5 / 61
第一章:記憶
3
しおりを挟む
家に帰ると弟がパスタを作ってくれていた。
「お、今夜はパスタか」
「うん、和風パスタ」
「いいね」
「へへ」
「手伝うよ」
一緒に料理をして、弟の足に擦り寄っている猫にも晩御飯を準備してやる。猫は去年、弟が雨の日に拾ってきた。実家でも猫を飼っていたため、扱いは慣れている。名前は「猫田さん」。命名は弟だ。
「猫田さん、ご飯だよ」
弟の足に擦り寄るのをやめた猫田さんはこちらに駆け寄ってきて、一足早い夕食を始めた。
「紅夜、言わなくても分かってると思うけど、就活、舐めてたら痛い目に遭うぞ」
「だな。兄ちゃんの時、見てて切なくなったもんな」
「哀れむんじゃない。明日は我が身だぞ」
「いや、まじでそれな。絶対兄ちゃんみたくお祈りされたくないから、もうちゃんと動き出してる。安心して」
「それならいいけどさ」
俺は運よく今の式場に拾って貰ったけど、俺以上に今後の活躍をお祈りされまくってる同級生居たもんな。
「そういや兄ちゃん、今日はお客さんに何か相談されるって言ってたじゃん。なんだったの? やっぱり契約破棄?」
「物騒なこと言うな」
「兄ちゃんが自分で言ったんだろ!」
ご飯を食べる猫田さんの頭を撫で、俺はキッチンから出来上がった夕ご飯をテーブルに並べる。その後で鞄の中から火口さんより受け取った資料を取り出した。
弟も着席したところで、その資料を手渡す。
「なんか、式場の花を全部この人に依頼したいんだとさ」
「へぇ」
へぇ、と言った弟だけど、すぐに「あれ」と首を傾げた。
「華頂茜、ってうちの学校の卒業生かも」
「え? そうなのか?」
「あっ、ほらほら! やっぱり! ここに書いてる!」
略歴の最後に、誕生日や出身地、出身大学も小さく書かれている。
「わぁ、ほんとだな」
年は俺より……十二歳上。
「性別、……男?」
「男だよ! 女だと思った? 普通のおっさんだよ、この人!」
普通のおっさんとか言うな。
「へぇ、そうなんだな。名前だけ見たら綺麗な女性みたいなんだけどな」
「それな~! でも去年うちの大学に講演に来てたんだけど、面白い人だったぜ。自分で自分にフラワーシャワー投げながら登場したからな。まじ勇者だったわ」
「なんだそりゃ」
「HEY! 俺が花を愛し、花に愛された男、華頂茜だ! ってマイク無しで叫んでたからな」
「頭大丈夫かそいつ」
「それな~」
弟は可笑しそうにケラケラ笑い、資料を俺に返した。
もう一度それに目を通す。華頂茜、六月二十八日生まれ、御年三十七歳。誕生日は俺と比較的近いな、十一日違いだ。血液型はAB型。資料には、「大学時代に実家の花屋を継ぎ、新たにフラワーアレンジメント華頂風月として開業」と書かれてある。敏腕社長なわけだ。
「大学時代に開業ってすごいな」
「だろ~? 世界大会で普通に賞取って帰って来るくらいの人だぜ?」
「そんな人に式場の花全部頼んだら、どれだけの金額になるんだ? 怖い話だぜ」
「それな」
弟はパスタを食べながら俺に返した資料の一番後ろの紙を引き抜いた。
「でもまぁ、すげぇ綺麗になるとは思うけどな」
結婚式場の参考写真がプリントされてある紙。
まぁ……綺麗は綺麗だろうけど。
「正直、そんな変わんないだろ、うちがやろうが、この人がしようが」
「うわっ、世界の巨匠をバカにしたぞ、この人!」
「巨匠~? 巨匠とはここに書かれてない」
資料をトントン叩く俺に弟は楽しそうに笑うと、「でも実物見たら価値観変わるかもよ?」と言った。
変わるだろうか?
