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初出勤

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「きゃ~~~っ!!」
「!!」

 朝から玲良の声が、穂高の部屋のバスルームで響く。前夜、穂高に部屋に連れ込まれ、否応なしに貪られ、初出勤に備え一旦部屋に戻る前に、シャワーを借りた玲良。

「穂高!!今日初出勤だって言ったよね!あれ程あれ程!見える所にキスマーク着けるな!て言ったのに!穂高ぁ!!」

 ベッドで玲良の声で起こされた穂高はほくそ笑む。

「いやぁ、いい出来栄えで」
「手術着来たら丸見えじゃないの!」
「『所有権』を主張したんじゃないか………山科だけじゃない、他の男への牽制」
「こ、こんなに濃く着けられたら、コンシーラやファンデで隠しきれない………」
「隠せても、首筋だけじゃないからな……さて、と俺も支度しよっと」

 首筋だけじゃない、と言った穂高の言葉に、玲良は合わせ鏡をする。項や肩、耳朶の後ろ迄しっかり着けられたキスマーク。

「絶対に許さないからね!」

 だが、が穂高の功を奏す策にはならなかった。
 玲良は髪を一纏めにし、ファンデーションやコンシーラで隠せるだけ隠す。初日だろうと医者であるならばイレギュラーな事は日常茶飯事だ。緊急オペもあるだろう、と普段から髪はまとめている。

「準備出来たか?」
「………あ、うん………でもいいの?車で送ってもらっても」
「別に、隠す関係にするつもりないし」

 夜勤や緊急招集以外、穂高は車を使わないのだが、初出勤の玲良の為に、車で出勤する事にした穂高。

「穂高がいいならお願いしちゃうけど、出勤時間が別の時は、自分優先に考えてね」
「分かってるさ……ほら、行くぞ」

 駐車場にある穂高の車に乗り込むと、穂高は言った。

「帰宅時間も、遅い時間はタクシー使えよ」
「…………お金掛かるじゃん」
「郊外にある大学病院だぞ、交通量も少なければ人通りも少ない。駅迄はバスもある……俺は山科を信用してないからな……なるべく2人っきりになるなよ」
「普通の人よ?山科先生」
「噂を取り消せ、と頼んだが取り消す気配も無いんだ………高校の時とは違う、いつも傍に居られないから、気を付けろ」
「…………心配性だなぁ……」

 病院に着き、出勤時間が重なる医師や看護師達の目があるものの、一緒に入った玲良。白衣に着替えている間も身体中にあるキスマークが目立つ。消したくても切りがないキスマークに、穂高への恨みを募らせ、早々と着替えた玲良。

「おはようございます、今日から宜しくお願いします」
「「「「……………」」」」

 外科医局に入った玲良に挨拶も無い看護師達。穂高が言っていたが、身に染みる。

「おはよう、玲良久しぶりだね」
「…………山科先生、『纐纈』とお呼び下さい………お久しぶりです、お元気でしたか?」
「水臭いなぁ、アメリカでは名前呼びを許された仲なのに」
「ここはアメリカではありませんし、先生も他の先生方に呼び捨てされる訳ではありませんよね?」
「…………流石、纐纈先生、言うなぁ」
「私のデスクはありますか?」
「あぁ、僕の隣にね……暫く僕の下で動いてもらうからそのつもりで」
「…………分かりました、では山科先生の入院患者のカルテ確認させて下さい」

 テキパキと、単的に物事を進めたい玲良は、山科への対応もクールに済ます。傍から見れば、玲良が『ストーカー行為』をしている様には見えない。
 しかし、看護師達からは疑心暗鬼なのか、山科を信用仕切っているのか、冷ややかな態度のままだ。

「山科先生、無理されてません?」
「ストーカー先生なんて、優しくしなくていいんですよ、つけあがっちゃいますから」
「いやぁ、それでも僕の下に付く先生だからね………」
「……………」

 聞こえているが、聞こえない振りをする玲良。山科の担当患者に小児の子も居り、玲良はそのカルテを凝視する。

「手術予定………見れるかな……」

 必要性のある手術等、チェックも欠かさす目を通し、治療法等も山科の方針も踏まえて頭に叩き込んだ。
 ミーティングも始まり、入院患者の診察を熟す。看護師達も一緒ではあるので、山科と2人きりにはならないが、何かと山科は玲良に声を掛けた。

「アメリカとは違うだろ、話をした知識と見たのでは」
「…………両親も医者ですし、想像範囲内ですよ」
「あ……医者だったね……お父上の纐纈教授は元気かい?」
「はい、医療現場の第一線で動き回ってます」

 山科は、玲良の父が医者だと知っているのに、何を言わせたいのか。看護師達に聞かせる為にわざと聞いてきている。

「纐纈教授の様に、玲良も第一線で居るつもり?」
「『纐纈』と苗字で呼んで下さい、と言いませんでした?山科先生」
「いやぁ、ついつい昔のよしみでね……手厳しいなぁ」
「纐纈先生も、山科先生の事、名前呼びしてたんじゃないですかぁ?」
「…………山科先生、下のお名前何でしたっけ?」

 看護師の嫌味に、恍ける様に反応する玲良。覚えていない訳ではない。看護師達が玲良をストーカー扱いするのならば、そう思わせないようにするだけだ。

「え~、名前で呼んでくれたじゃないか」
「………プライベートと仕事を分けて頂けないならば、他の先生の下に付きますが、いいですか?山科先生」
「「「…………」」」

 看護師達は絶句だ。山科に一歩も引かない玲良のクールさに、山科が押されているからだ。そんな玲良がストーカー行為をするのか疑問が出る。

「それは困ったな、頼まれてるし他の先生達は研修医達の指導で忙しいからね………気を付けよう、『纐纈』先生」
「お手数おかけします」

 山科や看護師達に対しては一向に微笑む顔を見せなかった玲良。しかし、往診時の患者の前では微笑む玲良は、たちまち患者達を虜にしていった。その姿から、また新たな噂が飛び交うのだが、それを穂高が耳にするのは早かった。
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