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6 ※ジークハルト視点
しおりを挟む---泣かせてしまったな……だが、その理由を話すのはまだ出来ない……
ジークハルトも寝室から出る頃には、すすり泣くアルマの泣き声が聞こえていた。
泣かせる気等なく、体調不良と聞いて労り看病するつもりで顔を出したのに、アルマがジークハルトを避けている様な気がして、キツイ言葉を言い放ってしまったのだ。
訳を話すのはまだ先と決めている。話した所でアルマから【大丈夫】と返される事が想像出来てしまう為に説明するのは出来ないでいた。
ジークハルトはリンデル伯爵へ1人娘を妻へと望んだのもリンデル伯爵領が貧困で支援をする為だけではなかった。支援の必要が無くとも、縁談を申し出る気でいたのは、ジークハルトがアルマの存在を知ってからだからだ。
ジークハルトはアルマがまだ知らない部屋に入る。数々の並ぶ肖像画が壁に掛けられ、ある1枚の絵の前に立った。
「…………母上……」
あどけなさのある小さな少女の肖像画。
その肖像画の人物にジークハルトが母と呼び掛けるにしては幼い絵だった。
【亡き娘、アマリリス享年14歳】と書かれた肖像画だ。享年とある以上、14歳より以前にジークハルトを産んだという事になる。
そして、何処となく面差しがアルマに似た少女であるのは何故なのか。
ジークハルトがこの肖像画をアルマから見せない様にしている理由も関係するのだろう。
---今、伝えて良いとは思えない。頑張り屋のアルマは絶対に【大丈夫】と言うのが分かってしまった………なのに、俺は焦ってアルマを抱いたから………せめてあと2年………
母親の肖像画を見つめ、悔いた様子を見せるジークハルトに向けて微笑む母親の絵は、更にジークハルトの心を抉る様だった。
「母上、必ず貴女の願いは叶えますから、見守って下さいね」
ジークハルトの母親と、アルマとの関係はまだアルマには教えるつもりもないジークハルト。
若年出産して亡くなったと見られる幼き少女は、ジークハルトに何を残して逝ってしまったのかは公には出来なかった。
「また来ます」
部屋を出て執務室に戻り掛けた時、ジークハルトを呼びに来た執事と鉢合わせした。
「やはり此方においででしたか」
「何かあったのか?」
「いえ、寝室に居られるかと思い、其方に伺ったら奥様は出て行かれた、と仰るのでこの部屋かと迎えに………魔獣出没虚偽を言ったのは若い男だそうで、その件で少々お耳に入れておいた方が良いかと」
「…………執務室で聞く」
「はい」
執務室迄の道程が長く感じたジークハルト。
---嫌な予感しかないな………若い男?報告はその男1人からか?
こういう勘はジークハルトは鋭い男だ。その直感で国境の辺境地を統治してきているのは、この地で生まれ育ったからだと言える。
父親はこの地を離れ王都で暮らして長く、ジークハルトは父親とは仲が悪かった。それは生い立ちが理由である。
ジークハルトの父親、シュバルツ公爵はヴォルマ公爵家長女、アマリリスを娶ったのがアマリリスが13歳の時だった。
結婚可能年齢は成人してからではあったが、婚約時期にアマリリスを孕ましてしまったシュバルツ公爵と異例ともいえる年齢で結婚し、アマリリスはジークハルトをヴォルマ公爵領地で産んだ。
元々、身体は健康な少女ではなく、結婚してからシュバルツ公爵家とヴォルマ公爵家が仲が悪くなり、アマリリスはジークハルトを妊娠中、シュバルツ公爵領地に帰って来てジークハルトを出産した。両親は離縁せずに、1人娘だったアマリリスが後継者にならねばならず、シュバルツ公爵が婿入り予定ではあったのに、ジークハルトの祖父が断固反対した事もあってか、結婚当時侯爵位だったシュバルツ公爵が、ヴォルマ公爵領地での魔獣討伐で功績を残した事がきっかけで、昇位した地位となり、父親は王都での警護を命令され居住を移す。アマリリスも付いて居住を移したものの、土地柄が合わなかった病気がちのアマリリスは療養も兼ねてヴォルマ公爵領地に戻りジークハルトを出産したのだ。
シュバルツ公爵は、ジークハルトが産まれても多忙を理由に会いに来る事もなく、出産と同時にアマリリスが亡くなった事から、直ぐにアマリリスを籍から抜き、後妻を迎え、怒ったアマリリスの父親ヴォルマ公爵は、ジークハルトを後継者に据えてしまい、今に至る。
ヴォルマ公爵に人一倍警戒心を強めて育てられたジークハルトは、人の顔色を伺う癖を付け、世辺りが上手くなっていた。だからこそ、今のアルマの表情は何かを隠している様に見えてならず、アルマの表情と魔獣出没の虚偽報告が重なった事に疑問が出てしまった。
---アルマの変化と関係がないといいが……
執務室に着くと、直ぐに報告させるジークハルト。
「どんな奴だったと?」
「ガタイの良い、10代後半ぐらいの短髪の男だそうです。少なからず、南地区で魔獣が出たのなら警備隊の駐屯地が南側にあるのに、知らせに来たのはこの邸でして」
「…………邸?駐屯地に行かずにか?」
「はい」
ヴォルマ公爵領は国境にある所要地である為に、駐屯地は都市部より多く建てていたジークハルト。北側にある領地邸と出没したという南地区との間にも駐屯地はあった。
それなのに、南地区から北地区の邸迄報告しに来るとは考えづらい。
しかも若い男であれば、手柄欲しさに戦おうと試みたりはするだろう。しかもガタイの良いという男なら尚の事だ。
「その男は体格が良いと言ったな?」
「はい…………剣を長く握っていたかの様な豆もあったとか」
「なんだと?」
「ですからご報告を」
「…………今すぐ、ここ1ヶ月の騎士達の名簿を調べ、最近入った奴を教えろ!」
「1ヶ月ですか?」
「そうだ………1ヶ月より前はいい」
「分かりました!直ぐに!」
---時期が合いすぎる!アルマの事を探る奴も居たら、排除しなければ………
ジークハルトが1ヶ月に限定したのは、結婚前後。特に後の事を注視したかった。
アルマと結婚をする前、アルマの身辺調査も行っているジークハルトは、アルマには結婚を考えていた男が居るのも分かっていた。
アルマにジークハルトとの結婚の意思がなければ仕方なかったかもしれないが、結婚を決めたのはアルマで、アルマがジークハルトに嫁ぐと決めたからには、何がなんでも邪魔な者は排除するつもりでいたのだ。
しかし、アルマからその男に別れを伝えて、ヴォルマ公爵領地に来たと報告があった為、その男をジークハルトは警戒しつつも、結婚式後姿を眩まされてしまい、1ヶ月経ったのだ。
---もしその男だったら………アルマは何方を取るか………渡すものか………
ジークハルトがアルマに執着する理由が分かるのはまだ先の事………。
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