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しおりを挟む領地に帰って先ずジークハルトが行わなければならないのは、異母弟のキースを捕まえる事だった。
「娼館という娼館、宿屋、最近契約した借家を虱潰しに探せ!」
「はっ!」
父のシュバルツ公爵の情報を聞いている筈で、部下達も潜伏し、その中を移動しながら隠れているというキース。
ジークハルトが帰郷した事も知られているだろう。
予定通り帰郷したのは、キースを王都に送らなければならないからだった。
「この娼館に、2日程前に入った、と」
「そうか………入り口、窓を見張れ。数人付いて来い」
娼館の主人からの情報を貰い、キースの居る娼館へ来ると、ジークハルトが知らない騎士も数人居て直ぐに拘束させた。その騒動でキースも気が付いた様で、素っ裸で寝ていたのだろう、キースが慌てて服を着ようとした姿がジークハルトに見付かった。
「捕らえよ!」
「うわぁぁぁぁっ!来るなぁ!俺はシュバルツ公爵の息子だぞ!…………ったっ!」
「プッ………」
全裸で足首に引っかかるトラウザーズに足を取られ、すっ転ぶキースに、ジークハルトや騎士達も失笑したが、それがなんとも無様な事か。
「服ぐらい着させてやる。逃げるなよ、愚弟」
「っ!…………お前等兄ではない!我が兄はヴァイスだけだ!」
「そのヴァイスも拘束され、今取調べられてるがな………おい、娼館の主に精算しなければならないから、コイツの荷から金を出しておけ」
「はっ」
親切心等全く無いジークハルトに、キースは癇癪が止まらない。
「俺の荷を荒らすな!」
「領地を荒らす奴に言われたくないな。シュバルツ公爵は爵位剥奪、お前はその息子という事で投獄は免れない」
「父上の息子というならお前もだ!ヴォルマ公爵!」
「シュバルツ公爵は俺を息子と認めていないし、俺も親とは見ていない。捨てられた息子で良かったよ」
「クソッ!復讐してやるからな!いずれ此処は俺の領地にしてやる!」
「ボンクラ息子なのに、口が達者だな………連れて来い」
「ボ……ボンクラ?」
「阿呆の息子だから阿呆だろ」
「何をぉ!…………うわっ!」
たった2人の騎士に押さえ付けられても、抜け出せないキース。ブヨブヨの腹で鍛えている形跡もない弟だ。
そんな息子を育てたシュバルツ公爵は、何を思って、キースをこんなにぐうたらな息子に育てたのか呆れてしまう。
邸に連れて来ると、アルマが出迎えに出て来た。
「お帰りなさいませ、ジーク様」
「ただ…………」
「うわっ!何だその美女は!寄越せ!来い!その女!俺が可愛がってやる!」
「…………な、何ですか?あの方………」
ジークハルトがただいま、と言い掛けた時、引っ張られて歩くキースが、アルマを見つけ、逃げようとした時の力以上に力を発揮し、捕まえていた騎士達を引っ張って来る。
それが気持ち悪くなったのか、アルマはジークハルトの背に隠れた。
「おい!聞いてるのか!女!」
「あれはキースだ」
「…………ず、随分とジーク様とは違いますね……シュバルツ公爵やヴァイス卿は細身で鍛えてらっしゃる感じでしたのに」
「アイツの相手はしなくていい。近くに行くなよ、アルマ」
「行きません!」
「お前はこっちだ!」
「離せ!俺はシュバルツ公爵の息子だぞ!制裁さしてやる!」
騎士に再び引っ張られ、ヴォルマ公爵邸の牢獄に連れて行かれたキースを見送り、ジークハルトは髪を掻き上げた。
「あのブヨブヨも弟なのは俺の美徳に反するな」
「ふふふ………ジーク様が鍛えていらっしゃらないと、あの様になる、という証明になりましたね」
「そんな証明は要らん………仕事して来るよ。魔獣が出没したらまた出掛けなければならないが」
「はい………私は領地の被害報告から復旧作業の振り分けしておきます」
「出来た妻で嬉しい限りだ………安心して任せられるよ」
キースはその後、部下達と共に直ぐに王都へと護送され、魔獣討伐も終息を見せたのは、王都から帰って来て1ヶ月程経った頃だった。
「ご健康で何よりです、奥様」
「ありがとうございます、先生」
魔獣も隣国との小競り合いも、落ち着いている時期になり、ジークハルトは健康診断と称し、数日に1度、医者を邸に呼びアルマを診て貰っている。
「心配性で困ります………」
「致し方ないかと……閣下はそれだけ奥様の身を案じ、妊娠しても大丈夫か如何かを知りたいのですから」
「16歳で無事出産出来る人も居るのに信じないんですよね、ジーク様は」
「…………まぁ、そうですな」
そう、ジークハルトは我慢が限界なのに、我慢をしているのだ。
医者が大丈夫だと話していても、年齢が、成長期が、と拘ってなかなか踏み切れない子作り。
「アマリリス様は病弱な方だったので、精神的な弱さも相俟って、お身体が耐えられなくなったのですが、奥様は心身共に健康な方、何を躊躇するのか私にも…………お2人にお子がお産まれになれば、領地民全員祝福に触れ合えますのに」
「あの………私が嫁いで来た時、領地民は喜んで下さいましたが、如何して…………私の事をよく知らなかったと思いますが………」
「奥様がアマリリス様の従姉、メリッサ様のご息女なのは、皆知っておりましたから………避暑地として、アマリリス様に頻繁に会いにメリッサ様がお越しになると、アマリリス様はとても楽しんでらっしゃるので、民達はそれを喜んでました。亡くなられメリッサ様もあまりお越しになれず、嫁ぎになられ………結婚式でメリッサ様のお姿や奥様を拝察し歓迎するのは、我々には当然の事かと」
「…………そうだったんですね……母は何も言わなかったので……」
「奥様に判断を委ねたのでしょう」
「…………かもしれませんね」
健康診断を終え、肖像画のある部屋へと来たアルマ。
---心なしか、穏やかな表情に見えるのは私だけかしら
アマリリスの描かれた生前、最後の肖像画は、穏やかな表情に見えた。
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