「紅夜は見たことあるのか?」
「うん。講演の時、会場飾られてたもん。めちゃくちゃ綺麗だった」
ほぉ、そうなのか。
「花に愛された……男、ね」
「あ、ちょっと興味湧いた?」
「別に。俺は今から、花代分を他のプランで賄えるように頑張らなきゃいけないからね。こんなおじさんに儲けを奪われてたまるかよってんだ」
「はは! 夢も希望もないな!」
「これが現実なんだよ」
そう、これが現実だ。
「お、今夜はパスタか」
「うん、和風パスタ」
「いいね」
「へへ」
「手伝うよ」
一緒に料理をして、弟の足に擦り寄っている猫にも晩御飯を準備してやる。猫は去年、弟が雨の日に拾ってきた。実家でも猫を飼っていたため、扱いは慣れている。名前は「猫田さん」。命名は弟だ。
「猫田さん、ご飯だよ」
弟の足に擦り寄るのをやめた猫田さんはこちらに駆け寄ってきて、一足早い夕食を始めた。
「紅夜、言わなくても分かってると思うけど、就活、舐めてたら痛い目に遭うぞ」
「だな。兄ちゃんの時、見てて切なくなったもんな」
「哀れむんじゃない。明日は我が身だぞ」
「いや、まじでそれな。絶対兄ちゃんみたくお祈りされたくないから、もうちゃんと動き出してる。安心して」
「それならいいけどさ」
俺は運よく今の式場に拾って貰ったけど、俺以上に今後の活躍をお祈りされまくってる同級生居たもんな。
「そういや兄ちゃん、今日はお客さんに何か相談されるって言ってたじゃん。なんだったの? やっぱり契約破棄?」
「物騒なこと言うな」
「兄ちゃんが自分で言ったんだろ!」
ご飯を食べる猫田さんの頭を撫で、俺はキッチンから出来上がった夕ご飯をテーブルに並べる。その後で鞄の中から火口さんより受け取った資料を取り出した。
弟も着席したところで、その資料を手渡す。
「なんか、式場の花を全部この人に依頼したいんだとさ」
「へぇ」
へぇ、と言った弟だけど、すぐに「あれ」と首を傾げた。
「華頂茜、ってうちの学校の卒業生かも」
「え? そうなのか?」
「あっ、ほらほら! やっぱり! ここに書いてる!」
略歴の最後に、誕生日や出身地、出身大学も小さく書かれている。
「わぁ、ほんとだな」
年は俺より……十二歳上。
「性別、……男?」
「男だよ! 女だと思った? 普通のおっさんだよ、この人!」
普通のおっさんとか言うな。
「へぇ、そうなんだな。名前だけ見たら綺麗な女性みたいなんだけどな」
「それな~! でも去年うちの大学に講演に来てたんだけど、面白い人だったぜ。自分で自分にフラワーシャワー投げながら登場したからな。まじ勇者だったわ」
「なんだそりゃ」
「HEY! 俺が花を愛し、花に愛された男、華頂茜だ! ってマイク無しで叫んでたからな」
「頭大丈夫かそいつ」
「それな~」
弟は可笑しそうにケラケラ笑い、資料を俺に返した。
もう一度それに目を通す。華頂茜、六月二十八日生まれ、御年三十七歳。誕生日は俺と比較的近いな、十一日違いだ。血液型はAB型。資料には、「大学時代に実家の花屋を継ぎ、新たにフラワーアレンジメント華頂風月として開業」と書かれてある。敏腕社長なわけだ。
「大学時代に開業ってすごいな」
「だろ~? 世界大会で普通に賞取って帰って来るくらいの人だぜ?」
「そんな人に式場の花全部頼んだら、どれだけの金額になるんだ? 怖い話だぜ」
「それな」
弟はパスタを食べながら俺に返した資料の一番後ろの紙を引き抜いた。
「でもまぁ、すげぇ綺麗になるとは思うけどな」
結婚式場の参考写真がプリントされてある紙。
まぁ……綺麗は綺麗だろうけど。
「正直、そんな変わんないだろ、うちがやろうが、この人がしようが」
「うわっ、世界の巨匠をバカにしたぞ、この人!」
「巨匠~? 巨匠とはここに書かれてない」
資料をトントン叩く俺に弟は楽しそうに笑うと、「でも実物見たら価値観変わるかもよ?」と言った。
変わるだろうか?
「紅夜は見たことあるのか?」
「うん。講演の時、会場飾られてたもん。めちゃくちゃ綺麗だった」
ほぉ、そうなのか。
「花に愛された……男、ね」
「あ、ちょっと興味湧いた?」
「別に。俺は今から、花代分を他のプランで賄えるように頑張らなきゃいけないからね。こんなおじさんに儲けを奪われてたまるかよってんだ」
「はは! 夢も希望もないな!」
「これが現実なんだよ」
そう、これが現実だ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
13
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる