突くのか!」
「そ、そういう訳では……エリザベス殿下が国王になり、ドーソン公子が伴侶になれば良いのでは?」
「そ、そうですよ……血脈は守れます」

 エディンバラ公爵の思い通りには事は進まず、エディンバラ公爵の苛々としているのが見えてくる。

「エリザベスは妾腹の兄上の子ではないか!血脈は高貴なる者でなければ!それでも譲歩しているのではないか!ドーソンの妻にしてやろうとしておるのに!」
「私、ドーソン嫌いなので」
「「「「「……………」」」」」

 エリザベスの一言で失笑が起きたのは、国王派閥側の貴族だけではなかった。

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